クリスマス・セカンド 1

〜はじめの一言〜
やっぱりクリスマスなので!そしてクリスマスに間に合わず。・・・すいません。ごめん、勘弁して。
BGM:
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「うわっ」

もわぁっと上がった湯気と共に焦げ臭いにおいがキッチンに広がって、慌てた理子は換気扇を回すだけでなく部屋の窓を開けにリビングへと走った。

料理は嫌いではないし、独学ではあるが、あれこれと作ることも好きだ。

「なんで、お菓子だけは苦手なのかなぁ」

得手不得手は誰にでもあるとはいえ、大の甘いもの好きはいまだに変わらない総司の傍にいると言うのに、理子は菓子だけはいつも失敗するのだ。
一番簡単ではないかという、クッキーさえ、岩の塊のような状態にしたこともあれば、水羊羹が不気味なスライムもどきになった時には自分自身でどっと落ち込んでしまった。

今年こそはと、気合を入れて、クリスマス前の仕事は目いっぱい詰め込んだが、イブとクリスマスは調整してもらってオフにしたのだ。
昨今の理子は、そこそこランクも上がり、ある程度の広さのコンサートが多くなった。だからこそ、クリスマスの仕事は調整できた。

総司には少しだけ仕事があると言っておいたが、実は今年はすべて手作りで支度をしたかった。
料理の下ごしらえはできた。
メインはチキンと言っても二人だけで丸ごとは食べきれないので、スモークチキンを用意して、サラダとパンよりは白飯の好きなご飯を炊いて、あとはデザートのケーキなのだ。

今、理子の目の前では三分の一が黒くこげたスポンジケーキがぶすぶすと焦げ臭い匂いを振り巻いている。クリスマスは特別な日ではないと強がっているが、世間が賑やかであればつい、心がうきうきして来る。

「……もう。今年はちゃんとしようと思ったのに。どうしよう、これ」

焦げた部分をそいでもスポンジに染みこんだ焦げ臭さはリカバリーできないだろう。かといって、捨てることも憚られる。
菓子が苦手な理子は、どうしていいのかわからず、頭を抱えてしまった。

リビングの時計を見ればもうそろそろいい時間になる。さっさと次を決めてしまわなければ間に合わなくなる。
困った理子は冷蔵庫を開けて何かできないかと眺めたが、どうにも知恵が回らない。

こんこん。

「まず、その焦げたところを切ったらどうです?」
「ひゃっ!!」

焦がした匂いを消そうと、リビングの窓を全開にしていたから表の音にかき消されて、全く気が付かなかった。
にやにやと面白がっている総司が台所に顔を覗かせて、柱を叩いたところだった。

「あ、なんでっ」
「それは、同じ事務所にいますからねぇ」
「あーっ!駄目っ、これは駄目っ!!」

すでにコートを着ていないところを見ると、驚かせようと思っていたのか玄関先でもう脱いでいたらしい。リビングの椅子にジャケットをかけると、すっ かり寒くなったリビングの窓を閉めると、腕をまくりながらキッチンに入ってきた総司に、理子が悲鳴を上げて焦げたスポンジケーキを隠そうとオーブンに突っ 込んだ。

好きこそ、なんとか、というものなのか、理子とは逆に、菓子作りは己の欲求のままにプロ級の腕前の総司である。
こんな失敗作など見られたくなかったのに、バツの悪そうな顔で視線を逸らした理子の顔を屈み込んだ総司が覗き込む。

「見せてください?」
「う……。これは失敗したので……」
「それほど大きな失敗じゃないですよ。もったいないし。十分おいしくいただきます」

ね?と首を傾げられれば総司には逆らい難い。
非常に情けない顔をした理子が渋々、オーブンの扉を開けると再び焦げ臭さが広がって、情けなさに涙が滲みそうだ。
もう温くなってきた天板を素手で引き出した理子がコンロの上に天板を置いた。

「……先生には見られたくなかったのに」
「何を言ってるんですか。いつも忙しいのに、こんなことまでしなくてもよかったんですよ?」
「それは……、いいんです。もう……」

総司には隠しておきたかったのに、こうして知られてしまい、しかもそれが失敗作とあってはしょんぼりと落ち込んでしまう。

そんな理子に苦笑いを浮かべた総司は、スタンドからパン用のナイフをとって、天板からスポンジケーキをまな板にのせた。周りのペーパーを剥いでしまうと、そっと焦げた上の部分をそいでいく。

綺麗なクリーム色の面が現れたが、やはり、菓子が苦手な理子の作ったものだけに、どうにもきめが粗い。
ふむ、と考え込んだ総司は理子の頭を軽く叩いて、冷蔵庫をのぞいた。

「理子。この生クリームって使ってもいいです?」
「はい……」
「そんなに落ち込まないで。大丈夫ですよ。あなたもこんなに料理が上手なのに、どうしてお菓子だけは駄目なんでしょうねぇ?」

そんなことを言われたら理子の方が知りたいくらいだ。むぅ、と口をへの字にした理子が後ろに下がると、流しの下からボウルを取り出した総司が、理子を振り返った。

「これ、サイコロみたいに切ってもらえます?」
「え……。サイコロ、ですか」
「そう。このくらいの」

指で示した大きさは、生チョコの一口大より少し大きいくらいで、ホールのケーキをと思っていた理子は、やはりこのままでは食べることもできないのかと、さらに落ち込みながら一歩前に出た。総司はパン用のナイフをおいて、もう少し細身の切れ味のいい方のナイフを差し出す。

「お願いしますね」
「……はい」
「カットしたらこのボウルに入れてくださいね」

理子の隣に置かれた一番大きなボウルに渋々と切り始めた理子は端を除けて、丁寧に切り始めた。

「この、柔らかいのが苦手なんです。切りにくいし、苦手だなぁと思うと、本の通りに作ってるはずなのに、どんどんうまくいかなくなって、どうしようって思うと、失敗しちゃって……」
「いやいや。よくできてますよ。そうだな、もう少し泡立ててから粉を混ぜるときに、ふんわりと混ぜてあげればもっとふわふわになりますよ」
「だから!そのふわふわが苦手なんですっ!」

―― 食べるのは好きなのに、どうしてっ

もはや、親の仇のようにスポンジケーキを睨みつけながら理子がカットしていく。その横で、面白そうに聞いている総司は何とも見事に手で生クリームを 泡立てていく。疲れを見せずに小気味よく、リズミカルに動く泡だて器によって、見る見るうちに白いクリームがふんわりとしていくのを恨めしそうにちらりと 見る。

理子がする時は、電動の泡だて器を使ってやると言うのに、上澄みだけが泡立っていたり、泡立ちすぎて分離してしまったりする。苦手と思えば思うほど下手になっていくのが不思議だった。

「全部切りました?」
「はい」
「じゃあ」

そういって、総司は冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出すと、計量カップに目分量で注いだ。ふらりとリビングの方へ歩いていくと、キャビネから洋酒の瓶を持ってくる。
少し前に歳也のところから回されてきた高級品だ。

きゅっと封を開けると、惜しげもなく計量カップの中の牛乳に注ぎ込む。

「ちょ、先生?!今、それ、飲むんですか?」
「何言ってるんですよ」

少し呆れた口調で総司がそれをざっとカットしたスポンジにかけまわした。

 

– 続く –