風のしるべ 42

〜はじめの一言〜
先生も頑なだからねぇ。まあそういうことでこれはシリーズ化しようかと思っております。息切れしてないよー。
つぎで終わります。
BGM:カサブタ
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未生がまさみの部屋に到着してから初めは、感情的になった未生が原田に詰め寄ったりもした。今すぐ、連絡先を聞いて、家までいこうという勢いの未生を、のほほんとした原田の口調が少しだけ冷静にさせた。

「今、行ったって、あいつも頑なになるだけだからやめときな」
「やめません」

打てば響くような即答に原田が苦笑いを浮かべた。
全く、神谷とそっくりじゃないかと笑い出しそうになる。

「その前に、俺とかまさみちゃんとか感動ないの?」
「え?」
「覚えてるの、総司だけじゃないんだけどなぁ」
「あ!」

くすっと笑うまさみがお茶を入れて二人の前に置いた。
原田の傍にぺたりと座る。おまさとセイはそれぞれの立場もあって、それほど親しくできたわけではないが、今は普通の女の子同士である。

向き合えば確かに少しでも事情を知っている人がいるのは嬉しいことだった。

「それは確かに嬉しいんですけど……」
「別に俺も昔話しようっていうんじゃないよ。ただ、俺、奏にも言ったんだけど、俺らが覚えてることは本当かもしれないし、夢かもしれない。そんなのわかんないよな」

こくりと頷いた未生はまさみの方をちらりとみると、まさみも黙って頷いてみせた。

「私、原田さんのこと、どこかで懐かしいって思ってはいたけど、そういうことで好きになったんじゃないもの。こんな風に、軽い感じで話してくるけど、すごくまじめで大事に思ってくれて……。まっすぐに私のことを見てくれた」

―― だから好きなの

そういったまさみの手をふりかえりもせずに手を伸ばした原田が握る。ありがとうとしか言いようがないのを、照れくさくて仕草に託す。

「未生ちゃんも、な。覚えてることに引きずられんな。これだけは言っとく」
「引きずられてなんか!」
「いや。俺達よりも、神谷はずっと……いろんなことがあって、総司の傍にいたはずだ。だから、神谷の執着は強くて深いと思う。その執着で奏の傍にいようとするなら俺は邪魔する」

きっぱりと言い切った原田にまさみも繋いでいた手を引きそうになった。
てっきり、未生のために協力するつもりなのだと思っていたのだ。

「もう一回、冷静になって、時間を置いて、考えてみてくんないかな」

頼む、と頭を下げた原田に、まだ若い未生は反発を覚えた。
好きだと思った気持ちに嘘はないし、奏の事をもっと知りたいと思う。総司と奏が同じ人ではないと頭では分かっていてもその姿を求めてしまうのもどうしようもないことで。

絶対に生まれ変わっても総司の傍にいたいと願った。もう一度、どんな結末が待っていても、総司に好いてもらえなかったとしても、傍にいたい。

少女から一人の大人の女になるまでの間に育まれた想いは、深く強く大きい。
未生が今、奏に惹かれた心とシンクロしたそれは、冷静になれと言われても簡単には出来そうになかった。

「いきなりそう言われても……。未生ちゃんだって困るよね。私は、夢と原田さんが一緒だって、反対に気が付くのにすごく時間がかかったんだけど。でも、未生ちゃんが今、沖田さんに会いたいって気持ちもよくわかる気がする」
「だからって、そんな感情だけであいつのところに行ったって、今の状況はかわんないよ。まさみちゃんや未生ちゃんが思うよりも、俺らは大人だからさ。大人が道を踏み外したら、後は奈落しかないだろ?」

優しくても、突き放した原田の言葉は思いのほか、二人の胸に重く響いた。
女に生まれていれば、先を考えないはずもなく、ただの憧れだけで想っているつもりもなかったが、大人の男としてきちんと考えているのだと言われたら、それ以上何が言えるだろう。

何の後ろ盾もなく、働いて一人で暮らしていけるわけでもない。
それほど現実が甘くないことはわかっている。
一人の大人として、相手の傍にいられるほど自分達は大人ではないのだと突きつけられると、どうしようもなくて、未生の目から涙が溢れだした。

「子供だって言われても、覚悟だってあります。簡単に生まれてからの歳の差が埋まらないこともわかってます。だからって、諦めるなんて……。思い出を知っていて、同じ時代に生まれて、出会っただけでも奇跡みたいなのに、それをなかったことになんてできません……」

しっかりしてるんだなぁ、と泣き顔の未生の頭を撫でた原田は妙な感心をしてしまった。まさみもそうだが、歳よりもはるかにしっかりしている気がする。
泣いていても、支離滅裂になることもなく、自分の言葉を選んで話している姿が、セイに見えた。

―― 男だって思ってたんだよなぁ。あの頃は

最後に、総司が土方に託した際にはもう、時代はどうしようもないところまで追い込まれていて、それでもセイだけは何とか無事に逃がそうと、生き残った誰もが思った。

その目の前で、私は沖田先生の代わりに、戦います、と言い切った女。
知らず知らずに、胸の内にひっそりと息を潜めている左之助が囁くようだ。

―― 総司。お前が育てて、共にあるために生きた女だよ

原田には、奏の葛藤や導き出した結論が手に取る様にわかる。まさみはまだいいとしても、未生は高校生だ。
まだこれからどんな未来でも掴み取ることができる。
その未来に、奏自身が関わることを避けたかった。執着という鎖を断ち切りたかった。

それが未生の枷になることを嫌って。

「未生ちゃん。いま、高2だっけ?」
「……はい」

流れる涙を手の甲で拭った未生が頷いた。

「じゃあ、せめて大学生になるまで待ちなよ」
「えっ?!」

大学生になるなら、2年弱の時間がかかる。
それまで、冷静に考えて、自分の人生を疎かにせずに生きられるなら。

「ちゃんと、奏の事は教えるよ。まさみちゃんがいるし、近況は定期的にメールしてもいい。でも、今すぐあいつの携帯やメールを教えても、意味がない。なぜ、奏が未生ちゃんを突き放したか、じっくり考えて、それでも気持ちが変わらなかったらそこからもう一度始めよう。な?そんときは俺も協力する」

約束だ。

差し出された小指を見て、じっと未生は考え込んだ。
そんなに長い時間ということと、受験やその間に奏に好きな人ができたらと考えればきりがなかった。

「迷うならやめてもいいよ。未生ちゃんはまだ若いんだしね」
「迷いません!」

考えるよりも先に手が動いた。小指を伸ばしていた手を掴むと、両手で原田の手を握った。

「待ちます。だから、力を貸してください」

頭を下げた未生に、原田はまさみを振り返った。

「まさみちゃん。勝手に決めたけど、いいかな?まさみちゃんも協力してくれる?」
「もちろんです」

任せておいて、と頷くまさみと共に、原田はひっそりと胸の内で願った。

– 続く –