花びらから雫 5

〜はじめのお詫び〜
リクエストが多かったので、バレンタインの後です。
BGM:都はるみ 愛は花 君はその種子
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「理子。起きて」

総司がベッドに沈み込んでいる理子に屈みこんだ。深く眠りこんでいた理子が薄らと目を開ける。いつもは寝起きがとびきりいいはずの理子がなかなか、起き上がれない。

苦笑いで総司が毛布ごと理子を抱き起こした。

「おはよう」

ぐらっと総司の肩に倒れ込んで、深く息を吐いた。総司が優しくその背中を撫ぜる。

「……はよ、……ございます」

ようやく肩の辺りから小さな声が聞こえた。体が寒くないように肩の上にバスタオルをかけて抱き込んだ。

「起きれます?お風呂、沸かしてあるから入ってきたら」

総司が声をかけて理子が動き出すのを待っていると、肩の上にあった頭がずるずると下がって行く。

理子は徐々に目が覚めてくると、今度は恥ずかしくて顔があげられなくなってしまった。肩にかけられたバスタオルと毛布の間に顔を埋めて、起きるから向こうへ行って、と小さく言った。
きっと、総司がくすくすと笑っているだろうと思いながらも、どうにも恥ずかしくて顔があげられなかった。

ぽん、と軽く頭を押さえると黙って総司が部屋を出て行ってくれた。部屋のドアを閉めた音がして、ようやく毛布の中から抜け出した。

「やだなあ……、もう」

まんまと押し切られた形で夢も見ずに眠ってしまった。しかも、滅多にないのに起こされる始末とは。
泣きたくなるくらい恥ずかしくて、もそもそととりあえず服を身につけると、バスタオルを手にベッドから這い出た。枕を押しやって、乱れた布団を軽く直してから、そうっと部屋のドアを開けた。

もう総司はシャワーを浴びたらしく、濡れた髪のまま新聞を手にしていた。朝だけはリビングのテレビもニュース番組を見るためにつけられていて、その音にまぎれて部屋を出ると、総司が顔を向けないうちに洗面所に逃げ込んだ。

会社員のような時間帯では働いていない二人ではあったが、仕事があるのは変わりがない。

理子も急いでシャワーを使うと、濡れた髪のまま着替えのために自分の部屋に戻った。いつもなら出かける前にする化粧を、先に済ませて着替えると、気が重いながらもリビングに戻った。

コーヒーを手にテレビのニュースを見ていた総司が顔を向けた。

「大丈夫?」

何が大丈夫で、誰のせいだと恨み事を言いそうになって、きゅっと唇を噛むと理子は黙って視線を合わせずに頷いた。キッチンでお湯を沸かすと自分の分のお茶を入れる。

ふと、視線が昨日のバラにむかった。

リビングが温かいことで、すっかり花が開いている。雪がたくさん降っていたところで買ったバラだったので、蕾の中に溜まっていた雫が開ききった花から零れて、周りを濡らしていた。

カップを置いた、理子が花瓶の傍に近づいてそっと開いたバラに触ると中からぱたぱたっと水滴が零れ落ちた。複雑な思いで指先についた水滴を見ていると、いつの間にか背後に立った総司が手を伸ばして、その手を掴んだ。

ぺろっと濡れた指先を舐められて、慌てて理子が手を引いた。にこっと笑った総司は悪びれずに言った。

「貴女の指の方が甘いですけどね。そんなに嫌なら捨ててもかまいませんよ」
「花は、バラは悪くないですもん」
「なるほど。確かに」

花には罪はない、というのが精いっぱいで、結局はそれ以上聞けはしない。

拗ねた理子が零れた水滴を拭こうとして、不意に総司の腕に後ろから抱きとめられた。耳元に息がかかったかと思うと、キリ、と痛みを感じる。

「痛っ、何っ?」
「……なんで今朝みたいな朝に、そのピアスかなぁ」

急に声に不機嫌が混ざった総司が不満そうに理子がつけているピアスが気に入らなくて耳たぶの端を噛んだらしい。

理子が今日つけていたのは歳也が買ったエメラルドのピアスで。

急に可笑しくなって、理子が笑いだした。総司は反対に不機嫌になって、ぎゅうっと理子の体を強く抱き締める。

「そんなに可笑しいですか」

不満そうに理子の肩に顔を押しつけた総司が言うと、理子が片手をあげて、ぴっと総司の頬をはじいた。

「仕返し、です」
「うわー……。ものすごいムカつくんですけど」
「だって、ピアスに罪はないし」

そういうと、総司の腕から離れてキッチンに置いたままのお茶を取りに行く。口元に手をあてて何か考え込んでいた総司は、じろっとピアスを睨みながら一人で呟いた。

「やっぱりあんなの許すんじゃなかった」
「はい?」
「いいえ。今度、新しいピアス、買いにいきましょう。ホワイトデーもあることだし」

再び笑いだした理子が、時計を見て慌てた。一口お茶を飲むと、急いで支度を始める。二人の日課になった互いの仕事を確かめると、ついでのように理子が言った。

「あと、今日はちょっと遅くなります」
「そうなんですか?」
「ええ。沖田さんと藤堂さんのお店でデートしてきます」
「……!……いってらっしゃい」

くすくすと笑いながら、思いきり不機嫌になった総司の頬に軽くキスを残してコートを羽織った。

きっと、あの分なら絶対に意地でも仕事を終わらせて藤堂の店に現れるだろう。過去よりも、現在進行形の方が効く。
少しだけすっきりした気持ちで理子は、外に向けて歩きだした。

 

 

– 終わり –