ひとすじ 2

〜はじめのつぶやき〜
さーて。

BGM:ケツメイシ   涙
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やはり、鬼といわれる剣客はどこかが違うのだろうか、と新之助も内心で震えあがった。

「あ、あの、沖田先生ありがとうございます。神谷さんのところへ連れてきてくださって助かりました。神谷さん、お忙しい処すみません。これらをどこに仕舞えばよいかと思いまして、お探ししておりました」

箒をもったまますたすたと近づいてきたセイはざっと本の山を眺めると、すぐに箒と塵取りをしまってきて、廊下の上へと身軽に戻って来た。

「全く、伊東参謀は本を増やしすぎですよ。これじゃ、本だけで一棟いるようになってしまいます。それに局長や副長もついで仕事を頼みすぎですよ」

そう言いながら、新之助がぜいぜいと息を上げながら抱えていた本の山をセイが軽々と抱えあげた。

「あはは、神谷さんも力がつきましたねぇ」

呑気に笑う昼行燈の笑顔は、セイをぴたりと捕えていて、他の事ならばいざ知らずセイを探すなら総司に聞くのが一番といわれるだけあって、迷うことなくこの場所まで連れてきてくれた総司に新之助は頭を下げた。

からかわれたセイはむっとした顔で、色白な腕をまくりあげた。

「失礼な!沖田先生?私とて日頃から鍛錬を重ねているんです。いつまでも童じゃありません!」
「はいはい。そうですね。ごめんなさい」

にこにこと全く謝っているつもりがないのが見え見えな謝罪を口にした総司がセイの後を追って廊下へと戻ってくる。その視線に、はっと我に返った新之助は急いでセイから本の山を取り戻した。

「自分が持ちます!先輩にこんなことさせられません!」
「だから、先輩じゃありませんってばもう。沖田先生も余計なことを~」

セイの言葉に衝撃を受けた総司が見るからに悲しいと顔に張り付けて泣き真似を始めた。
そんな総司のことは放置のままにセイが、再び本の山に手を伸ばしてくる。

「駄目です!とにかく、自分に持たせてください。自分が言いつかった仕事ですから」

そう言って、なんとかセイの手から本の山を受け取った新之助はセイに教えてもらい、本を置いておく納戸に向かった。どこに何を置くかもわからない新之助についてセイが幹部棟の片隅にある納戸まで先に立ってくれた。

「申し訳ありません、せ、神谷さん」

つい先輩と呼びそうになって慌てて新之助は言いなおした。新之助が土方の小姓として参加を認められて三カ月。セイは小姓の仕事について新之助に教え るために一番隊を離れて土方と近藤の二人の小姓を務めていた。どちらか一人の小姓だけでも大変なのに、いくら新之助がいるとはいえ、それができるのはセイ 位なものだ。

「神谷さん、働きすぎじゃありませんか?」

そんなセイの後を新之助と共に総司がついてきた。事あるごとにセイには働きすぎだと言いながらも、今では決して一番隊に戻そうとしない総司に、セイがぴしゃりと言った。

「沖田先生!私は今、笠井さんに局長の小姓としてでも副長の小姓でもどちらについてもお役に立てるように教えて差し上げている最中なんです。邪魔しないでください」

再び、うるん、と泣き真似を始めた総司が神谷さんひどぉい!といい始めた。初めの頃は新之助もわからずにおろおろとしたものだが、これが毎度のことであり、彼らなりの交流なのだと納得すると、大人しく見て見ぬふり、邪魔にならぬ空気になることにも慣れてきた。

納戸に入ると、伊東の本はある一角に、近藤と土方の本は種類ごとにまとめてあった。

「いいですか?伊東参謀の本は、種類も趣味も非常に広くていらっしゃいますので、この一角に寄せます。局長と副長の本は、趣味が近かったり、お互い に本を貸し借りされたりしますので、種類で固めます。必要な本なら皆様ご自分で探しにいらっしゃいますが、片付けは皆様されませんから時々納戸を覗いて片 付けてくださいね」

すぐに懐から土方の発句帳程度に小さなものに小さな矢立から筆を取り出して新之助はまめに筆を走らせた。やることが本当に多すぎて覚えきれないと半月もしないうちに悟った新之助は、わざわざ懐に持ち歩きやすいものを買い求めて常に、書きとめておけるようにしたのだ。

おかげで、なんとかセイが傍にいなくて困った時に、自分の書きとめた覚書でしのぐことができるようになりつつある。

新之助が懐から覚書を取り出すと、途中からセイはゆっくりした口調になって、新之助が書きとめられるように気を配ってやる。その姿を見ていた総司は腕を組んで袖に通しながら、穏やかな笑みを浮かべていた。

いつの間にか、セイが古参の隊士として後輩の面倒をみるようになるとはあっという間の時間だったと思う。今まではどれだけ後から隊士が入ってきても、セイは出すぎず世話を焼いても彼らを立ててきた。

どうしても体格や剣技では敵わない事に引け目を感じていたのだろうが、新之助相手にはなぜか先輩らしい態度を見せる。それが、総司には可笑しくて、微笑ましくて仕方がないのだった。

「なんですか……。沖田先生、にやにやして気持ち悪いですよ」
「いやぁ。神谷さんも立派に先輩になったなぁって思いまして」
「先輩じゃないです!!先輩っていうな~~!」
「きゃー、神谷さん、本気で脇差抜くのはやめなさい!」

ほほえましく見ていたところを気持ち悪いと言われた総司がわざとセイが嫌がる『先輩』というと、きらりと目を光らせたセイが本気で脇差を抜くと総司を追いかけていく。

呆気にとられて新之助が見ていると、近藤が現れた。

「笠井君、やあ、すまんすまん。先刻預けた本の中にうっかり必要なものまで入れてしまったようでな」

そういうと、追いかけっこさながらに走り回るセイと総司には目もくれずに納戸に入った。新之助が先程置いた場所を示すと、ありがとう、と快活に笑いながら自分の預けた本の間から必要な書付を見つけたらしい。新之助が傍でそれを待っていると、にこっと微笑みかけた。

「すまんなぁ。どうだい。そろそろ慣れたかね?」
「あっ、はい!いえ、慣れてきましたけどまだまだです!」
「そうか。土方君の小姓というと大変だと思うが神谷君がついているからな。その点は心配していないよ」

まあ、あれはあれとしてね、と走り回る総司に逃げられた挙句、背後から襲われて飛び上がったセイの様子を見ながら近藤が肩をすくめた。そして新之助を連れて納戸を出るとそのまま局長室へと向かう。

「笠井君はいくつだったかな?」
「はっ、十五になりました」
「そうか。まさに今の神谷君がここに来た頃と同じだな」

広々した局長室へと足を踏み入れた新之助は、幾度入ってもその雰囲気に慣れず、廊下側の部屋の隅に身を縮めて座る。書付を文箱の中へと仕舞った近藤は、棚の奥からねじがねを包んだ懐紙を取り出すと新之助の手を引いてその上に乗せた。

「ほら、これをやろう。たまには息抜きをするといい」
「ありがとうございます。申し訳ありません」
「はは。何を詫びるというのだね。君はよくやってくれているよ」

頭を下げた新之助は手の上に乗せられたねじがねを手にとりかけて、懐紙に戻した。

「お?どうしたんだい?気にしなくてもいいんだよ」
「いえ、あの」

うん?と首をひねって斜めから新之助の顔を覗きこんだ近藤に、新之助は恥ずかしそうに俯いた。

「……いつもお世話になっているので、神谷さんにもと思いまして」

そう言った新之助ににっこりと近藤は頷いて新之助の月代を撫でた。

「本当に、君はいい子だなぁ」
「そんなことは……まだまだ未熟者ですが、先生方がよく教えてくださいますから」
「はっはっは。まあいいさ。無理をするんじゃないよ」
「ありがとうございます!」

懐に大事そうにしまいこむと、新之助は頭を下げて局長室から下がって行った。

– 続く –