僕らの未来 9

〜はじめの一言〜
女性には色々難しいことも多いからね。素直に先生に甘えたらいいと思います。
BGM:嵐 One love
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

ナイフとフォークでカットすると、レアなのにじゅわっと温まった赤身の柔らかさに、口の中の温度が同化していく。

「……美味い」
「美味しいでしょ?がんばったもん……」
「何に頑張ってんだ、お前。そんな無理しないだろ、普段」

ジュースになったのもあまり気にしなくなった理子は、テーブルに突っ伏しそうになりながら、何度も頷いて見せた。

「だって、ねぇ。おかしいんですよ。私、何も変わってない……。変わってないのに、周りがどんどん変わるんです」

その意味を計りかねた歳也は、黙々と食べることに専念する。
言いたければ言えばいい、言いたくなければそのままで。歳也らしい空気は、理子が頑張っていることを認めて欲しい相手の一人でもある。

「先生……。総司さんと一緒になって、幸せなんですよ。幸せなんだけど、なんでかなぁ?」
「何がだ?」
「お仕事も、それ以外でも、奥さんなんだから、遅いのは駄目でしょ、とかね。お酒なんてっていうんですよ。でも、私、先生と一緒に住むまえも、住んでからも何にも変わってないんですよ。なのに、なんでかなぁ……」

ずっと、澱のように理子の胸の内にたまっていったもの。
仕事も、友人も、気遣いはありがたい。だが、理子にとって、変わったことと言えば名前と公の立場と妻になった責任だけで、理子自身のもともとあった責任も、自由も、かわってはいない。

なのに、奥さんになったから、結婚したからと言われるとそうしなければならないような気がしてきて、そんな風には考えていなかった自分が間違っているような気がして、息苦しかった。

「そりゃ、お前。結婚したからだろうが」
「結婚したらぁ……仕事セーブしたり、お酒のみに行ったりしちゃいけないんですか?」
「まあ……、普通は早く家に帰りたくなるもんなんじゃねぇの?」

歳也にとっては、こうあるべき、という仕組みを論じる世界にいる分だけ、理子のいう不思議さがどうにもぴんと来なかったが、後ろで聞いていた総司には少しだけ理子が無理をしているように見えた理由が分かった気がする。

周りに言われることに納得がいかないまま、押しつぶされそうになっていた理子が今、ノンアルコールになってもまだ酔いが覚めずにぽつぽつと話し続けていた。

「だって……、そりゃ、一緒にいたいですよ。でも、一人の人間として立っていられなかったら駄目でしょう?隊士として役に立てなくなったら隊にいられなくなっちゃうみたいに、そんなの嫌なんです。ちゃんとしたいし、普通でいたいのに……」

なんでかなぁ。

呟いた理子は、頑張って耐えていたが、歳也がステーキを食べ終えてテーブルの端に皿を寄せたのを待って、テーブルに腕をついて頭を乗せた。

―― 幸せなのに、なんで苦しいのかなぁ……

目を閉じた理子は、ぶつぶつと呟いていたが、そのうち疲れたのか、酔いのせいか、眠ってしまったらしい。
放っておけばいずれ寝るだろう、というのもわかっていたから、周りも大人しくして潰れるのを待っていた。立ち上がった藤堂が皿を下げて、代わりに歳也のために酒を作り始めると、総司がゆっくりと立ち上がった。

寝室への扉を少し開けておいて、歳也の隣で潰れている理子を抱き上げる。原田が、ドアを支えてくれて、理子をベッドに運ぶと、灯りを消してドアを閉めた。

ソファから立ち上がった原田が、たばこを吸いにベランダに出て行って、その間に藤堂が酒と、氷をテーブルに運ぶ。三人で飲んでいたグラスを一度下げると、新しいグラスを持ってテーブルに置いた。

「飲みなおそうか。あんまりお腹すいてないだろうけど、つまみ、ちゃんと神谷が用意しておいてくれたし」

男四人になったその場で、うずうずしていた藤堂が口を開いた。

「でさ。総司、神谷のこと、ちゃんと見てあげてるわけ?あんな風にさぁ」
「……いくら一緒にいても、なんでもわかるわけじゃありませんよ。特に、あの人は私にはなかなか弱いところを見せてくれませんし」

苦手だった春先のことは、最近ようやくすこしだけましになってきたが、それでもまだ時々不安定になる。無意識なのだろうが、なんでもないと、いまだに言い張るくらい、総司には強がって見せる。
そんな理子が、気弱なことなど言うはずもない。

ほんの少し、ふて腐れた総司にむかって、この中では一番詳しくない原田がちらりと総司の顔を見てから、一応な、と口を開く。

「普通はそうなんだろうが、あいつにとっちゃお前はやっぱり、師匠でもあった沖田総司でもあんじゃねえの?お前、なんだかんだって厳しかったからなぁ」
「そうそう。結局、優しいのは副長のほうだったりしてさ。あ、まんま変わんないじゃん」

くくっと、遠慮なく笑い出した藤堂と、一応は笑いをこらえた原田の両脇で、歳也と総司が複雑な顔になる。

 

 

– 続く –