選んだ道 3

〜はじめのつぶやき〜
よかった―着地したー。最近、荒が多いですね。反省。気をつけます。

BGM:氷室京介  魂を抱いてくれ
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急いで、床伝まで駆け戻った山崎はすぐに伝令を飛ばした。

こういう急場のための仕組みはできている。屯所からはすぐに誰かが出動してくる。おそらく、一番隊と三番隊だろう。
薬屋の姿を改めて、町人の遊び人風の姿になると、山崎はすぐにとって返した。

町人姿で隊士達が踏み込む現場にいるわけにはいかないのは分かってるが、おしまを逃がすにはこれしかない。

万屋の近くまで行くと、あたりの様子を窺った。不審な者の姿も、危険を匂わせる者もない。

―― まだか

心が焦る。隊士達が踏み込んだどさくさにまぎれなければ、上手くいかないはずだ。

人目を憚りながら裏手へ回ると先ほどの木戸が閉じられていて、中から閂がかかっている。小柄でもあれば、こんな木戸も簡単に開けられるのだが、手持ちには匕首しかない。焦れた山崎が木戸の脇から乗り越えようとしたところに、遠くから大人数の駆ける足音が聞こえた。

表と裏手に走り込む足音。

「山崎さんっ!」
「沖田先生っ!」
「七名ですか?」
「そうですっ。……沖田先生っ、内儀はまだ中におるんや、頼めるか?」

最後の最後で、山崎が言った一言に、総司だけでなく一緒にいた斎藤が顔を見合せて山崎へにやりと笑った。総司がぽん、と肩に手を置いた。

「土方さんが心配してましたよ」
「任せておけ」

二人がそういうと、隊士達に声をかけて、呼吸を合わせる。
名乗りを上げる声と共に、店の中へ踏み込んでいった。

 

 

土方の目の前に山崎が座っていた。
目の前には酒ではなく、程良く入れられた茶を飲みながら、土方が呆れた顔をしている。

「だから俺が言ったじゃねぇか」
「申し訳ありません。副長」

ふーっと、溜息をついた土方が不意に口元を緩めた。懐から袱紗に包まれた切り餅を山崎に差し出す。

「副長?」
「近藤さんからだ。お前に余計な気遣いは無用だそうだ」

その切り餅は、山崎が出したものだ。

万屋に斬り込んだ一番隊、三番隊の面々が屋内から逃げだそうとする者たちと、立ち向かってくる者達とに分かれて、斬り合いになった。
すでに雇い人をすべて解雇していた万屋には、七名の不逞浪士以外は、おしましかいない。総司と斎藤が中に飛び込んですぐに、おしまの姿を探した。

七名の浪士達の世話をしていたおしまに踏み込んできた新撰組の怒声を聞いた浪士の一人が斬り付けた。後に残して下手な口を割らないように始末したのだ。
表から踏み込んだ一番隊と共に、奥の部屋で倒れていたおしまを見つけた総司が、振り返ってセイを呼んだ。

「神谷さん!」
「はいっ」

奥の部屋からすでに浪士達は逃げ出していて、セイを呼んでも問題ないと瞬時に判断を下した総司は、他の隊士を呼んで戸板の用意をさせた。飛び込んできたセイは、おしまの様子をみて懐から手拭を出して手当にかかった。

まだ息のあったおしまをセイが呼びかけて、無くなりそうになる意識を何度も呼び戻す。

まさに、命を奪う者がいる中で、命をつなぎ止めようとするのもまた彼等の仕事だった。

 

手当をされ、すぐに医者に運ばれたおしまは、なんとか一命を取り留めることができた。
そのおしまの傷が癒えるまでの治療代とその後の処遇について、近藤に頼みこんだ山崎がその間の費用をすべて出すといって、近藤に預けた金がその切り餅だった。

 

思いがけないことに山崎は驚いていた。
おしまの身柄を、万屋の内儀として何も知らない一般人という扱いにするには大変なことだったはずだ。この時代、犯罪が起きれば、身内のものは同罪と見なされる。ましてや、内儀であれば主人のしていることが分からないはずはないと、なるべきところを誤魔化しきったのだ。

何も言えずに頭を下げた山崎の目の前に、土方はもう一つ、懐から今度は巾着を取り出した。そちらは大小の金が混ざっているらしく、ちゃりと音がする。

「これは俺や有志の面々からな」

それが何を意味するものかと、呆気にとられて思わず顔を上げた山崎に、土方がその意味を告げる。

「そんな詫びる話じゃねえだろ?なあ、山崎。あの女の身の振りが決まった。何も知らなかった哀れな内儀として、尾張の方へ行くことになった」
「……ありがとうございます」
「だから、この金はお前が女を送って行くのに使ってもよし、女にくれてやってもよし。お前の好きにしろ」
「……!」

―― ほんまに、このお人にはかなわんなぁ

土方がゆっくりと茶を飲む間に、巾着に手を伸ばした山崎はその中から三両と二分を取り出した。頭を上げた山崎は、取り出した三両を並べてきっぱりと言った。

「お気持ち、ありがとうございます。それではこの金をおしまに渡してください。自分はもう会わん方がいい。そして、この巾着の方は皆さんへお返ししてください。気持ちだけは頂いときますよって」

そういって、二分をつまんでにやりと笑った。
俺を使う気かよ、とぼそぼそとこぼしながらも土方はその金と巾着を懐に仕舞い込んだ。

「副長、コレでつきあっていただけますか?」
「仕方ねぇ。他でもないお前の頼みだからな」

その二分を見せて土方を誘った山崎は、共に飲み屋へ向かいながらいつもの飄々とした顔に戻っている。その隣で苦笑いを浮かべた土方が、腕を組みながら口を開いた。

「なあ、山崎。お前、本気で惚れてたんじゃないのか?」

―― これでよかったのか?

「何言うてますんや。これが俺の選んだ道ですわ。俺は自分で選んだ道やから、かまへんが俺なんかについてきて鬼の住む世界にまた首突っ込むことはない」
「お前の気持ちもわからなくはないけどな」

山崎はぴっと人差し指を土方に向けて笑った。

「副長にだけは言われたくないですわ。副長なんか、どんだけ寄り道してはるかわからへん」
「あぁ?寄り道ってなんだよ」
「局長一筋のくせに、あっちこっちで摘み食いしてはる、て話ですわ」
「山崎!てめぇ~」

怒りだした土方に、山崎は声を上げて笑った。怒りながらも、二人は歩くのを止めずに、花街の近くまできて、一軒の店に入る。
小上がりに席を取った二人は酒とつまみを頼んだ。酒のあまり好きではない土方に向かって山崎が酒を注ぎながら呟く。

「雨がやむまでの間に寄り道するくらいが男の粋ってものでしょ」

注がれているまだ途中の徳利を山崎から奪い取ると土方が山崎の盃になみなみと酒を注いだ。

「俺に言うには百年早いっ!」

顔を見合せて笑いながら、揃って盃を上げると口にした。いくらかほろ苦い酒が甘く感じる頃には雨も止むだろう。だから、今だけはこの道を濡らして。

 

– 終わり –