夢伝 悋気~総司

〜はじめのお詫び〜
やきもちって男は女に向い、女は相手の女に向かうんだそうです。
BGM:相川七瀬 恋心
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「ちっ。きやがったか」

総司が息を切らせてコーヒーショップに現れると並んで座った理子の肩に歳也が手をまわしている。その向いに腰をおろすと理子までが面白そうに笑っている。

「な、……なにしてるんですか」
「何って…デートだよなぁ?」
「そうですね。デートですね」
「二人で?!」

総司がくわっと目を向いたのをみて、歳也と理子は眼を合わせた。

「普通デートって二人ですよねぇ?」
「そうだなぁ」
「……歳也さん?」

さすがにからかいが過ぎたのかじろりと総司は歳也を睨んだ。その間に、理子が立ちあがってカウンターから水を持ってくる。

「ご飯、食べに行きましょ?」

総司の前に水を置くと、その隣に理子が座った。

「理子……」
「はい?」

何かを言いかけた総司を、にやにやと歳也が眺めているので、総司は結局何も言えなくなった。ぎりぎりと噛みつきそうな勢いで、総司は水を飲み干した。

「総司、お前嫌なら別に来なくてもいいけど?」
「いき、ます!!」

総司の返事にくっくっく、と歳也が笑っている。理子が何を食べます?と総司に振ると、なんとか平静を保とうと息を吸い込んで答える。

「なんでも、いいですけど」
「俺はイタリアンかな」
「和食っ、がいいです」

総司の言葉に歳也が面白がって茶々を入れている。徹底的にからかう気になったらしい。理子がさすがに止めに入ると、歳也がこの上なく優しい笑みを浮かべた。遊びとはいえ、本気で相手に向かうときの笑顔に総司が眉間に皺を刻んだ。

「沖田さん……」
「なんだよ。一緒にデートしてるんだろ?」
「程度問題ですよ。和食行きましょう?」

目の前のカップを片づけに理子が立ち上がった。残った総司と歳也はお互いに視線を合わせずに、水面下で意識がぶつかる。

総司は脈絡なく、歳也の隣の理子が座っていた席からコートとバックと、小さなペーパーバックを手にとった。それがリングなのか何かのジュエリーだということは分かったが、それには触れなかった。

戻ってきた理子にそれを渡すと、急に冷静になった総司が歳也を振り返った。

「いかないんですか?和食は歳也さんのほうがおいしいお店をご存じでしょう?」
「ふ……ん。そうだな」

歳也は立ち上がると総司を押しのけて理子の隣に立った。今度は立場を入れ替えて歳也が振り返った。

「うまい店に連れて行くぜ」
「期待、してます」

ため息をついた総司は二人の後をついて歩きだした。
歳也が案内した店は、ビジネスマンが足を運ぶにしてもかなり高級で、どちらかといえば接待に使われるような店だった。

こじんまりした座敷に通されて当然のように歳也は理子の隣に座った。歳也と向かい合った総司は、まっすぐに歳也を見つめて食前酒を差し出した。
にやりとそれを受け取った歳也は、杯を手にする。

「うまいぜ。ここの食前酒は季節によって変わる」
「あ、美味しい。なんだろう、柑橘っぽい……」

歳也の隣で理子が食前酒を口にした。ほんの一口ばかりの食前酒だが、後味がさわやかで後に続く先付けが旨く食べられるようになっている。

「だろう?接待で利用するんだがな。仕事で使うにはもったいないような店だぜ」
「デートで使うには最適、ですか?」
「まあな」

総司の問いかけに歳也がにやりと笑った。横から理子がぐいっと肘で突いた。

「お二人とも、もう勘弁してください。せっかく美味しいお店に来て失礼ですよ?私が謝れば収まるなら謝りますから」
「そういうな。お前、あれ出してつけてみろよ」
「あれ?」
「今じゃなくったって……」

歳也の言葉にもらったものだけに強くも言えず、ぼそぼそと返すと横から歳也がそれを遮った。

「買ってやったんだよ。前にピアスを取り上げちまっただろ?代わりをな」
「ああ…。良かったですね。理子」

徐々に冷気漂うはり合いにいくら理子でも気がつく。はぁ、とため息をつくと、すいっと料理が運ばれてきたタイミングで立ち上がった。
バックを手にすると、座敷の入口に立って二人を振り返った。

「いー加減にしてください。戻るまでにその剣呑なやりとり、やめといてくださいね」

もうっ、と理子が怒りながら座敷を出て行った。残された男二人はお互いに視線を合わせないまま、手酌でビールを注いだ。

「どうしたんですか?歳也さん」
「どうしたって?」
「わざとやってますよね?」

それには答えずに歳也は残っていたビールを全部グラスに注ぐと一口で最後の残りを飲み干した。

「たまたま会ったんだよ。出先でな。それで、俺の調べ物を手伝ってもらったんで、その後茶だの買い物を付き合っただけだ」
「それでデートですか」
「ふざけただけだろ」

面倒くさそうに答えた歳也に総司が真面目な顔でそれを問いかけた。
「本気でしたよね?」

本気で楽しんで、嬉しかったんじゃないかと問い掛けられて、歳也がふっと笑った。そのまま立ちあがった。鞄と上着を手にすると、真面目な顔で総司を見た。

「……本気なわけねぇだろ。ここの支払はしておくからゆっくり食べて帰れ。神谷によろしくな」
「歳也さん?!」
「またな」

ぽん、と最後に総司の頭に手を置くと、歳也は微笑を浮かべたまま座敷を出て行った。自分の嫉妬が追い出したようで、ただ、歳也があながちふざけているわけではないことを知っているだけにどうしようもない気持ちだった。

座敷に戻ってきた理子が、なにも言わずに座ったので、出て行った歳也と途中で会ったらしいことがわかる。

「……いただきましょうか。せっかくのお料理に失礼です。沖田さんも戻ってきますよ」
「……え?だって、あの人鞄もなにもかももっていきましたよ?」

驚いて顔を上げた総司に、理子がぱちん、と片目を閉じた。

「ちょっと魔法を使いました。本当に戻ってらっしゃいますよ。私、そっちに座りますね」

そう言うと、理子は自分の膳を総司の隣に移動して、先ほど躊躇したペーパーバックを手にした。中から箱を取り出すとピアスを手にした。今つけていたものをはずして、代わりにエメラルドのピアスを付けた。

「これを買っていただいたんです」
「似合います」

総司が横から見て眩しそうに言うと、理子は薄らと目を伏せた。

「だって、土方副長ですもん」
「……ぷ。そりゃあそうですね」

ふふ、と二人が笑い合っていると、給仕の女性の案内で歳也が戻ってきた。照れくさそうな顔がわざとそっぽを向いて再び自分の席に着く。
ふと、理子の耳元で揺れている緑の輝きに歳也の動きが止まった。

「……似合ってる」
「当たり前です。土方副長のセンスですから」

すました理子の返答に総司と歳也がそろって吹きだした。
ちょうどそのタイミングを見計らったかのように料理を運んで女将らしい女性が現れた。理子の顔を見てにっこりとほほ笑んだ女将は男二人の前から、空いた皿を下げると理子の前に食前酒と同じもので作ったカクテルらしいものを置いた。

「お嬢さん、大丈夫?締めが出る前に殿方お二人ともに言いたいことがあったら言っておいた方がいいわよ」
「たぶん、もう大丈夫だと思います」
「そう?貴女のような方なら殿方は甘えてくると思うから、時々びしっと締めて差し上げた方がよろしいわよ」

コロコロと笑う女将に、理子は肝に銘じておきます、と答えて男二人を笑いながら見た。

 

―― 今日ばかりは仕方がないようですね

もやもやした想いを酒と共に飲み下して、総司は歳也にむけて瓶を差し出した。ニヤリと笑った歳也がそのグラスを受けた。

きっとこのあと、三人で藤堂の店に行くと、藤堂が今度は噛みつきだすだろう。理子の耳に揺れるピアス。

エメラルドは幸福。やられたとは思うが、仕方がない。自分は譲る気もないのだからこのくらい勘弁してやろうと思いながら、歳也のグラスに酒を注ぎ続けた。

 

 

– 終 –