感傷

〜はじめの一言〜
藤堂さんの悩み編です。この人たちはもう裏で戦線離脱していたという話。

BGM:Life Goes On
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急な電話で店に呼び出された歳也は、どうしよう!と顔を見た瞬間に藤堂に叫ばれた。

「ちょっと待て。ほぼ1日前に一緒に飛行機に乗ってきて開口一番になんだ、それは」
「だって、斎藤さんに言ったら俺、間違いなく殴られちゃうし!」
「落ちつけ。なんなんだ、一体」

非常に情けなさそうな顔でカウンターに立つ藤堂は、怒らないでね、と前置きした。

「昨日、空港から神谷と一緒に帰ってきたんだよ」
「ちょっと待て」

すうっと眼を閉じてこめかみを押さえた歳也に、藤堂が慌てた。

「だからごめんて!!二人は空港で気づかないみたいだったけど、同じ飛行機のビジネスに乗ってたんだよ。どうせもう次の仕事のリハもあるから帰らなくちゃいけないのは知ってたしさ」
「藤堂!」

ひぇぇ、と低い声が押さえた分だけドスが効いている。歳也がカウンターを指先で叩いて、酒と話の続きを催促すると、藤堂は急いで水割りのグラスを差し出した。

「と、とにかくそれで一緒に帰ってきたんだけど!俺さぁ、つい話を聞いてたら苛っとして言っちゃったんだよ〜」
「何を!」

昨日理子から聞いた、帰ってきちゃいけないと思っていた理由と藤堂がつい言ってしまった話をかいつまんで説明した。
身勝手だと、巻き込むだけ巻き込んで一人逃げた身勝手を責めてしまったことを聞いた歳也は、ため息をついた。

確かに、それはそうだ。総司にしても理子にしても、考えが浅いというか、どこか子供なのだ。

水割りを口に含むと、落ち着きを取り戻して、隣に鞄を置きなおして座りなおす。
藤堂がどうしたらいい?という顔をしているところに仕方なく、年の功を見せる。

「まあ、落ち着け。間違ってるわけじゃないし、もともと向こうに行く前に話しただろ」
「正々堂々?」
「ああ」

なんだかんだでN.Y.の理子のところへ行く前に、歳也が藤堂の所に現れたのだ。話がある、といってわざわざ現れた歳也は、藤堂に本当に理子が好きなのかと聞いた。

「な、何?急に。俺が神谷を好きじゃいけないの?」
「いや、なんとなくで悪いが、どこまで本気なのかと思ってな」

そう言われて、藤堂が嫌そうな顔で歳也を見た。磨いていたシルバーのフォークが派手な音をたててカウンターに投げ出された。

「俺は!神谷が好きだし?今は同い年だし、二人よりはよく分かってるよ」

噛みつくように言い返した藤堂に、歳也はあえて何も言わずに考えこんでいた。

藤堂は、かつてお悠という娘に恋した。それからもそれなりに馴染みの妓はいたし、今生でも好きな女の子は何人かいた。ただ、セイが藤堂の心の中にいるのは、かつても今も、あの一途に思い続ける姿を理想にしているからでもある。

あれほど一途に想われたい。一途に想いたい。

そんな願望が理想になって、癒されて、だからこそ好きになったのではないか。

「もし、総司がすべてを思い出して、神谷を忘れていなかったら、あの二人が一緒になれるように力を貸してくれないか」

しばらく考えこんでいた歳也が藤堂に向かって、頭を下げた。
急に態度の変わった歳也に藤堂が驚いた。歳也がセイを好きだったことは既に知っているし、今も想いを引きずっていることも知っている。なのに、二人を一緒にするために力を貸せと言っている。

歳也の前に立った藤堂は、自分のために歳也のボトルからグラスに酒を注いだ。ロックのまま口にすると、はあ、とため息をついた。

「そんなこと言ってさ。もし総司が覚えてなかったらどうするのさ?もし神谷のことを今は好きじゃなかったら?」
「その時は俺達はそれぞれ好きにすればいいさ。どのみち神谷が俺を選ぶことはないだろうし、斎藤にも連れができたらしいから、藤堂。お前が一番確立が高いかもしれないな」
「何格好つけちゃってんの?そんなの可笑しいじゃん。生まれ変わっても自分は素直になれないわけ?」
「違う!それは違うんだ」

カッとなった藤堂が責めるのに対して、歳也は両手をカウンターの上で止めるように上げた。

「気障な話だから笑われるかもしれんがな。俺が神谷に対する気持ちは、もう年数がたち過ぎて惚れたのなんのっていう時期を過ぎたんだよ。例えるならこう、ワインやウイスキーみたいに、時間をおいて熟成が進んで、もうただ愛おしいんだ。幸せになってほしいんだ」

藤堂は、歳也の顔をみてカウンターの上に手をついた。初めて、今も昔もこんな柔らかい、優しい顔を見たことはなかった。いつも眉間に皺をよせて、素直じゃなかった土方の素顔を初めて見た気がする。
今朝方の女の言い様が思い出される。

『落ち込んだって何にも解決しないよ?』

はぁ、と手元に目を落とした藤堂が呟いた。

「斎藤も同じようなこと言ってたよ。今の彼女を連れてくる前かな」

大事な友人だと彼女を連れてくるしばらく前に斎藤が藤堂に言ったことも歳也とほとんど変わらないことだった。
理子に幸せになってほしいのだと、本当に慈しむ様な柔らかな顔で言う斎藤に、呆れそうになったが歳也の顔を見ていると、切なくなってくる。

「お前には酷なことを言ってると思う。でも、あいつらの呪縛みたいなものは、あいつら同士でしか溶けないし、幸せにはなれない気がするんだ」
「そんなの…俺が相手でも幸せになれるかもしれないじゃん」
「確かにそうだ。お前が相手でもあいつは幸せになれると思う。でも、じゃあ次に生まれ変わった時にまた覚えていたら?その時、またあいつらは苦しむのかと思ったら、次に生まれ変わる時は幸せな記憶にしてやりたいんだ」

真剣な目で切々と語る歳也に藤堂が痛みを口にした。

「ずるいよ。沖田さん弁護士さんじゃん。そんな口でさ、言われたら俺、反論できないし。大体、来世まで心配するってやりすぎじゃないの?」
「本当に悪いと思ってる。でも、俺やお前は自力で誰かを見つけられると思う。でもあいつらはそうじゃないと思うんだ。だから、総司には正々堂々と抜け駆けするな、と言っておくけど、俺達は実際には動かずにいたいんだ」

半分泣きそうな顔で、藤堂がもういい、と話を打ち切ってそれ以来、一言もその話には触れていなかった。

「確かに、総司は覚えてるみたいだし、今も神谷のこと好きみたいだけどさ。じゃあ神谷が前の総司が置き去りにしたことって許せなかったらどうするのさ?」
「許せなくても一緒にいることはできるだろう?」

にやりと笑われて藤堂は、心底呆れた。

「ねえ、その達観ってさ。年の功っていうけど、ずるくない?」
「そうか?当たってるだろ?」
「不安……にならないの?」

ならないわけがない。今の総司はひどく測りかねる。
それでもあの二人が過去を乗り越えるために必要なら、歳也は見守るしかないと思っていた。必要なら力を貸そう。
妙に落ち着き払った歳也に、慌てて動揺していた自分が阿呆らしくなって藤堂は、歳也のボトルに手を伸ばす。

残り少なくなる酒に、歳也は何も言わなかった。昨夜も散々飲んだおかげで一日でだいぶ浮上してきている。浮上してきている、ということはだいぶ落ち込んで荒れていたということで、年の功を持ち出した手前、藤堂にはそんな姿は見せられないな、と思う。
少しばかり、拗ねたような藤堂が頬を膨らませた。

「なんか、俺ものすごく馬鹿みたいじゃん」
「そんなことはないさ。うまくいかない時の保険みたいなもんだ」
「自分はどうなのさ?」
「俺か?俺は相手に不自由したことはないからなぁ」
「……おじさんはやらしいなぁ」

始めの動揺を忘れて、歳也と一緒に酒を飲み始めた藤堂は、歳也の考えに協力する気になり始めていた。

それでも、まずはあの二人を見届けてからだ。

―― だって、俺は保険だからさ。

「ねえ、それ斎藤さんにも言うべきだよね。俺達の宣言としてさ?」
「あいつも呼び出すか。飲むならあいつに奢らせるのも手だな」

二人は笑いながら、斎藤を呼び出すべく、携帯を手にした。
総司にも理子にも辛い時間かもしれないが、これだけかかった時間の分、あの二人は必ず乗り越えるだろう。
その時は……。

– 終わり –