ひとすじ 9

〜はじめのつぶやき〜
新之助って名前が可愛くなかったなぁ。。。

BGM:B’z    Don’t wanna lie
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

道場は、二番隊の隊士達の他に、一番隊と三番隊の隊士が押し掛けていて満員状態だった。他の隊の隊士達も話を聞きつけて集まってはいたが、すでに道場は満杯で入るに入れないでいる。そこに永倉が刀を手に現れた。
中央に座っている黒い稽古着を身につけた総司が立ち上がった。

「それではこれより真剣にて立ち合いを始めます。審判は一番隊組長沖田総司が務めます」

互いに向かい合った永倉と新之助は、床に手をついて互いに礼をした。周囲が固唾をのんで見守る中で、新之助が口を開いた。

「ご指南いただく前に一つお伺いしたき事がございます。永倉先生は坪井数馬という者をご存じでしょうか?」
「知っていると言ったら?」

ばっと片膝を立てた新之助が懐から白い鉢巻きを取り出した。新之助が、震える声で重ねて確認する。

「坪井数馬と永倉先生は友人同士だったのでしょうか」

白い鉢巻きを握る新之助の手が白くなるほど握りしめられる。
片膝を立てたまま座っている新之助と、正座したままの永倉は互いに視線一つ外さずにひたっと向き合っていた。

「なぜそんなことを聞く?」
「坪井数馬の友人であり、坪井数馬を討った者を探しているからです」
「そうか。じゃあこれ以上の問答は無用だろう」

すっと立ち上がった永倉が刀を構えた。
動揺した新之助が一瞬すがるような目で永倉を見たが、無表情に刀を構えた永倉に、唇をかみしめると、白い鉢巻きを巻いて同じく立ち上がった。

「永倉先生!教えてください!!先生は……っ、先生は父の仇なのでしょうか?!」

刀を抜き払っておきながら、新之助はまだ永倉の口から決定的な一言を引き出してはいない。

ざわざわと道場内がざわつき始め、新之助の叫びにざわめきは最高潮になった。総司はじっと膝の上に手を置いて、目を伏せたまま身動き一つせずにいる。

「こねぇならいくぜ?」
「永倉先生っ」

だん、と永倉が踏み込んだ瞬間、脳天から一刀するかのごとく降り下された刀に、反射的に新之助は刀の柄で受け止めた。受けた手がびりびりとしびれたが、その間に永倉は刀を引き、再び横合いから首筋にかけて打ち込みをかけた。

動揺していなければ、もう少し新之助もましな受けができただろう。しかし、入隊してからの日々と、自分が目にしてきた永倉、面倒を見てくれた他の隊士達を思うと、土壇場で違ってほしい、と言う思いでいっぱいになってしまう。

「ひぃっ」

怯えきって刀を握り締めて思い切り引き寄せた新之助の首筋で打ち込まれた刀が止まった。寸止めにした永倉が、踏み込んだところで新之助の顔を覗きこむ。

「俺が数馬の仇だと思うならいつでもかかってこい」

がたがたと震える新之助を前に、総司がぱっと片手をあげた。

「勝負あり。永倉」

審判である総司の掛け声に合わせてすうっと永倉は刀を引いた。永倉がくるりと後ろを向いて離れると、ずるずると新之助が崩れ落ちた。
心配で新之助を両手を握りしめて見守っていたセイは、成り行きを見ていられずに立ち上がって新之助の傍へと近づいた。

握りしめた刀から手が離れずに自分の握った柄を見つめていた新之助が、がばっと立ち上がった。額からは冷や汗が流れ、半分泣き出した新之助は刀を握りなおして歩み去って行く永倉の背中めがけて駆け寄ると、叫び声をあげながら振りかぶった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「笠井さんっ!」

止めようと体が動いたセイが身を起こしたところに、飛びかかった総司にあっさりと右腕をひねり上げられた。目の前には斎藤が脇差の柄をセイの喉元に突きつけてセイの動きを止めた。

「動くな、神谷」
「そうですよ。手を出しちゃ駄目です」

一瞬で、総司と斎藤に抑え込まれたセイは、これ以上ないくらい目を見開いていた。
他の隊士達も止めようと思ったが、彼らの身も武士としての心に動くに動けなかった。

永倉の背中に振り下す直前に、新之助がぴたりと止める。

「なんだ?」

振り返らずに永倉が立ち止まった。しん、と静まった道場の中に不規則な新之助の呼吸と永倉の声だけが聞こえる。

「やらねぇのか?」
「うっ、……ひっく」

ぼろぼろと泣き出した新之助は、振りかぶったまま振り下すこともできず、震える腕を静かに背後から現れた原田に掴まれた。

「刀を離せ」

ゆっくりと下された腕から刀をもぎ取られて、新之助は泣きながら膝をついた。原田はとり上げた刀を傍に寄って来た二番隊の隊士に渡した。

「誰か、こいつを」
「そいつを蔵込めにしろ」

原田の声に低い声が重なった。

道場の入り口から土方が現れた瞬間、その場の空気がさらに凍ったとその場の誰もが思った。二番隊の隊士達に取り押さえられた新之助はそのまま引きずられるように蔵へと連れて行かれた。

斎藤が脇差をひいたところで、総司が捻り上げた腕を離し、手を貸してセイを立たせていた。つられたのか、泣きそうなセイに総司がの言葉が突き刺さる。

「貴女は武士じゃないですね」
「……っ」

涙目できっ、と総司を振り返ったセイは、冷ややかな総司の視線にぶつかった。

「笠井さんはそれなりに考えて行動に出たのでしょう?どうであれ、彼は心を決めたんですから。そこに貴女は泥をかけようとするんですか」

掴まれていた腕を振り払ったセイは、そのまま道場を出て行く隊士達と共に道場を出て行った。隊士棟の中を探し歩き、永倉の姿を探したセイは、隊部屋の前で原田と一緒にいたところに話しかけようとした。

しかし、一歩踏み出そうとしたところをぐいっと腕を掴まれたセイは、斎藤に引きずられて大階段の方へと連れ出された。

「離してください!斎藤先生」
「いい加減懲りるということを知らない奴だな、アンタは」
「何がですか!」
「なぜそうやって何にでも首を突っ込むんだ?アンタが今永倉さんに何を聞くんだ?それで何かを解決できるのか」

強く腕を掴まれたセイは総司以上にはっきりと言われて言葉に詰まった。何ができるといわれれば、何かできることをとしか言えない。
新之助が心に秘めていることを知りながら知らぬふりで隠してきたわけだし、今どうにかできるならとうに新之助を止められたはずだ。

「でもっ、笠井さんは……。永倉先生がそんなお友達を裏切るような真似をする方じゃないことくらいっ」

自分自身が何を言っているのかさえわからないまま、セイは口を動かして、そして再び何も言えなくなった。
斎藤は掴んでいた腕を離して、セイの月代に手を置いた。

「誰のためにでも力を貸そうとするところはアンタの美徳かもしれん。だが、人には分相応の力しかないのだ。それをきちんとわきまえろ」

総司ばかりか、斎藤までもいつになく厳しい言葉をかけて、セイを置いて幹部棟へと戻って行った。

 

– 続く –