夢伝 邂逅~土方とセイ

〜はじめのお詫び〜
実は土方さんも執念深そう。
BGM:相川七瀬 恋心
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「え?!沖田さん?」
「神谷?」

偶然、楽器店ですれ違った相手の顔をみてお互いに驚いた。理子がいるのはおかしくはないが、歳也がいるのは珍しかった。

「どうしたんですか?こんなところで」
「あ、ああ。いや、その……あー……うん」
「日本語になってないですよ。どうしたんです?」

渋々と、どうやら仕事でリードを調べたくて来たらしいが、そもそもリードとは何ぞや?状態で困っていたらしい。
話を聞いた理子が納得して歳也の手を引いた。いくつもある中で、それぞれに種類が違う。理子もすべてがわかるわけではないが、楽器の種類とそれに合わせてどう使うのか店員に頼んで見せてもらった。
一通りの用が済んだらしく、満足げな歳也に理子が笑った。

「お役に立ててよかったです。なかなか分からないですよね」
「いや、助かった。お前の用はいいのか?」
「スコア、あ、譜面ですね。それの取り寄せをお願いしに来ただけなのでもう大丈夫です」

そういうと何となく一緒に楽器店を出た。歳也は振り返ると理子に手を差し出した。

「お前このあと時間あるのか?」
「ええ。今日はもう仕事は終わりですから。歳也さんは?」
「俺も終わりだ」
「じゃあ、デートしましょ」

理子はするっと歳也の腕に自分の腕を絡めた。歳也がにやりと笑った顔が土方の皮肉げな笑いに似ている。性格は、かなり近いらしい。

「お前、総司はいいのか?」
「まだお仕事ですよ。あ、じゃあ、映画いきません?」
「はぁ?それじゃお前……つまらねぇだろ」

そういうと、理子に掴まれていた腕をはずし、理子の肩を抱くと歩きはじめた。

「お前、総司と一緒にいるときどんな所に行くんだ?」
「そう言われたら……、一緒に食事したことくらいしかないかも。デートしたことないですね」
「寂しいな、お前ら。お、そうだ。ちょっと付き合えよ」

そういうと、理子を連れてファッションビルに入った。あれこれと話しながら見て歩く。さすがに現世でも女扱いに慣れている歳也は話題も豊富であるし、一緒に歩いていても全く違和感がない。

「前にピアスを片耳だけもらっちまっただろ?あれの代わりを買ってやるよ」
「ほんとに?返してくれればいいですよ?」
「それじゃつまんないだろ?あれ、仕事用なのか?」
「ううん、違います。仕事用だともう少しハデなのじゃないとステージ映えしないんですよ」

なるほどなぁ、といいながらショーケースの中に目をやると、深い緑のピアスが目に入った。店員がその視線に気づいて、ショーケースの中から出してくれた。
理子の顔を見て、ピアスをあててみると気に入ったらしい。

「どうだ?」
「これ?だって、高いですってば。エメラルドですよ?」
「だからなんだよ。気に行ったのが一番だろうが?」
「そりゃそうですけど……。うん。素敵です。似合うかな」

鏡の前でピアスを当てると、なかなかよく理子の顔に映えた。店員がよくお似合いです、と声をかける。歳也はそれを、と言って懐から財布を取り出した。店員にカードを渡すと、他に欲しいものはないのかと理子に聞いた。

「そんな我儘言えませんよ。嬉しいです」
「素直が一番だぞ?滅多にないからな」

ふざけた物言いだが、歳也の言い方が思いのほか優しくて理子はくすぐったそうに笑った。店員が何も言わないのにプレゼント用にラッピングして持ってきた。カードの控えにサインをすると、財布を仕舞い、小さなペーパーバックを受取ってほら、と理子に渡した。

「遅くなって悪かったな」
「とんでもない。本当に嬉しい。大事にします」
「おう」

にこやかに店員に送り出されると、二人はぶらぶらと見て歩く。理子は何か、歳也にお礼をとフロアを移動しようとすると、すぐに気付かれて肩をひかれた。

「馬鹿だな、お前何か俺にも買う気だな?気にするなよ」
「やだもう、鋭いんだから……。沖田さん、お礼くらいさせてくださいよ」
「お前、総司とデートだってしたことないんだろ?それで十分だよ」

歳也が妙に優しく言うのが、可愛らしくて理子の方が照れてしまう。そうはいきません、という理子を連れて歩くだけでも本当に歳也は嬉しそうだった。

「でも、何かお礼したいですよ?」

そういう理子に、歳也はじゃあ、と言って香水売り場に向かった。そんなに洒落者ではないし、仕事も仕事だけに普段はめったにつけることはないが、たまに気が向けば手に取ることもある。
メンズ用のものをいくつかためしながら、ぽつりと歳也が呟いた。

「昔、塗香を選んでくれたやつがいたんだよ」

確かに、昔、セイは土方の安い香の匂いが我慢できずに黒檀の入れ物を添えて贈ったことがあった。まさかそれを覚えていたとは。
理子自身、確かに記憶にはあったが、今言われてああ、と思う。眉間に皺を寄せた歳也が、きっと照れくさいのだろう、と思うと素知らぬふりで話を続ける。

「そうなんですか。気にいってらっしゃったんですか?」
「ああ。ずいぶんあれには助けられた。くれた奴が傍にいなくなっても、香だけは死ぬまで傍にいたからな」
「少しでも役に立ったんですか?その香が」
「ああ。もちろんだ。どんな時でもそれが幸せだったころの記憶を思い出させてくれたからな」

最後まで傍にあったのだと聞いて、理子は人の多い店の中だというのに涙が浮かんできてしまった。
浅く息をして何とか堪えようとしたが、一度開いてしまった涙線はなかなか戻らなくて、さりげなく目にゴミでもはいったようにみせて、ちょっとすみません、と歳也の傍を離れた。

顔を伏せて手洗いまで急ぐと、ちょうど空いていた個室に逃げ込んだ。
ぱたぱたっと流れた涙に自分でも驚いてしまう。まだまだ、想い出は自分を泣かせるだけの力を持っている。どんなことがあっても最後まで支えになったという独白を聞いて、涙が止まらない。

あの香はまだ覚えている。いつか、もう一度あれを歳也に贈りたいと思った。下手な香水よりも。

 

しばらく泣いて、それから化粧を直して、手洗いを出ると、歳也が壁に寄り掛かって待っていた。恥ずかしそうに、理子は微笑んで傍に立った。

「ごめんなさい、お待たせしました」
「いや、いいさ。ちょっと茶でも飲むか」
「はい。じゃあ、香水はまた今度ということにして、その後は早いけど夕ご飯いかがです?一橋さんも呼び出して」
「そうだな。よし、総司に見せつけてやるか」

理子がなぜ急に離れたのかもわかっただろうに、赤い眼には何も言わずに歳也はさらりと流した。
理子と歳也のそれぞれから携帯に呼びだしのメールを受けて、総司は今頃慌てている頃だろう。

 

―― 夢でいい。

歳也は理子を連れてコーヒーショップに入りながら、隣で笑う理子の顔にあの頃の幼い笑顔の面影を見た。
そして、自分はその面影だけでも十分に幸せを感じられるのだと思う。

この笑顔があれば、いつでも一瞬、不快な出来事の全てを忘れられたように。こんな偶然の一日があるように。

夢だけでも十分だと嬉しそうに歳也は笑った。きっとこのあと現れる男が非常に不機嫌になるだろうことも、それでも嬉しいので、思いきり今日だけは理子を独占してやろうと思っていることを理子はまだ知らない。

 

―― お前は知らなくていい。俺の想いなんか。

 

– 終 –