爪の先まで愛を 1

〜はじめのつぶやき〜
藤堂さんの一人称にちかい風味で。
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歳也の飲み会に付き合えといわれたのだと言って、総司が出かけた日。
本当は歳也の知り合いの女性達も一緒のいわゆる合コンだということを理子から聞いた。電話の向こうでわかってるんだけど!と零している理子に、休憩時間の藤堂が提案した。

「じゃあさ。俺とデートしようよ」

神谷に向かってそんな提案をした後、藤堂は即、諸々の手配にかかった。歳也さんや、総司ほど女の子を持ち帰るほうじゃないけど、まあ、それなりに女の子を楽しませるデートくらいは考えられる。

―― まして、本気で喜ばせたい相手ならなおさらね

理子に総司の予定を確認させて、次の日は休みだけど夜まで仕事だという日を選んだ。藤堂の仕事の休みは、シフト表をいじればいくらでも変えられる。

―― 普段、無理な休みを取らない分、こういうときは他のスタッフへの貸しが役に立つのさ

平日の朝から普通に起き出して、まずはシャワーを浴びて着替える。実年齢よりも若く見える服装は藤堂の好みだが、神谷も実際若く見えるから問題なしと思う。

藤堂は鏡の中の自分を電気かみそりで剃りながらぼーっと考える。

藤堂や理子達の休みが、土日固定じゃないのはこういうときに助かるなと思う。
もちろん、神谷や総司も基本的に土日は休みが多いが、コンサートやイベントがあれば当然つぶれる。会社勤めじゃないところで、時間の拘束も自由度は高い。
知り合いの中では、歳也も平均的なサラリーマンとは言い難い。歳也も仕事があれば土日祝日構わず働くし、下手すれば平気で1ヶ月以上、休みなしで働いてる。

―― あれじゃ、彼女になった子は可哀想だよね

普段、朝方近くまで働いているから、午前9時台は藤堂からすれば、まだ夢の中のはずだが、今日ばかりはちゃんと起きている。
理子との待ち合わせは、向こうに近い方の駅の傍のカフェだ。

携帯の時計を見ると、ちょっと早めだが家を出ることにする。待つのも男の役目だよね、と呟いて外に出た。

藤堂と理子は大学で出会って、もとい、再会してからこんなデートらしいデートなどはしたことがない。まあ、大学生なんてそんなようなものだ。
飲みに行くか、食事に行くことはあっても、1日一緒にいるということはすごく新鮮で、実は内心どきどきする。

早めについたカフェで、藤堂は目覚ましと眠気覚ましをかねたコーヒーをオーダーする。職業柄もあってオーダー一つでも藤堂は結構、楽しんでしまう。

「あ、これ。新しいんだ。いいね。おいしい?」
「はい、お勧めですよ。季節のフレーバーでショコラミントなんですけど、ミントが強すぎなくていいんですよ」
「へぇ~。じゃあ、ホイップ多めのローファットミルクにしてくれる?トールとショートで2つね」
「畏まりました。あちらから商品をお出ししますので」
「はーい。宜しくね」

―― まあ、このくらいのオーダーはしたいよね

歳也も総司も面倒がって、ラテか今日のコーヒー以外を頼んでるところをみたことがない。大小のカップで差し出されたコーヒーを手に取ると、窓際のカウンター席に陣取った。

いくらも待たないうちに理子が店に入ってきた。カウンターに近寄る前にこっちにおいでと藤堂が手を振ってみる。

「藤堂さん、おはよ!ごめんね。こんな時間に眠いでしょ?」
「平気。たまには日光、浴びないと吸血鬼になっちゃうよ。これ、神谷の分」

ショートサイズの方を差し出すと、にこっと笑ってそのまま隣の席に神谷が座る。

「ありがと」
「ショコラミントだってさ。ホイップ多めのローファット。飲み頃だよ?」

くるっと神谷の目がカップと俺の顔を見て、くすっと笑い出した。

「何?」
「藤堂さんらしいなぁって思ったの。嬉しい」

―― うわ。両手でカップを包み込んで嬉しそうに笑った顔がめちゃくちゃ可愛くてコッチが照れる

少しだけ温度が下がって、そのまま飲めるようになったカップに口をつけると、まっ白な飲み口に少しだけ口紅が移って、それを拭った理子の指先に口紅が移る。

ぼーっとその姿を見ている藤堂など、今までにない姿で柄にもなく舞い上がってるなぁ、と密かにつぶやいた。

「美味しいよね、これ。シーズンフレーバーなのが勿体ないなぁ」
「そうなんだ?期間限定かぁ。でもショコラって所が季節っぽいね」

ごくごく、普通のカップルのように会話して、店の時計に目をやると、10時を回っている。一緒に見るはずの映画が始まる時間が近い。
残りを一息に飲むと、察しのいい理子が自分の分を急いで飲んだ。

「行ける?」
「もちろん。これ、美味しかったな」
「だね」

藤堂が自分の分のカップと理子の分を手にすると、人の少ない店内を横切って、ダストボックスに分別して放り込んだ。カウンターの中のスタッフに、美味しかったよ、と声をかけると後をついてきた理子と共に店を出た。

自然に伸ばした手が理子の手を捉まえて、さっき口紅を拭きとった親指の腹を自分の指先で拭った。

「ん?」

不思議そうな顔をした理子に、にっこりしながら首を振ると、手を離して歩きだした。

複合ビルに入っている映画館に入ると、チケットは携帯で予約してあったから発券機から出すだけで、ギリギリでもまあ何とかなるものだ。

「私の分、後でまとめて払うね」

人目のあるところで、支払いで押し問答しなくていいのは、男として結構楽だ。
彼氏らしき相手との付き合いは、理子も深入りしなければ総司よりも下手をすれば多いかもしれない。深入りしそうになると身を翻して逃げていなければ、総司と同じくらい荒んでいたともいえる。

今でも大学時代の信奉者は残っているらしいが、皆、理子に本気で手を出した奴なんていないことを藤堂はよく知っていた。

追い払うのに、何度一役買った事か。

「何か、買う?飲んだばっかりだからいらない?」
「うん、いらないかな」

発券機から吐き出されたチケットを手に、揃って中に入ると、隣り合ったシートに納まった。
もう初めの宣伝がスタートしていたので、少しだけ座り具合をよくして肘掛に寄りかかると、久しぶりに見る大きな画面と音響に藤堂は妙な感動を覚えた。

– 続く –