選んだ道 1

〜はじめのつぶやき〜
うわ。荒い出来だなぁ・・・。すいません。

BGM:氷室京介  魂を抱いてくれ
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「へぃ、毎度~」

へらへらとした顔で山崎が現れたのは、どうやら長州者とのつながりがあるらしい、仏具商万屋の家の裏手だった。
中程度の店構えのわりに、雇い人も少ないこの店は、そんなに商いがうまくいっていないわけではない。店の格もそこそこで、あちこちの武家や公家にも出入りしている。

「何、また顔出しに来たん?ウチはぴんぴんしてて元気だし、血の道の薬なんぞいらんていうのに」

内儀のおしまはからからと明るく元気な声で答えた。姉御肌風の気性でさっぱりした応対をするので、追い返されるほうも嫌な気はしない。

「いやぁ、おしまさん。冷たいわー。その冷たさがまた、たまらんのやけど」
「あはは。喜助はん、行く先々で同じこと言うてるのが丸わかりやないの」

こちらも明るく応じた山崎は、薬屋喜助と名乗っている。
山崎は、懐からほんの一口程度の菓子を取り出すと、おしまに手渡した。

「忙しいと気の休まる暇もないやろ?たまには一人で一息入れてや」

―― だから一人分

渡された柔らかな素甘のような桜色の餅を苦笑いしておしまが受け取った。

「ウチは使用人も少ないし、なんも気遣うことなんかないていうてますのに」
「なんも、気ぃ遣うんは使用人だけやない。旦那はんも客もそうやろ?」

山崎の調べでは、万屋の主人、幸助は元二本差だ。どこの藩かはわからないが、その頃の縁で今の仏具屋の商いも困るようなことにはならないらしい。
実質の商売は、内儀のおしまにまかせっきりで主人の幸助は毎日何をしているやら、わからぬという評判だった。

道で出会えば好々爺という姿でにこにこと挨拶をするにはするが、いつも一人でひょこひょこと歩き回り一体どこに行っているのかもわからない。
そんな幸助だが、家の中では元武士だけに非常に尊大な態度であるという。

小女が忙しそうに奥のほうではたきをかけているところを見ながら、台所の床の上におしまが仕方なく座った。

「しゃあないなぁ。同じ商いをする者同士、歩き回る苦労はわかるし。一息入れて茶でも飲んでって」
「ほんまか?悪いなぁ」

姐さん風だが、おしまはまだ三十にもならない。初めは山崎のちゃっかりとした態度に初めの頃は胡散臭そうにしていたが、このところようやく打ち解け始めた。
軽口はたたくが、親身になってくれる山崎に心を許しているのが現れ始めている。

自ら、茶を入れながら、あれこれと世情の噂話をし始めた。そこにさりげなく、呑気な話題に不逞浪士の話を取り混ぜて巧みに誘導するのは山崎のお手のものだ。

「そういや、また一町ほど先の辺りで新撰組が斬り合いやらかしたらしいで?」
「嫌な話。あんまり近くではやらんといてほしいわ。おちおち安心して町も歩けなくなるわ」
「全くや。それに捕まる方も捕まるほうや。よう、懲りないと思わんか?」

先日の斬り合いは、隊士にも軽傷だが負傷者が出た。結局二名を取り逃がし、三名を捕縛したのだが、非常に腕の立つ者達だった。山崎達は、彼らはこの万屋に関わりがあったと見ている。

あの日、立ち寄った山崎はいつものように裏手から台所に回ろうとして、どこか慌てたようなおしまに小女が具合が悪いからと追い返されていた。

「……ウチにはわからんけど。どうしても譲れんものがあるのとちがいます?」

おしまの口調が少しだけ落ち込んで、どこか悼むような口ぶりに山崎の目がきらりと光った。通ううちに、どうやら言うに言えない何かがあるらしいことは薄々わかり始めている。

「優しいな。おしまさんは」

面倒見もよく、本当は心優しいおしまだけに、幸助の言うなりになっているからだろうが、とにかく情報を引き出さなくてはならない。頭の中ではそう思っているが、山崎も本気で肩入れしてしまう時が増えてきて、時折自分自身を諌める瞬間がある。

差し出された茶を飲みながら、山崎は自分自身に喝をいれた。ふと、思い出すと、そう言えば、こうして探索中の相手に入れ込んでしまうのはセイの影響かもしれない。

「うちは優しくなんかない。……弱いだけや」
「ははっ、そんなおしまさんが弱い言うたら、世の中の女子はどないすんねん?」
「阿呆!」

おしまをからかった後、山崎は立ち上がって荷を担ぎ直した。

「さ、そろそろ次を回らんと、万屋の旦那はんにも怒られてしまうわ」
「うちの人は、今日はお屋し……。外出してはるからかまへんけどな。ほな、おきばりやす」

―― お屋敷……か。どこかの武家屋敷か

「ほな、また寄らしてもらいますわ。おしまさん」
「ん?何?」
「あんまり、無理するもんじゃない。しんどい時は弱音吐くのも、大事なことや。覚えとき」

ほんの一瞬、おしまの柳眉がひそめられて泣きそうな顔に見えたと思ったら、おしまがばぁんと山崎の肩を叩いた。

「あっはっは、あたしに弱音なんか似合わないって、いの一番に笑いそうなのが喜助さんやないの」
「そやなぁ。ばれたか」
「当たり前や。ほら、さっさと稼ぎに行かんと」
「あわわ、またな!」

わざと追い出された風を装って、山崎は万屋の台所から表に出た。
おしまと語らっている途中から、山崎の様子をうかがう気配が奥からしはじめていた。主人が外出しているというなら小女か、番頭くらいなものだろうが、姿も見せずに薬屋の様子をうかがうのもおかしい。

山崎は一度、床伝に戻って他の者達の報告を待つことにした。

床伝に戻ると、伝六が届いた文を預かっていた。山崎とは別に、万屋を張っていた監察の者が、主人の幸助を追って行ったところ、やはり長州屋敷に入って行ったらしい。

すぐに山崎は姿を変えると、どこぞのお店の番頭風の姿に着替えて、大福帳を手にすると、いかにも取立てという風情で屯所に向かった。

門脇の隊士に、土方宛の用向きを伝えるとすぐに通される。

 

「山崎か。ご苦労だったな。万屋の様子はどうだ?」
「はい。お内儀のおしまが、今日は主人がお屋敷に出向いたと口を滑らせました。他の者に見張らせていた所、主人の幸助は長州屋敷に向かったようです」
「そうか。よし、後は万屋に出入りする者がいるか、もし不逞浪士が集まってるならその現場を、何か企み事をしているならそれを探り出せ」
「承知」

頷いた山崎が、副長室を後にしようと立ち上がったところで、土方がついでのように言った。

「それから、内儀にはくれぐれも深入りするなよ。上手く誘い込むだけ誘い込んで情報だけ仕入れろ」
「わかっとりますがな」

口元は笑いながらも、山崎の眼は笑っていない。

―― 相変わらず、細かい所に気が回るというか、鋭い人だ

そんな感情を押し殺すのも慣れたものだ。山崎はすぐに屯所を後にした。

 

 

– 続く –