暁闇

〜はじめのお詫び〜
早々に登場しちゃいました。どーしてもでてきたので、書いちゃいます。
なんかまったりするラブラブな感じにしてみたかったのです。
BGM:鬼束ちひろ 目眩
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ベッドの中で丸くなって眠っている理子を愛おしそうに総司は眺めている。カーテンの隙間から、明るくなり始めた空が明るくなり始めているのがわかる。

 

二晩。

 

イベントが終わって、理子が着替えを終えて出てくるのを待って、総司はまるでそれが当たり前のように理子の手を取って会場を後にした。

「ついでに寄ってみます?」
「どこにですか?」
「……いや、やっぱりやめましょう。ご飯でもどうです?」

まるで雲の上を歩いているように実感がない。理子はいつものバックのほかに着替えの入ったバックを手にしている。自然にそれに手をのばして総司は自分の仕事道具と共に片手に持つと、空いた手は理子の手を握る。

「本当は貴女と一緒にられれば今はいらない位なんですけどね」

呆れるほど素直に総司が言う。理子は、つながれた手をひいて、総司の腕に自分の腕を絡める。

「ご飯いきましょうか。何が好きなんですか」
「貴女が好きなものでいいですよ」
「一橋さんが好きなものを教えてください」

ぷっと総司は吹き出した。理子の顔を覗き込んで、悪戯っぽい笑顔で言った。

「私も、貴女が好きなものを知りたいんですけど?」

お互いに、今の相手を知りたくていることに気づいて理子も笑った。

それから、ぽつり、ぽつりと過去と現在を行き来した話は尽きることなく続いた。店を替え、酒を飲みながらもずっと総司は理子の手を握っていた。指を絡めて、時折その指を撫ぜるように動く。

「くすぐったいですってば」
「だって、気持ちいいんですもん。本当に貴女と一緒にいるんだなぁって実感したいんですよ」
「変ですよ」
「変でもいいんです」

さすがに終電近くなると、理子が時計を見た。腕時計の上から大きな手が掴む。

「時間、気になります?明日仕事でしたっけ」
「私はオフですよ。しばらくまた空いて、コンサートがあるのは秋になってからです」
「私は仕事です。残念」

それを聞いた理子の眼に、不安そうな色が浮かんだのを見て総司は繋いだ手を引き寄せた。

「大丈夫ですよ。送りますから帰りましょうか」
「ええ」

終電にのって理子の家の傍で降りる。離れがたくて、マンションの前まで行ってもその手繋いでいると、理子の目が二つの感情に揺れているのが分かって、総司は理子をそっと抱きしめた。

「あのね。何もしませんからもう少し一緒にいてもいいですか?」

 

それから、ただ寄り添って話し続けて、総司が仕事に行った間に少しだけ理子は眠って、ずっと話し続けている。

「昔、父と兄を亡くした時に助けに来て下さったのが沖田先生じゃなくて斎藤先生とかだったら、全然違ったかもしれないですね」
「貴女は斎藤さんを好きになってたかもしれないって言ってます?」
「そうですねぇ。斎藤先生だったら、きっと早々に隊を抜けて子供の幾人かを育てて」
「良いお母さんになっていたでしょうね」

そう言いながら、昔の総司がよくセイにしていたように、理子の背後から腕をまわして理子の髪に顔を埋めるようにする。強引に奪った時のことを思い出したのか、総司には気取らせないように緊張して体が硬くなる。

「その方が貴女は幸せだったかな」

ぴく、と理子の体がはっきりと強張る。

 

―― ああ、また禁句を言ってしまいましたね

 

「まずいな。もともとの人格はそのままだからどうしても昔と同じ発想をしてしまう。このままじゃ、次に言うのは隊を抜けなさい、になっちゃいますよ」

冗談めかして総司が言うと、理子が回された腕から抜けようと身を捩った。理子がそうすることもわかりきっている。回した腕を強くして、逃げようとする理子に素知らぬふりで続けた。

「私は、あんまり傍にいすぎて、どこから貴女を好きになっていたかもわからないんですよね。ただ、はっきりと自覚したのはあれかな、貴女が密偵をした後に休暇でいなくなった時」
「……そうなんですか?」

動きを止めた理子が、肩の上に乗せられた総司の顔の方へ少しだけ向けられる。総司は嬉しそうにその頬に擦り寄せた。

「思い返せば、そのずっとずっと前から貴女のことが大好きで、事あるごとに嫉妬しまくってましたけど」
「ものすごく理不尽に怒られたことしか覚えてないです。何度も追い出されそうになりましたしね」
「結局追い出さなかったからいいじゃないですか」
「でも、言われるたびにすごく悲しかったんですよ」
「言う方も辛かったですよ。それに自覚してからはあんまり言ってないと思いますけど?あ、でもちょっと画策したかな」

もう嘘も、隠し事もしたくはないので思い出すごとに総司は正直に口にする。理子も聞き、素直に答えている。

「画策って何をしたんですか?」
「えぇ~、聞かれたら正直に答えるって決めてるから聞かないでくれると嬉しいんですけど」
「じゃあ、教えて。画策って何をしたんですか?」

ふう、と耳元で溜息が聞こえて、少しだけ理子から離れると、困ったような顔で怒らないでくださいね、といいながら目を上げた。

「そうだなぁ、斎藤さんの嫁に取るというのを後押ししてみたり、中村さんの手伝いしたり……はよくやりましたね」
「信じられない!あんっなに……」
「だから怒らないでって言ったじゃないですか。もう時効ってことじゃだめ?」
「時効ってそこだけ現代?!」

呆れて理子が回された腕を叩いた。ようやく緩んだ理子を抱き締めて、再びその髪から頬へ擦り寄った。今度こそ穏やかに柔らかくなった理子が今度は逃げるためではなく、その腕から離れた。

かちん、と音がして立ちあがった理子がキッチンでお茶を入れようとしているのがわかる。
今の理子の部屋は最低限の家具と電化製品しか置いていない。徐々に揃えるつもりで部屋にある家具といえば、ローベッドと斎藤の部屋から持ってきた小さなテーブルくらいだ。クローゼットの少しの服とステージ用のドレス。

あとはキッチンにお茶の葉とカップがいくつか。イベントの前でもあったし、ゆっくりと気に入ったものだけをそろえようと思っていたので、その他のものは一切置いていない。小さな薬缶でお湯を沸かすと丁寧にお茶を入れる。

「何もなくてごめんなさい。ゆっくり揃えるつもりだったから」
「気にしないでください。何か買ってきましょうか?」
「やだ、それじゃあ私の立場がないでしょう?女なのに」
「そっか、そうですね。今は女性ですからね」

笑いながら言う総司にまたからかわれたのだと分かって、理子は総司に渡しかけたお茶を引っ込めようとした。

「素直なのは変わってないですねえ」
「一橋さんは、沖田先生より意地悪」
「変わりませんけどねぇ?」
「じゃあ、昔も意地悪だったってことですか?嘘つきだけだと思ってました」

ことんと、小さなテーブルにカップを置くと、理子は先ほどまで座っていた壁際の場所から総司と向かい合う場所に座る。

「ごめんなさい。すっかりもう朝ですね。お仕事なんでしょう?」
「ええ。もう少ししたら一度家に戻って、着替えてから仕事に行きます。ねえ、神谷さん」
「はい?」
「仕事が終わったら……また会いにきていいですか?」
「はい」
「それから……、戻るまでに考えておいてくれませんか?」
「何をです?」

不思議そうに見た理子の頬をさらりと総司は撫でた。そして、理子のカップを指先でちょんと指さした。

「このまま買い揃えなくてもいいと思うんですよね」
「え?」

急に話題が飛んでついていけない理子は聞き返した。にこっと笑った総司は、真剣な眼差しを理子に向けた。

「あのね。まだ買い揃えていないなら、このままうちに来ませんか?」
「えぇ?!だって」
「貴女に会う前の部屋からは引っ越してます。家具は全部入れ替えたし、他の人が買ったものもすべて処分済みです。まだ荷物が少ないなら、一緒に暮らしませんか」
「だっ……て……」
「もう、あの時のように貴女の気持ちを無視したことはしません。ただ一緒にいたいんです。考えておいてくれませんか」

そういうと、総司は立ちあがった。慌てて、理子も立ち上がると総司について玄関へ向かう。反射的に総司の手を掴んだ理子は顔を上げないまま、その背に手を伸ばしかけて止めた。

「でも……」
「私は、信用ないですもんね。今もずっと貴女には何もしなかったでしょう?三日、戻ってから一緒にいて、何もしなかったら信じてください」
「嘘。沖田先生は嘘つきだったから、信じない」
「私は、嘘付きで意地悪らしいですけど?」

くすっと笑った総司は、理子の手を離して部屋から出て行った。

 

 

それから、仕事から戻った総司が理子の部屋を訪ねて、二晩目が過ぎようとしていた。
一晩目は一緒に壁に寄りかかって話し続けるうちに眠ってしまった。そして昨夜は、外に食事に出た後、戻ってきて話しているうちに先に眠ってしまった理子をベッドに寝かせて、総司はそのまま眠っている理子の傍らにいた。

触れればすぐそこにある安らぎに胸が苦しくなりそうなくらいの想いで涙が出そうになる。愛しくて涙がでることを自分は知っている。
そしてこれから、こんな朝が続くだろうことも。

 

– 終 –