クリスマス・ワン 2 ~現代拍手文
〜はじめの一言〜
クリスマスですからね。世界にラブをww
BGM:My love
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そこから次々と移動していく理子の後を追って、総司は移動を繰り返した。時には次の仕事がどこなのかわからなくて、間が空くことがあっても今は検索すればある程度は追いかけられる。
夕暮れの街に、イルミネーションが輝きだした頃、総司の携帯が鳴った。
「もしもし」
「不本意だが俺だ」
「なんですよぅ、歳也さん」
まさかそれがこの淋しいクリスマスイブの仕掛けた相手だとは思わずに総司は電話に出た。
「お前、少しは懲りたのか?」
「……は?」
「二度と同じことを繰り返すんじゃねぇぞ」
意味ありげな言葉に総司は歳也が何を言っていたのかすぐに納得した。電話の向こうもにぎやかな街の様子が聞こえてくる。はっきりした言葉では言いにくいが彼らの間なら十分に伝わる。
「わかってますよ。皆さん、怒るといつまでも怒ってるんですから。もうクリスマスなんですから許してください」
―― こんなわだかまったまま新年を迎えたくないですよ。
総司の言葉に電話の向こうで甲高い女性の笑い声が聞こえた。歳也の事だけに、どこかの女性が一緒なのか、これから店にでも行くところなのだろう。
「あのな?」
「はい?」
「お前が変わるならとっくに変わってるだろうって言ってたぞ、あいつ」
理子の言葉を伝えると意味深な含み笑いと共に、じゃあな、メリークリスマスといって通話が切れた。
「結局、許してもらえたのかな?」
歳也が藤堂達を代表して怒りが溶けたという連絡をよこしたというところだろうか。それにしても、妙な口ぶりではあった。
次の理子の予定はホテルのラウンジになっていて、さすがに今夜は予約がいっぱいで入れないだろう。家に向かった総司は、何かを口に入れるのも面倒になって、ビールを片手にピアノの前に座った。
今日の理子が歌っていたクリスマスソングを弾いていると、まるで傍にいるような気がする。
頭の中では理子の歌声がピアノと一緒に歌っていた。
「……あれっ?」
突然ピアノが途切れて、総司の頭の中で鳴っていたはずの声が遅れて止まった。
「どうして止めちゃうんですか?最後まで弾いてくれたらいいのに」
「あ……、今日、一週間でしたっけ?」
「いいえ?荷物は先に一度、午前中に置きに帰ってきましたけど?」
「本当ですかっ?!」
慌てて立ち上がった総司は、がっと膝頭をピアノの椅子にぶつけてしまったが、構わずにコートを脱いでいる理子の傍に立った。
「あ、の……、もう怒ってないんですか?」
「怒ってますよ?あ、日が変わりましたね。メリークリスマス」
「え?あの?」
頭の上にハテナマークが飛びまくった総司にちょっと待ってと言って、理子はコートを置いて買ってきたオードブルやサンドイッチをキッチンからテーブルへと運んだ。
「もう移動ばっかりでろくに食べられないからお腹すいちゃいました。買ってきたもので申し訳ないんですけど」
「そんなことはいいんですけど、でも……」
口を開きかけた総司を手で制して、洗面所に行くと手洗いにうがいを済ませて戻ってくる。明日も早くから仕事なので、お酒というには弱いスパークリングワインを手にグラスを運んでくる。
「話は食べながらしません?はい、これ」
「あ、はい」
気の抜けた炭酸のような雰囲気で総司はグラスを受け取ると、瓶を開けてグラスに注いだ。にこっと笑った理子はいつもの場所で隣に座った総司にグラスを向けた。
「メリークリスマス。お久しぶりです。先生」
「あ、メリークリスマス。おかえりなさい」
くいっとグラスを開けた理子が、総司の皿にもサンドイッチをのせると、一つを手にしてぱくりと口に入れた。
「んー。やっと食べられた!」
「そんなに食べてなかったんですか?」
「ん。お昼すぎからずっと。先生はなにしてました?」
あまりにあっけらかんとした理子の問いかけに、淋しくて拗ねていたとも言えずに総司は口ごもった。その様子を見て、手にしていたサンドイッチを皿に置いた。
「そうですよね。勝手に怒ってでていきましたもん、私」
「それは、私が悪いので仕方がないんですけど……」
「そうですね。先生、また同じことしましたよね」
ストレートな理子の言葉に一瞬総司は項垂れそうになった。空いてしまった理子のグラスにワインを注ぐと、自分の分も開けてグラスを空にする。先程まで飲んでいた缶ビールをテーブルに持ってくる。
「怒ってないかって聞かれたら怒ってますよ?でもそれはずっと変わらないんです。言ったじゃないですか、許しませんって」
「……あっ」
総司は思わず、口に運んだビールを零しそうになってあわてて目の前に置いてあったティッシュへと手を伸ばした。くすくすと笑いながら理子が続けた。
「だから、初めは本当にものすごく怒ってて、しばらく顔も見たくないくらいだったんですけど、近藤先生や、山南先生や、歳也さん達の方がものすごく 怒って、結婚には断固反対するって言いだしちゃったんです。それで、期限付きでクリスマスまで家には帰らないってことにしたんです」
そうだったのかと総司が目を丸くする。親といい、近藤達といい、随分とつまはじきにされた状態だったことがわかる。
「先生が変わらない限り絶対に許さないって皆さん怒ってるから、クリスマスまで私が家を出たら許してくださいってお願いしたんです」
「そんな話してたんですか?!」
「ええ」
理子の説明に総司は額に手を当てて、天井を仰いだ。確かにあの時は妙に悲壮な覚悟をして、皆にも不義理を尽くしたと思っていたが、退院した後、お詫びと礼を兼ねて皆のところに挨拶したはずだとおもう。
「あんなの。やってしまったことには変えられませんよ。先生はすでに昔、前科があるし」
「前科って言い方やめてくださいよ」
「でも事実でしょう?」
ぐっと言葉につまった総司に理子が笑った。
「だから、反対の理由をつぶしに行ってたまでです。もう皆さんこそ懲りてほしいですよね。先生は変わらないって」
あっさりと口にする理子に、総司は諸手を上げた。
なんということだ。この2か月近く、自分は無駄な努力をしていたというのか。
それに、いつの間にか一人、四面楚歌の状況に置かれていた自分をたった一人味方になって守ってくれた理子に、完敗というところだ。
「負けました。私の負けです。ごめんなさい」
「ふふ、勝ち負けじゃないですよ。当り前の事ってだけです」
にこっと笑った理子が再び皿の上に手を伸ばして口を動かし始めた。総司はもうなんだか、ただ気持ちがいっぱいで食べるよりも目の前にいる理子を眺めていたかった。
「もしかして一人で年末も過ごすのかと心配してましたよ」
「ひどい。先生は信じてくれてなかったんですね?……まあ、先生らしいですけど」
「う……、ごめんなさい」
口ごもった後で、総司は理子に腕を回した。軽く引き寄せて、ぎゅっと理子を感じる。
「本当におかえりなさい。守ってくれてありがとう」
「いいえ。……あ、あっ、あの、今日は一緒は眠れないかもしれませんけど」
薄らと赤くなった理子に、はて、と思ってからピンとくる。今度は総司が笑う番で素直に頷いた。
「わかりました。大人しくしてますけど、一緒に隣で眠るのだけは許してください」
「はい、それは、もち……ろん……」
頬を染めて視線をさまよわせた理子の頭にごん、と総司が頭を寄せた。
「大好きですよ。神谷さん」
「んっもう!先生ってば!!」
わざと昔の言い方をした総司に、軽く理子が睨みつけた。
こうして一年目のクリスマスは、久しぶりの再会で夜が更けて行った。
– 終わり –