逢魔が時 3

〜はじめの一言〜
脳内で勝手に話が進んでいく〜(号泣)。 憎しみが、だいぶ出てきました。やっぱり阿修羅なのだ。

BGM:Time to Say Goodby
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現世での名を、沖田歳也という、辣腕弁護士は全く仕事が手に付かない状態だった。自分自身の動揺にも驚いているが、何より……そう、何より出会ったことに驚いていた。

自分の弁護士事務所の中で、デスクの上には1枚の名刺。

「神谷 理子」

簡素な名刺には携帯の番号とメールアドレスのみ。

たまたま、だった。クライアントから余ったのだといって、一枚のチケットを貰った。高尚な趣味など持ち合わせていないが、たまたま気がむいてその場に向かった。そうでなければ、チケットはいつものように人の手に渡っていた。

詳しくはないので、よくわかっていなかったが、たぶんクラシックなんだろう。

半分、寝そうな中で、何人かの歌やら、演奏やらの後。たぶん最後だったと思う。小柄で華奢な姿に、今時珍しい黒髪のストレートで長い髪。淡いピンク色のドレスの彼女が出てきた瞬間、雷に打たれたかの衝撃を受けた。

顔形じゃない、存在そのものが。

彼女だと物語っていた。

過去の記憶を受け入れたのは中学くらいだったろうか。現世でも歳也は女にもてた。早熟と言えるだろうか。初めての体験の後、妙に自分が手慣れていたことに気がついた。というより、おかしな記憶があることに気がついた。

そして、それは女性を抱くたびに思い出していき、最後の最後で自分が犯した罪を深く深く身に刻むための出来事なのだと、思い知ることになった。今なら、全く違う選択をしただろう。
でも、あの時代に、あの時に、自分には他にできるわけもなかった。可愛い弟分の、最後の願いを聞かないではいられなかった。

「神谷、か。……今の名前が神谷とは、俺の名前と同じように、皮肉に出来てやがる」

自嘲気味に、苦い苦い笑みを浮かべて、再びその名刺を手にした。今日のチケットをいつもなら手にしているはずの男の顔が思い浮かぶ。

あいつに、なんて言おうか。

本人が認めたわけでもなく、彼女が覚えているともわからないけれど、あれは間違いのない確信として、神谷清三郎、いや、富永セイの生まれ変わりだろう。会って、わからないはずがない。
自分とあいつもそうだったように。

覚えているのだろうか。思わず聞いた問いに、彼女は不思議そうな眼をしていた。

深い溜息をついて、何気なく、裏返したそこに。うっすらと印刷されたその印を見た瞬間、血の気が引くのを感じた。

―― 剣桜!!!

どうしようもない、想いがこみあげてきて、耐えられない吐き気に歳也は急いでトイレに駆け込んだ。

 

 

携帯の着信。知らない番号である。仕事柄、そういうことは時々あることだし、あまり驚くことではない。 先日名刺を渡したこともあり、理子は相手を予想しながら、通話ボタンを押した。

「……」

相手の声を待った。

「もしもし……」

先日のイベントから3日目のことだった。電話の相手は、土方の記憶を持つ、歳也だった。すうっと息を吸い込む。

「はい」
「神谷、さんの携帯でよろしいでしょうか?先日お目にかかった、沖田といいます」
「こんにちわ。先日はありがとうございました」
「あの、もしよろしければ、お時間をいただけないでしょうか?」

改めて話がしたいと言われて、時間と場所を決めて電話を切った。

ようやく。
どれだけ長い間待ち焦がれたことか。

理子は、初潮とともに、かつての記憶を取り戻した。それまでは、屈託なく笑い、遊び、お転婆で、気が利いて可愛らしい娘だった。ところが、その頃か らよく倒れるようになり、初めてのことに体調を崩したのだと思われていたが、理子は富永セイの記憶の大きな波に翻弄されていった。次々に夢に見る日々は、 受け入れる暇を与えず、かつての自分が最後の時に行った呪いに囚われた。

何度も、何度も夢に見るかつての自分。

起きている時は、何も手がつかなくなるくらい何度も夢の中の記憶を広げて、繰り返し繰り返し、一つ一つ、手繰り寄せて確かめた。

なぜ、私は。

部屋着から、着替えて出かける支度を始めた。細い肩と細い体。
あの頃は、華奢だ小柄だと言われたけれども、それでもあの人の稽古について行ったし、日々の稽古や隊務で鍛えた体だった。
今は歌うことができればいい。宿願は、きっともうすぐ叶うはず。そうしたら、どうなってもいい。そう思い込んでいた。

同じくらいの暗闇をあの人に感じさせることができたら。

 

待ち合わせの場所に現れた相手をみて、歳也は逆らい難い衝動を感じた。色白で細い肩に、まっすぐな髪がかかる。あの頃はまだ少女らしい顔立ちだったが、今は女性らしく全体的にほっそりした印象を受けた。

「…………?こんにちわ」
「あ、ああ。どうも。わざわざお時間をとっていただいてすみません」
「いいえ、なんだか大事なお話みたいだったので。なんでしょう?」

アイスティを……と店員に頼み、彼女は歳也の前に座った。
歳也はつけていた煙草の火を消し、落ち着かない様子で温くなったコーヒーに手を伸ばす。きっとどんな話なのかは見当がついているはずだ。

「覚えて……いるんだよな」

急に口調がかわる。どうしても確認したかった。あの最後を聞きたかった。そうでないと、アイツに話すこともできないと、3日ずっと悩んで苦しんで、ようやく電話をかけた。

「先日も言われましたけど、何をでしょう?」

真っ直ぐ、視線をそらさずに彼女が口を開く。口元だけは笑みの形になっていても、目が。
切り裂くような目が笑ってはいなかった。

「神谷なんだな?」
「確かに、神谷理子といいますけど?」
「……違う!お前は昔の記憶を」

耐え切れず、大きな声で云い募ろうとした瞬間、彼女は立ち上がった。歳也に向かって近づくと、その肩に手をかけて、すうっと屈んでみせた。目の前に、彼女の黒髪と、顔が近づく。

「お話がよくわかりませんけど、私は私です。お話がそれだけでしたら失礼しますね」

不自然なほど、息がかかりそうなくらい顔を寄せて、彼女は冷たく言い放った。のぞきこまれた眼に、歳也は金縛りにあったように動けなくなった。
彼女が立ち去ったあと、運ばれてきたアイスティは、そのまま手を触れられることなく置かれることになった。