湯づくし 1

〜はじめのお詫び〜
年越しに温泉。いいなぁ。 まー、いちゃいちゃさしとくか。

BGM:
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年末のざわざわした喧騒が電車とタクシーで移動すればするほど離れて行く。

「おいでなさいませ」

旅館の入口で仲居に迎えられて旅行バックを持った総司と理子は旅館を訪れた。フロントでちょっと待ってて、といって総司はチェックインを済ませた。

「ご案内いたします。どうぞ、こちらへ」

仲居の案内で部屋へ向かう。温泉へ来たことはあっても、こんな高級旅館に来ることはなかったから、理子はその雰囲気に気恥かしそうに後からついて行く。

「あ……すごい」

案内された部屋は広く、きれいで思わず声を上げた。仲居はにこっと理子の挙げた声に頷いた。理子の荷物を運びながら部屋の中を案内する。

「気に入っていただけてよろしゅうございました。こちらに浴衣と丹前がございます。女性の浴衣はフロント脇の売店のところで、お好きな柄をお選びいただけますよ」
「わ、嬉しい」
「是非、ご利用くださいね。それからこちらに、簡単なお茶の用意がございます。一通りご用意しておりますので、お好きでしたらお抹茶をお楽しみください」

小さな流しの脇にの陶駕籠に茶碗や抹茶が用意されている。頷くと、部屋の正面、ベランダには露天風呂が用意されている。露天風呂は24時間、源泉からのかけ流しであること、傍にあるカランが温度調節用の湯と水だということらしい。

夕食の時間を決めると、一通りの説明を終えて仲居は部屋から下がっていった。
総司は窓側のソファに座って楽しそうに見て歩く理子を見ていた。

「温泉、初めてなんですか?」
「修学旅行とかたまに仕事で皆さんで温泉に泊まっても、こんなお部屋に露天風呂のついたような高級な所泊まったことないですもん。ましてプライベートで温泉なんて初めて」
「それはよかった。連れてきたかいがありますよ」

理子は、上に来ていたコートを脱ぐと総司の着ているものも受け取って、ハンガーに掛けた。

「浴衣、見に行きましょうか。似合うの選びますよ」
「総司さん、浴衣の柄なんてわかるんですか?」
「わかりません」

二人はぷっと同時に吹きだした。可笑しくて、照れくさくて、気恥かしい。
部屋に二人でいることがまだ落ち着かなくて、総司は立ち上がると、理子と共に鍵を手にフロントまで行くことにした。売店の並びに色とりどりな浴衣と帯が並んでいる。二人は、あれが、これが、と次々と見て行った。

「これかな」

総司が選んだのが、藍色と紫の柄で理子もそれを見て気に入った。浴衣に合わせて帯を選ぶと、隣のラウンジで総司はコーヒーを飲むことにした。

「先にもどって着替えても?」
「いいですよ。じゃあ、鍵」

理子は総司から鍵を受け取ると一人部屋に戻った。
浴衣に袖を通すと、きゅっと帯を締めて髪をポニーテール風に結いあげた。こういうとき、記憶があると得なのは着物の着付けだけは不便しないなぁと理子は一人で笑った。
普段はほとんど髪を結ばない理子はわざわざ髪を結いあげるために組紐風のものを持ってきていた。結いあげた髪が首の後ろに触れる。

 

こん、とノックの音がしてから、かちゃっと音がして部屋のドアが開いた。

「あっ……」
「え、あ。お帰りなさい。どうです?」

着替えた姿を立ち上がって見せると、総司が口元を押さえて部屋の入口で固まっていた。袖を指先でつまんでいた理子が自分の姿を見返した。

「変、かな……」
「や、あの……ちがっ……、ちょ、ちょっと待って」

ひどく動揺した総司がその場にしゃがみこんだ。
びっくりして理子が傍に寄ると手で近寄る手前で制される。頭を抱えてしゃがみこんでいる総司の耳が真っ赤になっているのをみて、理子はようやく総司が照れていることに気がついた。

「……もう……」

くすくす笑いながら総司が復活してくるのを待っていると、はぁ、と溜息が聞こえて横を向きながら総司が顔を上げた。

「反則ですよ、それ。髪型まで……そんな風に……。うわー……すごい照れる」
「あの、総司さんにそんなに照れられたら私、どうしたらいんです?」
「そうですよね、そうなんですよ。分かってるんですよ」

あまりの総司の慌てぶりに、理子が声をあげて笑いだした。ただ浴衣ということではなくて、きっと昔の姿も重なって、女らしい姿に動揺したのだろう。

「そ、そんなに動揺しなくても……。ふふ、あは……」
「だ、だってですね。貴女、自分の姿を分かってないから……」
「じゃあ、総司さんも着替えてください。なら一緒でしょ?」

まさか自分が計画を立てて、手配もすべて行って連れてきたのに、こんなところで自分がやられると思っていなかった総司は、理子が涙を浮かべて笑うほどに動揺していた。

「わ、わかりましたよ。私も着替えます」
「ふふ。総司さんはその髪ですもんね。あんまりインパクト大きくないかも」
「言いますね」

総司は、ばさっと服を脱ぎ捨てて、浴衣に手を伸ばした。ばさりと浴衣を羽織ると、その脇で浴衣に身を包んだ理子が総司が脱いだ服を畳み始めた。その姿をちらっと見た総司がふわぁっと嬉しそうな笑みを浮かべた。
まるでその姿が、かつてのようで、またかつて何度も夢に見たセイを妻にしたような感覚に近くて、くすぐったいような感じが嬉しくて。

浴衣を着ると、帯を締める。そこはさすがに総司も着方くらいは覚えていた。
男物の浴衣の色合いを考えると丹前もうまく着て振り返った総司に理子が総司を見上げて少しだけ顔を赤くした。

「うわ、確かにちょっとくるかも……」
「ふふ、理子?インパクトは少ないんですよね?」
「す、少ないですけど、やっぱり……、かも……」
「……かも?」

ぱたぱたと手を振って総司をよんだ理子の元に総司が少しだけ頭を下げると、その耳元に理子が囁いた。

―― 格好いい

どうにも今日は分が悪い。総司はそう思った。
自分が耳まで赤いことを自覚しているだけに、どうにも仕様がない。

「あ……、あの……駄目ですってば」

口元を覆っていた総司は、言葉とは裏腹に思わず理子をぎゅっと抱き寄せた。理子の耳元で総司がぼそりとこぼした。

「男として……これは……う~。お風呂、行ってきます!!」
「えっ……、あ、ちょっ……」

ぱっと離れると総司はそこにあったタオルを手にとって部屋を出て行ってしまった。
残された理子は、呆気にとられてそれを見送った。
自分が何をしたかがわかるほどなら野暮天とは呼ばれない。

「なんだ……せっかくお茶、入れようと思ったのに。……まあ、総司さんはコーヒー飲んでたしいいか」

そういうと理子は、抹茶のセットを手にしてお茶を入れ始めた。

 

– 続く –