風のように 花のように 18

BGM:清木場俊介  愛してる
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初めは順調に経過していた総司の病気は、途中からまるで治ることを拒むように排菌の量が落ちなくなった。

それでも、気力はすべてを凌駕する。

抵抗する黒い影を力でねじ伏せることに成功したのは最短での退院記録には及ばないが、まずまずの早さと言えた。退院してからも半年は投薬が続き、さらに2年間は経過監視になるらしい。
最後の退院の手続きを済ませた後、タクシーに乗る前に斉藤に電話を掛けた。

「もしもし」
「誰だ」
「いやだなぁ。携帯なんだからちゃんと出てるでしょ」
「俺は用はない。切るぞ」
「気が短いなぁ。一応今日で退院だってお知らせしたかったんですよ」

電話の向こうでは一拍の間が空いて近くにいる誰かから話しかけられているらしい。後で、という声が聞こえる。

「退院だからといって、それで終わりじゃないからな」
「わかってます。お礼とお詫びをしておこうと思って」
「なら今はまだ礼も、詫びも時期じゃないだろう」
「そうですか?」

入院するときはまだ夏日もあったのに、自動扉を出たら秋風が吹いている。風の音にかき消されて斉藤の言葉が聞き取れなかった。

「あ、すいません。ちょっと外に出たら聞こえなかったんですが」
「もういい。じゃあな」

ぷつっと音がして、通話を切られたことがわかる。肩をすくめてタクシーに乗り込んだ。

 

久しぶりの家に戻ると、理子も仕事の時間で部屋にはいない。
着替えは洗ってあるものだが、もう一度洗濯機に放り込んだ。ガラガラとまわりだした音を聞きながら、手洗いを丁寧にしてそのほかの荷物を片付ける。ひと段落つくと、奥の部屋にあるピアノの前に座る。

蓋に手をかけるとひんやりとした感触が懐かしい。表は理子がきれいにしていたらしく、鏡のように磨かれている。
鍵盤に指を乗せると、ゆっくりした曲を弾き始めた。

思いつくままに、弾き続けていく。

どのくらい時間が経ってからか、かちゃっと音がして思いがけずドアが開いた。

「……なんで?」
「あ。ただいま」

ぷいっと背を向けて理子はそのまま視界から姿を消してしまう。あわてて後を追いかけてリビングに向かった総司は背を向ける理子にもう一度繰り返した。

「ただいま」
「知りません」
「理子?」

距離を保ちながらもそっと背後から理子の体に腕を回した総司が振り払われる。

「一言も連絡なしでこの仕打ち!退院するときくらいは連絡をくれると思っていたのに!」
「ごめんなさい。朝の結果ですぐに決まったし、貴女は仕事だと思ったんですよ」
「携帯、持ってますよね。メールくらいできますよね」

ぎり、と睨みつけてくるむくれた顔が今にも泣きそうで、それを隠すために視線を外した理子はバックと上着を持って寝室へと入って行ってしまった。苦笑いを浮かべてそのあとに続く。

ドアを背にして部屋の中で動き回る理子を黙って眺める。久しぶりに会った理子を眺めているだけで幸せな気分になる。
黙って立っている総司に、苛立ったのか、今にもこぼれそうなくらい涙をためて、きっと顔を上げた。

「なんですか?!」
「謝らせてくれるのを待ってるんです」
「絶対に許しません!だから勝手にしたらいいじゃないですか」

再び総司に向かって背を向けた理子に、真顔になった総司が大股で歩み寄った。今度は理子のすぐ後ろから声がする。

「ふうん。じゃあ、勝手にします」
「え……、きゃっ」

有無を言わさず理子を背後から抱え上げると、そのままベッドの上に落とす。驚いて起き上がろうとした理子に覆いかぶさった。

「ちょっ……」

総司は理子の抵抗を抑え込んで服をはぎ取って行く。

 

「もうっ。ひどっ……い…」
「すべてを貴女のためにって言ったでしょう?」

『ずっとお傍にいていいですか?』
『もちろんですよ。大好きですよ。神谷さん』

二年後。

「あいつ、本当につまんない嫌がらせには命かけるよな」
「ノーコメント」
「じゃあ、お前がやれよ。友人代表」
「それだけ昔から歳也さんだっていじめたからいけないんでしょ」

ちっと盛大に舌打ちをすると、鏡の前でアスコットタイを手直しする。ついでにぴっと胸のチーフを直すと藤堂の顔を見た。

「おかしくないか?」
「その仏頂面以外はね」
「どこが!」
「本当は嬉しくて仕方がないくせにさ。もうちょっと素直になりなよ」

こちらはタキシードに蝶ネクタイの藤堂がポケットの中の真っ白なハンカチを確認する。

「近藤さんと山南さん、もう酔っぱらってて泣き出してたよ。面倒みてよね」
「げっ。じゃあ、お前挨拶するか面倒見るかどっちかしろよ!」
「今は原田さんと斉藤さんが面倒見てるもん」

じゃあ、俺はいいな、と歳也がつぶやく。互いにちらりと視線を交わした後、そろって手を洗った。男子トイレの洗面の前に並んでいる二人のところに、ダークグレーのスーツ姿で原田が現れる。

「ここにいたのかよ。頼むぜ。あの酔っ払い達、式が始まる前の控室の酒全部飲んじまうぞ」

げんなりした顔の原田は、いつもの髭もなく、年齢よりも若く見えた。藤堂と歳也は顔を見合わせて肩を竦めると、しぶしぶとトイレを出る。

「大体、人前式ってなんだよ」
「総司が考えたんだってさ。神谷のドレスもわざわざ作ったらしいよ」

いつまでもぶつぶつと言い続ける歳也に、藤堂がますます火をつけるようなことを言う。ホテルのバンケットが並ぶ廊下には、同様に華やかな服装に身を包んだ人々があふれている。

「あいつ、何考えて生きてんだ?!男がそんなの考えるか?!」
「何言ってんだよ。総司が並みじゃないのは昔から変わんないだろ」

泣きながら酒をのむ酔っ払い二人の相手に始まる前から疲れ切った原田がげんなりした顔でスーツのポケットに手を入れた。
こんな場には呼ばれ慣れていない上にふだん着ないスーツ。
肩が凝って仕方がないのを紛らわすために、ポケットの中にあるクロークの札を触る。
そんな原田と藤堂の間でぴたりと立ち止まった歳也が嫌そうな顔で原田を見た。

「昔から神谷にだけはってか?」
「「そんなのわかりきってるだろ(じゃない)」」

原田と藤堂が口をそろえて笑った。控室の方からは大泣きする近藤と山南の叫ぶような声が聞こえてくる。

「ったく、あの酔っ払いめ!」

小走りに控室に走っていく歳也の姿に原田と藤堂が顔を見合わせて笑った。落ち着いた動きの係員が二人を追い越して控室に入っていく。

「それでは皆様、お席のご用意が整いましたので会場の方へお願いいたします」

ざわざわと動き出す招待客にためらわず、藤堂と原田が回れ右をした。主賓の二人は先に控室を出ており、係員が歳也と斉藤の元へと走っていく。
入口の金屏風の前に主役の二人が立っている。

「うぉ。神谷かわいいな」
「かわいいよねぇ」
「なんだ、お前まだそんなこと言ってんのか?」
「当たり前だよ。変わんないよ。あの二人が変わんないんだからさ」

ずっと過去から続いていく。
未来へと紡がれていく。

変わるもの。変わらないもの。
想い。

『いつかまた、みんなでこうして』

 

– 終 –

〜最後のつぶやき〜

大変長いこと、このシリーズをお読みいただきありがとうございました。
本編に出てくる病気については、一般的な情報に基づくもので医学上確かなものではありません。
あくまでフィクションととらえていただければ幸いです。
これで、理子ちゃんが登場する逢魔が時シリーズはおしまいです。サイドストーリー的に顔を出すかもしれませんが、基本的にはこれで終わります。
彼らがこれからどんな人生になって子供が生まれるのかとか、そういったことは今の時点では私にもわかりません(笑)
でもどこかで楽しくやってるんじゃないかなぁと思います。
これからも現代に転生しているかもしれない風のみんなのお話は新しいお話としてまた書いていければと思っています。
最終話だったのに、こんなばたばたした期間に書くことになってしまい、私も納得できてはいない部分が多いのですが、書き直す箇所があるかもしれませんが、いったんはおしまいです。
長編1話だけだったはずのこのシリーズをかわいがってくださった皆様、心よりお礼申しあげます。