風のしるべ 27

〜はじめの一言〜
BGM:Believe in love
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“おはようございます。いってらっしゃい。今日は講義とバイトです(^-^”

可愛らしい顔文字付きで送られてきたメールを通勤電車の中で確認する。いい年をして馬鹿だといわれそうだが、口元が緩むのをわざとらしいあくびで誤魔化す。

“おはようさん。今電車の中。おかげで今日も”

―― 頑張れます、というのはいくらなんでもないか

そう思うと、込み合った電車の中でピピピと半分ほど打った文字を消すと、もう一度キーを打つ。

“電車の中。学校、頑張れ。バイトは、ほどほどでいいから早く帰る様に”

―― おっさんとしてはこんなもんか

最後に一番大きな決定ボタンで送信すると、ぱちんと閉じて胸のポケットにしまう。社会人よりも学生の方が時には朝が早いと思いながら電車の窓を流れる景色を見るともなしに見ていると、振動音が聞こえてから上着の内側が震える。

ポケットから携帯を取り出す間も無言で真顔を装っているが、内心は違う。

―― だから返信早いって

ぱちっと開いてメールを確認すると案の定、まさみからだった。

“ほどほどでいくないです!バイトは真面目にやって帰ります”

やっぱりそうくるか、と思っていると、まだ残りがあるらしい。ずっと下に向かって矢印がつづいていて、スクロールしていくと、最後に一言書かれている。

“でも、頑張って早く帰ったら電話します”

「……っごほ」

何とか、咳払いでにやつく口元を誤魔化した原田は、言われたままでは大人として悔しいだろう、と返信を打つ。
自分が降りる駅の到着のアナウンスが入る中で、急いで打ったメールはきっと受け取った向こうでも笑顔になっているだろう。

“待ってるから。声を聞くのが楽しみ”

流れにそって、階段を上がり改札をぬける。駅から地下通路を抜けて大きなビルに飲み込まれていく。

入り口の認証を抜けてエレベーターホールから上がる。

「おはようっす」
「おはようございます」

いつもの時間に席までつくと、先に席にいて朝飯代わりにコーヒーショップのサンドイッチとコーヒーを口にしている奏がいた。

「なんだよ?」
「はい?」
「その朝飯」

顎をしゃくって奏の食べているサンドイッチをさしているらしい。にやっと笑う原田が上着を脱いで携帯をデスクに置く。

「たまにはいいじゃないですか」
「お前、朝、弱いからあんまり食べないだろ?」

そういわれると、確かにここしばらくは朝飯らしいものを取っていなかったと思う。朝が弱いわけではないのだが、寝るのが好きなので、少しでも寝ていたい。

なのに、今日に限ってこんな風にぼうっと、珍しく朝飯なんて食べていれば聞かれるのも仕方がないと思う。画面の中にはメールも仕事もたくさん、詰まっているのに、あと少しと目は画面を見ていなかった。

遠い昔、誰かの声で起きて、片時も離れることないくらい、共にいた。そんな夢をまた見たからだろうか。

昨日、未生と共に夕食を食べた後の、妙に弾んだ気持ちがどこかに吹き飛んだ気がしていた。

「昨日、ちょっとパスタを食べすぎたんで、朝早く目が覚めたんですよ。喉かわいちゃって」
「ああ。お前がよく行くっていうあの店?あの店うまいよな」

以前、原田も連れて行ったことがある。男二人で来る店じゃねぇよとさんざん言われたが、一口食べた後はうまい、の連続で最後は店主を交えて安いワインで延々飲んだことがある。

「原田さんこそ、最近真面目ですね。朝も早いし、定時になれば速攻で帰るし」
「うるせ」

おはようの声と共に、ひとり、ひとり、とフロアに人が増えていくと、そのたびにスイッチが入るPCの駆動音が少しずつ増えて、最後の方はほとんどわからなくなる。

空調の方がそれに追いつくのが遅くて、一時、通勤で汗ばんだ人の熱気でフロアも蒸し暑い。

くらっと目の前を横切る遠い夢に奏は、残りのコーヒーを飲み下した。

あの暑い街にかつていたような気がするのはきっと夢の中だけのことのはずだった。

それがどんなときであっても、総司を不快にさせる。セイがほかの若い隊士達と楽しそうに笑っているのを見ると、いつも胸の奥が苛立った。

総司が近づいていくと、セイの目に総司が映る。

「沖田先生!」

じゃあ、といって、若い隊士から離れて総司のもとへと駆け寄ってくる。この瞬間に、たまらなく総司は優越感を覚えた。

「局長のところにいってらしたんですか?」
「ええ。お出かけになると伺ったので、供をさせていただこうかと思ったんですが、断られちゃいました。代わりに、神谷さん、一緒にいてくれますか?」
「え……」

どきん、と胸が大きく打って、セイの目が総司に釘付けになる。総司が悋気からこうしてセイにねだることをセイは気づいていない。ただ、近藤に振られたから寂しくなってセイを構っているのだろうと思ったセイは、固まっていた頬をやっと動かして、大きく膨らませた。

「先生はいいかもしれませんけど、私にはまだ仕事があります」
「じゃあ、仕事が終わってからでいいですよ。何かお団子でも食べに行きましょうよ。あ、神谷さんの仕事、手伝います」

必死に食い下がる総司に、ぷっとセイは吹き出した。まるで捨てられそうになった子犬のように、必死になっている総司がよほど近藤の供を断られたことが堪えたのだと勝手に解釈したセイは、腰に両手をあてた。

「たっくさんありますよ。仕事。いいんですか?」
「そりゃもちろんですよ。さ!早くかたづけちゃいましょ!」

セイの手をぱっと掴むと、総司の方がセイを引っ張る様にして隊部屋の方へとぐいぐい歩き出していった。

– 続く –