夜天光 1 〜逢魔が時 Season 2〜

〜はじめのお詫び〜
ようやく帰ってきます。 書けるかなぁ〜(弱気
なんだか、現代のこの人、異様に黒いんですよ。。。
BGM:WEAVER 僕らの永遠〜何度生まれ変わっても、手を繋ぎたいだけの愛だから〜
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スーツケースは、大きめのものにしたはずなのに、つい荷物が増えるのはどうしてだろう。

いきなりチェックアウトを告げたB&Bのスタッフは、急なことで驚いていたがまたおいで、と送り出してくれた。
ホテルに戻ってすぐに荷造りをして、間に合うようにタクシーで空港へ向かった。
同じ便とはいえ、理子はビジネスクラスのため、チェックインタイムも違う。スーツケースを預けて、バック一つになるとぎりぎりまでラウンジにいてから、エコノミーより先に機内へ誘導される。

目の前を通っても彼等は全く気づくことなく、それぞれが違うことをしていた。
藤堂は土産物の数を数えて、渡す相手の数と比べているらしかった。歳也は仕事の資料なのか、いくつものペーパーに目を通していて、総司はイヤホンを耳に入れたまま、目を閉じていた。

―― まったくもう

あまりに彼等らしすぎて、声をかけることなく自分の席に座った。
藤堂はいつ帰るのだと心配していたが、本当はそんな心配など無用なのだ。仕事の日までには必ず帰国していなければならないから。
その日もこれほど前から決まっていたのだから。

帰国が決まった後、吉村から連絡が来た。

『理子ちゃん、久しぶり。帰国だって?』
「耳が早いですねぇ。帰ります。またご一緒させてくださいね」
『だったら、早速一緒にやらないかな?六本木でちょっとしたイベントでの短めのライブなんだけどね』
「早速仕事の話ですか?気が早いですね。まだいつにするかも決めてないのに」
『そうかな。この話絶対に乗ると思うんだけど?』
「どうしてですか?」
『六本木、日時は7月19日だよ?』

理子は日付と場所を聞いて、言葉に詰まった。なぜそれを吉村が乗ると言ってきたのか。

「どうして、それで私が乗ると思うんですか?」
『えぇ?乗らないの?弾くのは俺だし、その日程、その場所。絶対乗ると思ったんだけどなぁ』

はぐらかすような言い方に、理子はつい、声が大きくなった。

「だから理由、なんでなんですか?」
『そりゃ、秘密だよ。帰ってきたら教えてあげてもいいけど?』

そんな電話で乗せられるのも癪ではあったが、帰国して早々に仕事が決まるならいいことだ。
そう思いなおして、吉村の話を受けた。
一度受けた仕事なら、よほどのことがない限り、必ず守る。それを考えると、そろそろ帰国していなければならなかった。

共演が理子のため、リハも数回、それも7月に入ってからでいいと調整してもらえていた。

吉村がその日の仕事を入れてきた理由を聞かなければ。

そう思いながら、長いフライトの合間を理子は眠ったり、曲を覚えたりして過ごした。

 

成田につくと、さすがに斎藤の所に泊まることは憚られた。意中の女性がいるのなら、いくら妹代わりといっても転がり込むわけにはいかない。
適当に都内のホテルに連泊しながら部屋を探そうと思っていた。

理子は空港で泊まり先を決めるつもりで、スーツケースを受け取ってから空港内でのんびりすることにして、手近なコーヒーショップに入る。そのまま国内でも使えるように契約してある携帯が鳴った。

『もしもし。俺』
「あれ?藤堂さん?」
『空港内でうろうろするくらいなら、店に寄って行かない?どうせ泊まるとこもまだ決めてないんだろうしさ』
「え?なんでわかったの?」

驚いた理子の目の前に人影が立った。

「そりゃ、見てたからじゃない?」
「やだ。どうしたの?どうしてわかったの?」
「そりゃないよ。向こうで目の前通って搭乗したくせに」
「気づいてたの?」

驚く理子に、もちろん、といって藤堂は目の前に座った。男で、しかも総司や歳也と違い、スーツも仕事の道具もない藤堂は、肩から掛けたバック一つである。

「ビジネスは先に出ちゃうからもう斎藤さんの所にでも行ったかと思ったよ」
「だって、兄上のところはさすがにまずいでしょう?婚約者がいるのに、いくらなんでも私がそこにお邪魔するわけにはいかないじゃない」
「別に同棲してるわけじゃないならいいじゃん」

男の感覚なのか、あっさり言う藤堂に、駄目、と理子は言った。着信で途切れた検索をもう一度やり直す。
仕事に歩くにも困らない場所で、便利でそう高くもなく連泊できそうなところ。
携帯に目を向けながら、理子が聞いた。

「一橋さんと沖田さんは?」
「あの二人は仕事があるって帰った。だから俺だけ正々堂々と抜け駆けしてんの」
「またそんなこと言って。藤堂さん、こっちに私がいたとき、眼中になんかなかったじゃない」

理子は、藤堂がふざけて言っているものだと思っていた。昔も、藤堂はセイにとっては兄分でもなければ、男でもなく、不思議な存在だったから。
理子の目の前にあったコーヒーに手を伸ばすと、構わずにくいっと藤堂が飲んだ。理子も店に遊びに行っているときはよくそんなことがあったので、気にもとめない。

「それはさ。そういう風にしてないと、神谷の目には俺なんか映らなかったからだよ」
「え?」

―― 昔も今もね

 

2年半という時間の経過は、藤堂にも総司にも歳也にも長いような短いような、判断のつかない長さだった。
徐々に収まってきてはいたものの、総司と歳也の間にはあれ以来、未だに触れられない話がいくつもある。

思い出してから時間がたっていなくて、幸せな頃だけを辿っていた総司が理子がいなくなった後、何度も終わりの時代を夢に見た。
それは、恋が執着と妄執に包み込まれる頃の夢で、心を蝕んでかろうじて正気を保っていた頃を。

その夢を、最後のセイを知った総司が何度も夢に見ることで、今の総司に大きな影響を与えていた。

一見、平静な二人の間にある澱んだものは、藤堂にも少なからず影響していた。いつも明るく、素直さと優しさが兄でも男でもない立場を維持していた藤 堂にとっても、仲がよくてお互いを理解していても男としての競争心とよべるようなものは存在する。相手を認めていればこそ余計に。

だからこそ、以前のように無心に何も考えなかった頃のような仲のよさとは違う。

そんな二人が、たまたま仕事でN.Y.方面に行くと聞いて、藤堂が野放しにできないと思ったのは本当だ。
セイの最後を知っているが故に、負い目がある歳也と、だからこそいくら歳也であっても許せないものの、自分が手を離したことも許せない総司と、今の理子をよく知っている藤堂。

過去のセイが憎んで、恨んで、呪った想いは、今の理子がすべて引き受けて去ることで昇華できると思っていた。
でも、理子が思った以上に、呪縛は強すぎた。

理子が頼んでいたコーヒーを飲んでしまうと、藤堂は理子の顔を見た。

「何?」
「いや。泊まるところ決めた?ウチくる?」
「やだ、何言ってるのよ」

藤堂の言葉を冗談だと聞き流した理子は、携帯から都内の駅に近いホテルを予約した。
ぱちん、と携帯を閉じると、藤堂の勤め先の店に寄るつもりになっていた。どうせ一人で食事をするのも味気ない。

「泊まり決めました。藤堂さん、今日仕事にいくの?」
「休みにはしてあるけど、土産持って行ってもいいかなと思って。それに一人で食事ってのも寂しいじゃん?」
「さすがに分かってくれてる。じゃあ、行きましょうか」
「うん、俺、車だから乗せていくよ」

理子のスーツケースに手を伸ばして、藤堂が先に立つ。その後について、理子は席を立った。

久しぶりの日本に、やはりN.Y.での三人との久しぶりの対面から浮かれていたといえる。理子にとってはこの3年弱の時間は自分がかけた想いを昇華させ、愛しいという想いだけを抱いて生きていけるようになるための時間。

同じ時間が作り出した想いがどんな風に育つのか、セイも理子も想像もしていなかった。