夢の子供 ~現代拍手文

〜はじめの一言〜
ジャズテイストの楽曲でお楽しみください。
BGM:My love
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今年のヴァレンタインは一緒に過ごそうと話をしていたが、折に触れて思い出したようにちくりちくりと拗ねる理子が、聞き分けのない清三郎の様でわざと怒らせる事を繰り返していた総司に、ついに真剣に怒りだしてしまった。

ケーキを焼いたところまではよかったが、すっかり臍を曲げてしまった理子はむっつりとした顔でクッションを抱きしめながらテレビを眺めている。話しかけてもそっぽを向かれてしまった総司は苦笑いを浮かべると、少し出てきます、と言って外出していった。

しばらくして、玄関先でガタガタと何かの音がしたと思ったが、理子は流していた音楽番組に入り込んでいて気にも留めなかった。音楽が巧みにプロデュースされた番組が終わると、ほうっといつの間にか理子の顔には笑みが浮かんで先ほどまでの苛々も落ち着いたように見えた。

玄関脇の部屋と、リビングを何度か往復していた総司が、しばらくキッチンに立って理子の様子を眺めていた。少しだけ理子の様子が落ち着いたところを見計らって総司がお茶の支度をはじめた。
湯を沸かして理子の好きな茶を用意した。

二人分の茶を用意したところで、総司は理子に声をかけた。

「あのね」
「はい?」

にこっと笑った総司がおいでおいで、と手招きをするのをみて、先ほどまでの怒りは少しだけ脇に置いた理子は、長い髪を揺らして総司の後について行く。両手をポケットに入れた総司が前を歩いて玄関脇の小部屋へと入る。

部屋のドアを開けた瞬間から総司がくるりと向き直ったので、理子は部屋の中がよく見えないままだった。

「今日はヴァレンタインなんです」
「はい。知ってますよ。だから私……」

ケーキを作ったじゃないかと言いかけた理子の口にぴっと指を一本当てて言葉を遮った。

「ヴァレンタインって海外じゃ男性から女性に贈るんですよね。理子も向こうにいた時にはたくさん贈られたんじゃありません?」
「う……、日本のようなイベントじゃないですもん!友達同士とか、ファミリーに対してもありますし」

急な話題にしどろもどろになった理子の肩を引き寄せると、総司が部屋の中へと理子を引き入れた。

「あっ」

そこにはラッピングを解かれたばかりの、小さなおもちゃのピアノが置かれていた。真っ白に塗られたグランドピアノがそのまま小さくなったもので、その上に一輪のバラが置いてあった。

「私からも贈らせてください」
「かわいい……っ!」

部屋の真ん中、床の上に置かれたピアノのそばに座った理子に、その上に置いていたバラの花を理子に渡すと、嬉しそうにちょっと鼻先に近づけて香りを嗅いでいる。いまどきは温室ものだから、あまり強くはないのだが、それでもほのかにする香りに理子がぱぁっと微笑む。

「あのね。これ、おもちゃだけど、ちゃんとしてるんですよ。本物のミニチュアなのである意味これも本物なんです」

蓋をあけると、小さな鍵盤に総司が指を落とした。
いわゆる甲高い、外れた音のおもちゃのピアノとは違って、確かにキーは高いが、中からきれいな音がする。

「すごい!本当に、本当の音がする」
「いいでしょう?」

そういうと、かわいらしい音でいつか王子様がを軽く弾き始めた。一緒に口ずさんだ理子が、ふと、総司に寄り添って問いかけた。

「でも、どうしてバレンタインなのにピアノなんですか?」
「それはね。いつか、私たちの子供が生まれたらこれで子守唄を弾いたり、一緒に弾いて遊んであげたいなぁって思ったんです」

―― 私たちの子供が生まれたら

かぁっと頬を赤くした理子が、総司から視線を外してピアノを見ながら小声でぶつぶつとつぶやいた。

「だって……、結婚式は来年にって話し合ったし、それまでは……」
「だからって、今から未来の話をしちゃいけないなんていいませんよね?」
「……」

うっと理子は言葉に詰まってしまった。
どうしてこう、自分を喜ばせるのがうまいんだろう。
どうして、いつも幸せになれることを考えてくれるんだろう。

「そりゃあ、昔の分まで幸せにしなくちゃいけませんから、休んでる暇なんかないんですよ」

まるで理子が思うことがすべてわかるようにいうと、理子の頭を引き寄せてその額に軽く口づけた。

「じゃあ、ケーキ、頂きましょうか」

ふふ、と内緒話でもしたように笑いあうと、ピアノの蓋を閉めて、手をつなぐ。

 

まだ、未来はつながっている。

 

– 終わり –