夜天光 2

〜はじめのお詫び〜
闇は知らないうちに伝播するのでした。
BGM:WEAVER 僕らの永遠〜何度生まれ変わっても、手を繋ぎたいだけの愛だから〜
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ホテルまで一度送ってもらった理子は、荷物を置いたあと、藤堂の働く店に一緒に行った。いつものカウンターではなく、テーブル席に座ると、軽くつまむものとお酒を頼む。

「このお店も久しぶり」
「そりゃそうだよ。一度も日本に帰ってこなかった人が何をいうのさ」
「だって…、帰ってくるつもりなかったんだもの」

軽く笑いながら話していた理子が、不意に真面目な声で呟いた。藤堂は、今までのも何度も聞いたことを繰り返す。

「なんで帰ってくるつもりなかったの」
「帰ってはいけないと思っていたから」
「どうして?」
「だって……」

帰ってくれば、離れたことが無駄になってしまうと思っていた。セイの想いは強すぎて、愛情と憎しみが同じくらいの力でお互いを引きあ う。セイの想いを、拒絶した過去の総司も、それに手を貸した土方も今なら仕方のないことだと思えても、どうしてだとセイの魂は未だに苦しんでいる。
理子の中で、どうしても相容れない感情がせめぎ合っているのだ。セイの憎しみに染まっていた理子は、その想いが誰もどこへも行かせない位に強い憎しみだということを理解して、恐ろしくなった。

今生で出会い、大好きな人達がいて、それでもあの二人に出会った後、憎しみに引きずられそうだった理子に、同じく過去のセイが止めた。結局、愛しいという思いなしにどちらの感情も成立しないのだ。

苦しみながらも、今生で総司の声を聞いた時。

愛しさが溢れて、止まらなかった。

生きて。幸せになって。

 

セイが過去に何度も書いては、書き直し、最後に送った手紙。想いはまだ繋がっている。

だから、過去のセイを連れて、彼等の想いも自分とともに連れて行くから、忘れてほしかった。
忘れて、今度こそ自由に、思いのままに生きてほしかった。

自分が戻れば、どうしても、縁は彼等と理子を引き寄せるだろう。それだけは避けたかった。

 

瞳の奥に、暗い翳りを見せながら理子は、ずっと答えなかった理由を話した。話してしまえば、再び過去の憎しみが浮かんできそうで、ずっと話すのが怖かった。
三人が会いに来た事が、震えるほど嬉しくて帰国をしたものの、時間がたつにつれて理子の中に緊張が生まれていた。本当に帰ってきてよかったのだろうか。駄目だったんじゃないか。
そう思うと、怖くなって話してしまえば怖くなくなるような気がして、口に出したのだ。

「ねえ、神谷。俺は神谷の味方だけどさ。今の話を聞いて、ちょっと思うんだよね。神谷が逃げればそれで事は終わるの?本当に俺も、沖田さんも一橋さんも忘れられると思ってたの?それってさ。ちょっと身勝手じゃない?」
「え?」

それまで、優しい口調で、怒ったことがなかった藤堂が突然きっぱりした口調で、いくらか皮肉気な様子を漂わせている。

「過去の神谷がしたことを今の神谷にどうこうしろっていうのは可哀想だとおもうけど、自分が手一杯だから逃げただけじゃん?残された沖田さんや一橋さんの気持は考えないんだ?」
「だって、私に何ができるの?あの二人の気持ちを考えればこそ、離れたんじゃない」
「そうかな。許しを与えて、自分だけさっさと消えればそれで済むの?それってさ、過去の総司がやったことと一緒だよ」

 

射抜くような目が理子を突き刺した。藤堂の言葉が理子の心に突き刺さる。
憎みたくない、傷つきたくない。そう思うことが悪いことだろうか。もう、あれほど深い慟哭に苛まされることが恐ろしくて、逃げることが卑怯だろうか。

それでも、外れていればこれほどまでに心に突き刺さりはしないだろう。

藤堂には、この3年の間の歳也と総司の苦しみがわかるだけに、理子の話がひどく勘に触った。自分だけ逃げて、思い出の中の都合のいいところだけと相対していたなんてずるい。

だったら、誰かを、自分を、選べばいい。そうすれば、あの二人の想いにも決着がつく。けれど、理子はそうしないだろう。

「俺、神谷のことが好きだけどさ。今の話はいただけないな。だから、帰ってきてよかったんだよ。いつかは決着をつけなくちゃいけないんだからさ」

藤堂の目があまりに強くて、今までの理子にとって兄でも男でもなかった藤堂ではなかった。
理子は思わず目を逸らした。今まで、離れてしまえば心を覆うこともなかっただけに、すっかりと理子を無防備に変えていた。

「神谷。俺はさておき、あの二人は神谷が出会ったばかりの時の二人じゃないからね。すべてを知って、この3年苦しんできた二人だからね。自分だけそんな風に鎧を脱いで無防備になってると大変だよ」

―― 気をつけないと

 

初めて、理子は藤堂が男で怖いと思った。それは過去のセイも力で襲われることで恐ろしいと思うことはあっても、仲間たち、兄分達が恐ろしいと思ったことはなかった。
愛しているからこそ、傷つけてでも手にいれたくなる。

 

セイも理子も、そんな彼等の熱情を知りはしない。それは仕方のないことではあるものの、あの頃、武士としての志があればこそ、留まっていた想いは今の自由な世に生まれて、唯一のものとなる。

 

自分の分として、いくらかお金をテーブルに置くと、理子は席をたった。

「ごめん。送ってくれてありがとう。帰るね」
「うん。俺も悪かった。きついこと言って」
「そんなことないの。ごめんなさい、甘えてばっかりで」

そういうと、理子は店を出た。都内に入った時に曇っていた空から、ぽつぽつと雨が降り出していた。面倒でそのまま濡れながら理子は宿泊先のホテルに向かった。

彼等に逢わなければいいだけだ。理子はそう自分に言い聞かせた。帰国したからといって、彼等に逢わなければならないこともない。

ホテルにつくまでの間に、心を落ち着けると、部屋から斎藤にメールを入れた。帰国したこと、泊まっているホテルについて、都合がついたら逢う日を決めようと送ると、すぐに携帯が鳴った。

 

『俺だ』
「はい」
『どうして俺のところに来なかった?』
「だって、彼女に申し訳ないでしょう?」
『お前は妹だから関係ない。気にせず部屋が決まるまではこっちに来い』
「う……ん。でも、リハや練習には都内の方が便利だから」
『…お前、あいつらに会ったのか?』

息をのんだ理子は、イエスともノーとも即答できなかった。電話の向こうで息を吸いこんだ音がする。

『……覚悟があるなら止めないが……いや。お前の好きにするといい。俺はいつでもお前の味方だ』
「ええ。ありがとうございます」

そういうと、しばらくはイベントのリハや練習にかかることを伝えて電話を切った。

帰国する直前までは、天気も気分もこんなに荒れてはいなかった。いつの間にこんなに重い雲が垂れこめていたんだろう。

 

帰ってきてはいけなかった。

そんな思いに取りつかれそうになって、理子はベッドにもぐりこんだ。眠ってしまえば、朝が来る。こんなネガティブな考えも、夜のせいだと思うことにして、眠りの中に逃げ込んだ。

 

– 続く –