クリスマス・ワン 1 ~現代拍手文

〜はじめの一言〜
1年目のクリスマスということで拍手文に書きました。
BGM:My love
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一年目のクリスマス。

「総ちゃん。あなた、こんな日にうちに顔だしてる場合じゃないでしょう?理子さん、どうしたの。お仕事なの?」

クリスマスイブだというのに、わざわざ昼前に実家に顔を見せた総司に、美津も昌信も呆れた顔で家に迎えた。
ようやく病気も治り、理子とのことも認めたというのにこんな日に一人で顔を出すなんてと問い詰めた美津に情けない顔で総司は台所のテーブルに腰を下ろした。手土産のケーキを美津に向かって差し出すと、肘をついて顔を乗せた。

「お前も、病み上がりとはいえ、休んだ分を取り返すために今は仕事が忙しいんじゃなかったのか?」
「忙しいですよ。でも今日と明日は休みにしてたんですよ」

総司が退院したのは冬になる前で、今年はお詫びも込めて一緒に過ごして、理子の好きなところへ連れて行こうとか、おいしいものを食べようとか色々と考えていたが、肝心の理子はいまだに怒っていた。
というのも、退院直後には久しぶりの理子を抱きしめて幸せを噛み締めていた総司だったが、理子の怒りはまったく収まる気配がなかった。
一週間分の着替えや必要なものを持つと、総司が目を覚ます前に斉藤の家へと出て行ってしまったのだ。
あれ以来、一週間に一度、戻ってきて着替えを取り換えて、必要なものは持っていくが、頑なに総司と話そうとはしなかった。

「お願いですから話をさせてください」
「先生は嘘をつくから嫌です」
「そんなことはありませんてば。今は」
「今は、ですよね。これからもつくかもしれないし、過去も嘘をつきましたしね」

理子の怒りはマグマの様に深く、心の中を流れていて今にも噴火しそうな勢いだった。言葉に詰まるものの、このままにはしておけない。
総司は何度目かの詫びを口にしてなんとか理子の怒りを抑えようとしたが、全く聞く耳を持たず、あまつさえ、この二日、理子は朝からびっしりと仕事を入れて働きづめだった。

「なるほどねぇ。理子さんの気持ちもわからなくはないわ。私、お見舞いに行ったときに総ちゃんに言ったでしょう?仮にも結婚しようっていう相手と病める時も健やかなる時も一緒にいて乗り越えられないっていうのはおかしいわよ」
「だからそれを謝ろうにも話もしてくれないんですよ」

当惑した総司はケーキを持って実家に顔を出すくらいしかすることがなかったのだ。台所の総司の向かいに珍しく昌信が座った。

「お前……、案外馬鹿だな」

真顔で自分の父親からそういわれるとは思ってなかった総司は、豆鉄砲でもくらったような顔になる。美津がその横で聞いていて、ぷっと吹き出した。

「……どうもすみません」

他に言いようがなくてぼそりと呟いた。美津がテーブルに手をついて立ち上がった。

「せっかくお土産を持ってきてくれたんだから、コーヒーでも入れるわ。それから総ちゃんは帰りなさいね」
「まったくだ。さっさと神谷さんを迎えに行ったらどうだ」
「あのねぇ……。無茶言わないでください。仕事をすっぽかせっていうつもりですか?」

苦い顔をした総司に淡々とした顔で昌信は頷いた。あれだけ反対したりいろいろ言っていたくせに、この掌の返しようはなんだろうと総司はため息をついた。

日頃からコーヒーを飲む習慣がないために、お中元でもらったワンドリップのコーヒーをマグカップに乗せて、ポットのお湯を注ぐ。漂うコーヒーの香りに総司は、理子が入れてくれていたコーヒーも随分飲んでいないな、と思う。
もう一月以上、ろくに顔を合わせる時間もなく、週に一度顔を出しても用を足せばすぐに帰って行ってしまう。

「メールでも電話でもいくらだって話せるだろう?」
「それが……、電話すれば忙しいし、話したくないと言われますし、メールで話がしたいと送っても駄目だっていうし」

ぼやく総司の目の前で買ったばかりの新しい携帯を取り出した昌信が何かの操作をして総司に向けた。

「俺はちゃんとクリスマスメールをもらった」

何の話だと総司が目を向けるとそこには、理子からメリークリスマス、と仕事をたくさん入れてしまったので、顔を出すことが出来ないが、きっと総司は顔を出すだろうと書いてある。
がばっとその携帯を手にしてスクロールすると、まだ家には帰っていないことも書かれてあった。

「知ってたんですか!」
「もちろん。メル友だ」

ふん、と自慢げな顔をした昌信の背後で美津が呆れ顔でゼスチャーをして見せる。
メールが来るたびに、メールが来たのだといって、美津に見せに来て総司の事も随分気を揉んでいたのに、妙に格好をつけてさも当然という顔をしている昌信を本当に親子で似た者同士だと思う。

「息子にはメールしないくせに息子の彼女とメールってどうなんですかね」

不満そうな顔で携帯を帰した総司は、今度は美津に向かって文句を言い始めた。

「母さんも馬鹿なことをって止めて下さいよ」
「あら。どうして?母さんだって理子さんにメールするもの」

家の電話機の傍に置いてあった携帯を手にすると、美津もメール画面を表示させた。差出人とタイトルだけが並んだ画面を出すとずらりとならんだメールの数に総司は口をあけてぱくぱくと動かした。

「……ひどくはないんですか」

しばらくして結局総司の口から出てきたのはそんなセリフだった。しかし、今は総司が一番不利と言える。

「「だったらさっさと仲直りしなさい」」
「……すいません」

いつの間にこんなところでも味方を増やしていたのかと思いながら、総司は携帯を取り出して斉藤にむけてメールを書いた。

「ふん。またきたか」
「一橋さん?」
「ああ」

クリスマスに斉藤が休みを取るのは本当に何年ぶりのことだろうか。
医者になってからもこの手のイベントにはあまり興味を持たなかった斉藤は盆暮れ正月につづいて、率先して当番を買って出ていた。

だが今年は、初めて休みを取りたいと他のスタッフに声をかけると皆が満面の笑顔で承諾してくれた。照れくさがって、結婚してからもろくに休まなかった斉藤の申し出に喜んで皆が代わりを申し出てくれた。

店の開店時間から揃って外出した斉藤は、携帯に届いたメールをみて恭子へと画面を開いたまま渡した。
くすっと笑った恭子は携帯を斉藤に返した。

「もう許してあげたら?」
「そういうわけにはいかん」
「そうなの?私は構わないけど、理子さんがかわいそうだと思うわよ?」

恭子の目が笑いながら許してやれといっていて、斉藤はため息をついた。
斉藤だけではない。歳也も藤堂も近藤も山南も。

見舞いにも一切来るな、理子を頼むというそれだけで連絡を絶った総司に怒り、このまま一緒になっても結局同じことを繰り返すと判断した彼らは一斉に理子に付き合うことに反対を告げた。初めは怒っていた理子もその話を聞いて一気に頭が冷えた。

そこでクリスマスまで、というリミットを設けて家を出る約束をした。

「着替えや荷物がありますから週に一度は家に戻ります。でも、クリスマスまで家を離れて先生が反省したら、もう誰も反対しないでくださいね?」
「あのなぁ。神谷。お前もいい加減懲りるってことを覚えたらどうだ?あいつのやってることは結局かわんねえぞ?」

代表して歳也と斉藤と話をした理子は、にっこりと笑った。

「先生が変わらないのに、私が変わると思いますか?」
「お前……」

呆れる歳也を前に斉藤が横を向いて緩んだ口元を隠した。変わらないのは、それを言う側も一緒だろうと、思っているのはすでに斉藤が今は同じ場所から少しだけ離れているから見えていることなのだろう。
「だったら、総司にはこの約束は一切秘密だ!」
「いいですよ。じゃあ、怒ってることにして先生の話は聞かないことにします。でも、断言しますけど、先生も私も変わらないですよ?」

にこっと笑った理子と眉間に皺を寄せた歳也との約束はこうして交わされたのだった。

「放っといてもあいつは今夜には家に戻る」

携帯から歳也にメールを送った斉藤は、ぱちんと閉じて腰のポケットにもどした。それを見ていた恭子はくすくすと笑いながら斉藤の腕に手を伸ばした。

「理子さんの仕事、今日も明日もあんなに入れなくてもよかったのにね」
「まあ、そんなことでかわらんだろ」

思えば、今年はあちこちで歌のイベントが多く開催されていた。

さっさとケーキを食べると実家から追い出された総司は帰ってこないメールもいつものごとくで、がっかりしたまま、家に帰るのも侘しくて、理子の仕事先に足を向けた。
時間刻みのスケジュールになっていて、今は大きな駅ビルのクリスマスイベントの時間だ。

ショッピングモールの中の広場に置かれたピアノとステージに吉村と一緒に出ている姿をみて、総司の目が優しくなる。
元気でこうしている姿を見るだけで幸せな気持ちになれる。

総司は知らないが、かつて、理子が総司に再会し、総司の姿を影から見つめていた時に似ていた。
3曲をこなして、次の出演者にステージを譲ると、吉村と共に次のステージへ向かうために荷物をまとめて、すぐに移動していく二人を離れたところから見ていた。

賑やかな街の中で、姿をみているだけでも幸せだなんて、随分だと思う。

– 続く –