風のしるべ 43

〜はじめの一言〜
だらだら書いてて申し訳ないです。ここでこのお話は終わります。でもまだ始まっていない。そういうお話です。
続きは少ししたらまた書きます。
BGM:カサブタ
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「お久しぶりです」

その姿に奏は驚いた。正直に言えば、そんな風に目の前に現れるとは思っていなかった。

「……まいったな」

動揺した奏が口元を押さえて、顔を逸らそうとしたが逸らしようもなかった。
スーツ姿で目の前に未生が立っていることが驚きを通り越して衝撃という方が正しい。

「……本当に、参った」

あの時、未生は高校生だったはずだ。それが今、こうして目の前に立っている姿は一人の女性としてそこにいる。

何をしたいのか、何を思うか、誰の想いか。
原田との約束の後、未生は何度も自分の中で繰り返し、何度も自分の中で一つ一つ、小さなことまで取り出して、自分の中で咀嚼してきた。

検証し、時にどろどろになるほど、自己否定に走り、何度も目を閉じて、自分自身にナイフを向けるような時間を繰り返してきた。

そして、先に進むべき道を探して何をして生きていきたいのか、それを深く考える時間に費やした。

「じゃあ、次の部署にもご挨拶に回りますので」

きれいな背筋で頭を下げた未生の姿は、ほかにもいた何人かとははっきりと違っていた。

年度が替わって、新人研修の時期、それがもうすぐ終わる頃になって、新入社員達が、各部署に挨拶に回る。その中に、未生がいた。

大学に入ったら。
そんな約束をしたはずだったのに。

真剣に生きて、真剣に向き合おう。そう思って、対等でいるためにはどうしたらいいかと考えた結果、時間は過ぎて行き、原田もまさみも何も言わなかった。
変わらずに、二人は時々奏のことを話題に乗せた。

いつか、背を向けたのは奏の方だったのに、今は目の前からあっけなく背を向けて去っていく。

「……ほんとにやばい」
「何動揺してんだよ」

腰に手を当てて、口元にあてた手はそのままで固まっている奏の肩を原田が叩いた。

未生が、大学で関係する単位を確実に取って、きちんと先を見据えて歩いて奏のところまでやってきたのだ。

「まさか……。いや、……やばい」

まさか、自分の目の前にこうして未生がもう一度現れると思ってなかった。
あの後、奏の中では自分から切り捨てた傷口が、時折疼くことも自業自得だとおもって受け止めてきたのだ。原田とまさみが変わらずに二人でいる話を聞くと、あの時、自分が踏み出さなかったとしても、まだ未生とのつながりを断ち切らなかったら、どうしていただろうかと。

今頃どうしているだろうと、不意に自分の中でよみがえってくるセイと未生の存在は、忘れるなんて許さないと迫られている気がした。

「お前、この5年何してきた?」
「え……?」

隣に立った原田にそういわれて、奏はようやく今に引き戻される。
その質問の意味が分からなくて、ゆっくりと原田の方へと向き直った。

「何してきたって……」

一緒に仕事もしてきたし、少しだけそれ以上の関係性で、飲み歩いたり、出かけることも多かった。ただそれだけで、何をと言っても真剣に仕事もしてきたし、できることはやってきたつもりだった。

「お前が、頑張れたのは誰かが与えてくれた目標がわかりやすかった仕事だけじゃねぇ?」
「どういう意味です?……よく……」
「未生ちゃんは、自分で考えて、過去と自分を何度もひっぱり出して、見比べて、考えて、それから何をするべきか、どうやって生きていくかまでちゃんと考えて、それに必要なことに全てを費やしてきたのさ。それは、単なる執着とかそういうことじゃなくて、誰かとかかわるために、未生ちゃんが考えた覚悟さ」

スーツのポケットに手を入れると、無意識にベルトの感触を親指の付け根あたりで探った。

「で?お前は?仕事以外に何やってきた?」
「……!普通、そんなこと考えませんよ……そんなに若いわけじゃないし」
「年なんか関係ねぇよ。どれだけ真剣に誰かとぶつかる気があるか、どれだけ自分を真剣に生きられるかじゃねぇの?青臭いとかそういうことじゃねぇ。覚悟ってさ、どこで腹くくるかだろ。それで人間、変わると思うけどねぇ、俺は」

にっと笑った原田は奏の肩を軽く拳で突いてから、離れて自分の席へと戻っていく。いつの間にか奏も、ぎこちなく、アイロンのかかったぴしりとしたワイシャツではなく、清潔で、アイロンがかかってはいても、どこか着慣れた背中になってきていた。

その背中をばしん、と思いきり叩かれた気がした。

「沖田」
「は、はいっ」

土方に呼ばれて副部長席の前に大股で進む。5年の間に、近藤は本部長を兼任するようになって土方は副部長である。

「新人研修、6月中には終わる。ここには女子1名の配属だが、アシスタントじゃなくて、お前らと同じように戦力にするつもりだ」
「あ……はい」

いまだに、少数精鋭のチーム体制は変わりがなく、世間の動きからしても、どんどん経費削減、予算削減と言われてきていて、沖田だけでなく、斉藤や原田たちの抱える仕事も、以前よりも小さい仕事の方が大きくなってきていたが、その分、細かい仕事が増えていることもあるのだろう。

「OJTはお前に任せるからきちんと教育しろよ」
「え、俺ですか」
「当たり前だ。お前もいい加減人を教育する立場だろ」

拒否権がほとんどない命令に、躊躇していると、土方は書類を置いて、立ち上がった。目線の高さは奏とほとんど変わらないが、二人の雰囲気はまったく違う。
女子一名と言えば、未生のことかと思って躊躇している奏に土方は腕を組んだ。

「あの、私は若い女子などよくわかりませんし、満足に相手ができるとは思いません。原田さんか斉藤さんでどうでしょうか?」
「お前、それ自分でこういう仕事は好きじゃないからやりたくありませんって言ってるガキだろ」
「いや、でも俺はそういうのに向いてないんで……」

いいわけではなく、本気で向いていないのだと伝えるだけは伝えようとした奏に向かって、腰に手を当てていた土方が、にやりと腕を組んで奏の顔を覗き込んだ。

「いや。お前は自分が思うよりも向いてると思うぜ?人に教えることは、道場がなくてもできるだろ」
「同情?」
「いんや。道場。ま、今の俺達には木刀も竹刀もいらないけどな」

何を言われているのか、理解するのに時間がかかる。

道場?木刀?竹刀?

片手を机について、頭を奏に向かって近づけた土方が声を落とした。

「副長命令は絶対だからな?」
「!」
「戻っていいぞ。沖田」

にっと笑ったその顔には、何もかも見通したような尊大な色が浮かんでいて、じろっと奏を見る目がひどく懐かしかった。

自分だけが閉じこもって、知らなかっただけなのか。

そんなことよりも、何年も一緒にいたはずなのに、土方がそこにいたのかと初めて知った奏には、やられた、という感想以外出てこなかった。

「……俺の視界が狭いんですかね」
「当たり前だ。馬鹿。お前は昔から自分の考えたことしか見えてねぇ。もう少し、現代人らしく、周りにも目をむけとけ」

時間はあの頃よりあるのだから。

そういわれた奏は、返す言葉もなく自分の席に戻った。

何もまだ始まっていない。だからこそ、これから始まる。
何かが、きっと。

何から逃げられても、自分からは逃げられない。そういうことだろう。生きて、これからも歩いていくのだから。

– 終わり –