ひとすじ 10

〜はじめのつぶやき〜
新之助って名前が可愛くなかったなぁ。。。

BGM:B’z    Don’t wanna lie
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副長室では、近藤と土方の前に永倉が座っていた。原田は副長室に入る者達を阻むように障子を背に廊下にいる。

「訳を話せ。新八」

腕を組んだ近藤と土方の前でいつもの飄々とした顔を崩さずに無精ひげを撫で上げた。

「さて、理由と言われましてもねぇ」
「この期に及んでしらばっくれる気か?」

ふふっと笑った永倉は、近藤の顔を見て軽く頭を下げた。

「心配かけてすまねぇな。近藤さん。……なに、大した話じゃねぇんだよ」

そういうと永倉は、古い昔話だと言って語り始めた。

蔵の中に押し込められた新之助は頭を抱えて蹲っていた。荒れ狂う心には、蔵の中の暗闇が癒しを与えてくれる。

かしゃん。

鍵の開く音がして、がらがらと引きとが開けられた。ついに処断が下されるのだと、暗い気持ちではあったがどこかほっとしてもいた。ところが、新之助の耳に予想外の声が届く。

「笠井。出ていいぞ」

がばっと顔を上げた新之助の見上げた先には、永倉が蔵の入り口に寄り掛かっていた。

「永倉先生!」
「お前なぁ。……仇に狙う相手の事を先生って呼ぶか?」

呆れた口調で永倉が言うと、その手にはとり上げられた新之助の脇差があった。永倉が屈みこむと、新之助の腰に脇差を戻してやった。
ぐしゃぐしゃの顔で見上げた新之助の目には、いつもと変わらない永倉が映った。

「永倉先生……」
「局長と副長には俺が話をつけた。仇打ちは武士の習いだ。それを邪魔することはできねぇ。俺が数馬の仇だと思うならかまわねぇ。気が向いたらかかってこい」
「そんなっ、永倉先生っ!!」

永倉の足にとりすがった新之助の胸倉を永倉はぐいっと掴みあげた。

「まさか、手前ぇはその覚悟もなく俺に向かってきたのかよ?」
「だってっ……、永倉先生っ」

胸倉を掴んだ手がぽいっと新之助を放り出した。それ以上は何も言わずに永倉は蔵から出て行く。一人残された笠井はどうしていいのかわからなくなって、その場から身動きできずに泣き崩れた。

覚悟など、こんなにもたやすく崩れ落ちるものだと新之助は知らなかった。

ただ恐ろしかった。
信じたかった。

優しくしてもらった、強い心を見せてもらった。そんな隊士達をたくさん見てきたのだ。彼らに慕われる永倉が父を討ったとは思いたくなかった。

しばらくして、じゃりっと土を踏む音が蔵の外から聞こえた。耳には届いていたが、それが誰かなど考えることなど新之助にはできなかった。目の前に濡らした手拭いが差し出されて、じっと動かないその手に新之助が初めて顔を上げた。

「斎藤先生ぇ……」
「お前も男ならばその顔をなんとかする方が先だろう」

受け取った手拭で新之助は顔を拭う。まるでセイの昔の姿のようで、新之助が俯いて顔を拭っている間に斎藤は苦笑いを浮かべた。この手の童に甘いのは総司の専売だったはずだがいつの間にか、自分までセイによって慣らされてしまったらしい。

泣き疲れて腫れぼったい顔をした新之助が手拭を握りしめると、斎藤は新之助の襟首を掴んで引き起こした。

「ただ、戻れと言われてもそうもいかんだろう。一杯いくか」
「え?えっ?」

猫の子のように釣りあげられたまま、新之助は斎藤に連れられて屯所を後にした。門脇の隊士達も、斎藤と新之助を遠巻きに眺めるだけで何も声をかけることはなかった。

 

 

「いつまでそうしているつもりです?」

隊士棟の縁の下に蹲っているセイの前に総司が屈みこんだ。いつもの泣きはらした顔、というよりも何もできない自分への悔しさと、総司や斎藤にぴしゃりと言われたことへの反発で膨れっ面のセイが膝を抱えたまま動こうとしない。

困ったように息をついた総司が手を差し出した。いつもならその手にすぐ手を伸ばすところだが、今日はセイもなかなか素直にはなれなかった。

「困った人ですね。……笠井さんはもう蔵から出ましたよ」
「いつですかっ?!」

がばっと膝を抱えていた腕を解いて、セイが身を乗り出した。にっこりと笑顔を浮かべて総司が頷いた。

「もう半時も前に永倉さんが錠前を開けてます。後は斎藤さんが連れて行きました」

―― 貴女みたいにね

総司の言葉に、ほぅっと手をついたセイににこにこと総司が笑いかけているのに気づいて、はっと恥ずかしくなったのか顔を伏せた。

「私はっ……」
「いいから出てらっしゃい。貴女には私が美味しい甘味でもご馳走しますから」

さあ、と伸ばされた手に催促されて、渋々セイが手を伸ばした。小さな手が重なったところで総司は、力強くセイを引っ張り起こした。

「さあ、そんな顔をしないで。本当は私の方が拗ねたいくらいなんですからね」
「どうしてですか?沖田先生は関係ないじゃないですか」

ムキになって言い返したセイの手を取りながら、総司がそれですよ!とセイの鼻先を弾いた。

「ひどいですよね。神谷さんてば。私の事を関係ないだなんて。しかも笠井さんの事情を薄々知っていたみたいなのに、私には相談一つしてくれなかったですしねぇ?」

じろりと睨まれてセイがうっと言葉に詰まった。
確かに、薄々事情を察していたのに相談せず、挙句に今は関係ないと言ったのはセイだ。うろたえて、弾かれた鼻を押さえながらしどろもどろに言い訳を始めた。

「それは、その、沖田先生を巻き込んだらいけないと思って。余計なことをお耳にいれても仕方ないですし、何にでも口を出すと言われるんじゃないかと思いましたし……」
「おやおや、今更言い訳ですか」
「言い訳……じゃ、ありませんけど……」

もぐもぐと言い逃れを言い続けるセイを連れて、今度は総司が屯所を出て行く。こちらは隊士達がにやにやといつもの光景を面白そうに眺めていた。

 

– 続く –