夜天光 16

〜はじめのお詫び〜
お辛い方はもう少し話を飛ばしてお読みください。
BGM:Celine Dion BECAUSE YOU LOVED ME
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

何処をどうやって家に戻ったのか、まったく分からないままに自分の部屋に戻った理子は、ただ泣き崩れた。

携帯が鳴って、ディスプレイの表示が斉藤の名前を表示している。通話ボタンを押したものの、言葉を発することができない。

『もしもし?俺だ。…………何かあったのか?』

電話の向こうで、理子の泣く気配に斉藤が慌てた。恭子を伴っていくためにイベントのチケットを今回は2人分用意してくれないかとかけた電話だったが、繋がった電話の向こうで理子が泣いている。

『おい、どうした?何があった?』

返事が返ってこないことに慌てていると、そのまま通話が切られた。斉藤の家にいた恭子も傍で聞いていて心配そうな顔をして斉藤に尋ねた。

「何かあったの?」
「分からん。どうも泣いてるみたいだったが、何も言わずに切られた」

再び、リダイヤルを押した斉藤が今度は長く待つことになる。コール音だけが響いて、なかなか繋がらない。
恭子は斉藤の肩にそっと手を置いた。斉藤はコール音だけが響く携帯をそのまま恭子に渡した。恭子が携帯を耳に当てると、やはりコール音だけが響いている。

しばらくまって、携帯を斉藤へ戻そうとした瞬間、コール音が途切れた。

『理子さん?恭子です』

どうやら繋がったらしい電話の向こうで、息を吸った感じが伝わってきた。
恭子が斉藤に目で繋がったことを伝える。

『理子さん、何かあったの?そちらに行きましょうか?』

まだ会っていくらもたっていない理子と恭子ではあったが、斉藤との関係を思えば、恭子にとっても妹のように心配する相手だった。

「……恭子さん」
『理子さん、私で何かできること、ある?』

電話の向こうで返事が返ったことで、恭子は斉藤に頷いた。しばらく無言が続いて、恭子が待っていると、消え入りそうな声が助けを求めた。

『わかったわ。これからすぐに行くから。待っててね?』

通話を切ると、恭子は斉藤に携帯を返した。目の前で聞いていた斉藤が頷いて、すまないな、と恭子に言いながら二人は急いで部屋を出た。
斉藤の家から理子の家まではタクシーでも少しかかる。

「すまないな」

乗り込んだタクシーの中で斉藤は再び恭子に詫びた。過去の連鎖に恭子を関わらせたくはなかったが、理子に関しては別だ。男の自分では分からないことも恭子がいてくれれば助かる。

「貴方の大事な妹でしょう?私にとっても同じよ」

穏やかに微笑む恭子に、斉藤は頷きを返しながら、なぜ理子も恭子のように生きられないのかとやりきれなくなる。もう十分なくらい苦しんだだろう。もういいじゃないかといいたくなる。

理子の家に着くと、エントランスで部屋を呼び出すが、反応がない。斉藤が預かっている鍵で中に入った。

「神谷?」

玄関をあけると、部屋の中は真っ暗だった。斎藤は恭子と顔を見合せて、斎藤より恭子が先に入った。

「理子さん」

斎藤は玄関に近い場所で待っている。静かに恭子が奥の部屋に入っていくと、部屋の片隅でうずくまる影がある。静かに近づいた恭子がそっとその影に近づいた。
怯えた影が恭子にすがりついた。

「理子さん、大丈夫。大丈夫よ」

恭子にすがりついて、泣く理子にあやす様に恭子が背中を撫でた。恭子の耳元で理子が何かを言った。

「うん、うん。大丈夫。ね?私も斎藤さんもいるから。大丈夫」

 

しばらくして、部屋の明かりがついた。恭子が斎藤の元へ近づいた。

「どうだ?」
「ええ。今シャワーに。あのね、落ちついてね?」
「どういうことだ?」

恭子は、恭子を斎藤に紹介した斎藤と同じ病院の知人と連絡を取ってほしい、と言った。

「理子さんを診てもらったほうがいいとおもう。あと、お薬の処方を」
「何?でも、あいつは婦人科だぞ……。ちょっと待て、どういうことだ」

斎藤の顔が険しくなって恭子の肩を掴んだ。恭子は斎藤の耳元で囁いた。驚く斎藤に、恭子はしっかりした口調で続ける。

「落ちついて。貴方が動揺したら理子さんはどうしようもなくなるわ。私がついてるから」
「待て。なんでそんな」
「相手の方、“先生”って理子さんが言っていたけど、わかる?」

―― !!

普段、滅多なことでは怒らない斎藤が、本当に怒りに震えた。その手をそっと恭子が握った。

「ね?一心さん。私は、あなたや理子さんの私にはわからない話があることを知ってるわ。その方もきっと、同じなのね?」
「……ああ」
「じゃあ、お願い。怒らないで聞いてくれる?私は理子さんについているから貴方はその方のところへ行って」
「どういうことだ、あいつをこのままにして……いや、俺は今奴にあったら冷静でいる自信なんかない」

目の前にいるのが恭子だというのに、斎藤はつい、声を荒げてしまった。それでも恭子は斎藤の手を強く掴んだ。

「一心さん。理子さん、その方のこと庇ってるみたい。本当は、その人のこと、好きなのね。なら、きっとその人もすごく傷ついてる。だから、お願い。その人のところへ行って。理子さんもその人もこのままにしていたら可哀想よ」

恭子は、何もしらない。知らないが、第三者だけに的確に状況を見ていた。
斎藤は、相手の人も傷ついている、という恭子の言葉にその男を思い浮かべた。冷静になれば、斎藤にはその男の気持ちもわかる気がした。

「それにね、今、理子さんの傍に男性はいない方がいいと思うわ」
「任せていいか」
「もちろんよ。あなたの未来の妻を信じて」

恭子の笑顔が昔のセイのようで、斎藤はその笑顔を信じたいと思った。

 

 

– 続く –