ひとすじ 15

〜はじめのつぶやき〜
仇討ちに立ち合いが必要かどうかは勝手なねつ造です。でもそうしたかったんですよぅ

BGM:郷ひろみ  2億4千万の瞳
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夕餉近くになってもその後の知らせは届かなかった。

「近藤さん、今日はもう動かないだろう。知らせが来たとしても即捕縛にかかるわけでもねぇ」

土方が局長室に顔を出して密かに囁いた。隣の部屋にはセイと新之助がいる。近藤は、落ち着き払った様子で首を振った。

「いや、俺はここから動かん」
「近藤さん」
「一晩や二晩、俺が屯所に泊ったらいかんのか?」
「そうは言ってねぇが……」

渋る土方に近藤はぽん、と肩を叩いた。

「そんな顔するな。俺と久しぶりに夕餉なんてどうだ?」

そう言って、土方を置いて隣の部屋に顔を出すとセイと新之助に、夕餉は土方と二人分頼む、と言った。

「承知しました。でも局長?お二人分じゃ駄目みたいです」
「うん?どういうことだい、神谷君」
「きっともう一人分いるみたいですよ。ほら」

セイがそう言うと、しばらくして幹部棟へと歩いてくる足音が聞こえた。局長室よりも三分の一ほど狭い障子を片側だけ開けると、より足音が近づいてくる足音とともに副長室と局長室の前の廊下へと現れたのは総司だった。
あっはっは、と笑いだした近藤はセイの背中を勢いよくばしん、と叩いた。

「神谷君には参るなぁ。流石だ!」
「恐れ入ります」

余りの勢いにたたらを踏んだセイが頭を下げると、不思議そうな顔をした総司が目の前まで歩いてきた。

「失礼します。近藤局長、どうしたんですか?」

副長室の中で近藤とセイが立っているのに、当の土方が遅れて局長室から顔をだしたので、不思議に思ったらしい。

「いや、総司の事は神谷君には何でもわかるんだと思ってね」
「局長!!」
「はぁ?」

真っ赤になったセイと、話が見えない総司の声が、重なる。ぽかんと口を開けてやりとりを見ていた新之助はぷっと吹き出した。
今日一日、朝から初めて笑った新之助に近藤がその頭をそっと撫ぜた。温かく大きな手に新之助が顔を上げると、近藤が微笑んでいる。

「笠井君。それでいい。するべきことはするべきことだがいつも気を張っていることはない。俺達は同志だからな」

仇のために入隊を願い出たということはもうわかっているだろうに、近藤は新之助に同志だといった。仲間であると。

―― 自分は、その仲間を討とうとしたというのに

新之助の胸に、涙ではなく熱い思いが込み上げてきた。

この人たちの力になりたい、役に立ちたい。

そして。
この人たちのためになら死ねるかもしれない。

「俺達は武士だ。だからこそ、命は粗末にしていいものではないことを十分に知っている。仇討ちも、私闘も己のしたことには己で始末をつけるんだ。いいね?真実を見誤ってはいけない」
「はいっ!近藤局長!」

近藤の話を邪魔することなく聞いていた総司は、廊下を回って自分の部屋に戻った土方にちらりと視線を投げた。
余計な言葉などなくてもそれだけで伝わる。
土方は、咳払いをして文机を片付け始めた。

「近藤さん、甘やかすのも程々にしてくれ。神谷、笠井。さっさと夕餉の支度を始めろ。灯りはどうした」
「わっかりました!」

一緒に聞いていて、せっかくの近藤のいい話に感動していたセイは、語尾に鬼副長!とつきそうな勢いで新之助をひきつれて部屋を出て行った。
腕を組んで、半分だけ廊下に顔を出した総司はしばらく二人の足音が遠ざかって行くのを確認してから、副長室に入るとぴしゃりと障子を閉めた。

「お待たせしました。早速ですが、監察方から報告が入りましたよ」
「そうか」

口調の改まった総司を前に、近藤と土方が同時に腰を下ろした。

「かの伊庭という人は、二日おきに三本木のお茶屋に現れているようです。仲間もそこに一緒に」
「次はいつだ?」
「幸いなことに今夜だそうです。すでに仲間らしき数名はお茶屋に上がっているようです」

近藤と土方は顔を見合わせて頷いた。近藤が膝の上に手を置いて言った。

「その集まりは会合なのか?それとも妓達も呼んでいるのか?」

総司は話しながら、細巻きにした調べ書きを懐から取り出している。細かい字で書かれた中から、早口に話し始めた。

「どうやら初めは妓達を呼んで賑やかに酒を飲んでいるようですが、五つ半を過ぎたあたりで妓達は帰してしまい、後は朝まで仲間内だけで何やら額を突き合わせてるようですね。朝になれば何事もなかったように引き上げて行くようです」

もうそんな集まりが半月ほど続いているらしく、それがもう少しするとぴたりとやんで、また半年ほど全く姿を見せなくなるらしい。
その間に、京を離れて金を集めたりあちこちでいろんなことをしているらしく、また半年すると同じように現れるらしい。徐々にその仲間の数も増えてきており、今は十数名程になるという。

「なら、善は急げだな。また姿をくらまされちゃ半年も先まで待たなきゃならなくなるんだろ?」
「ええ。今回か、次の回辺りでまた姿を消す頃のようですからね」

調べ書を近藤と土方にも読ませた総司は再び書付を懐にしまうと腕を組んだ。どうします?と二人の顔を眺めると、いつもは不敵な笑みを浮かべるはずの土方が渋面なのに対して、近藤の方がにやりと笑った。

「一番隊と二番隊で出動、三番隊は周囲に散って援護に回る。途中に手頃な空地があるはずだな?そこまで誘いこめるか?」
「やるしかないでしょう?永倉さんの話じゃ大分腕が立つみたいなので、無傷でそこまで誘き出せるかは難しいところですけどね」
「よし。俺はその空地で待機しよう。そこまで笠井君と笠井君の母御を連れてくるのは神谷君に頼むか」
「はぁ?!」

さらりと言ってのけた近藤に、総司が腰を浮かせた。まさか自分の聞き間違いかと思うくらいに驚いて、そしてありえることだけに、土方を睨みつけた。

「土方さん?!」
「そんな顔して俺を睨むな!俺が言ったってこの人が聞きゃしないことぐらいお前ぇだってわかってんだろ」
「そんな、近藤先生が現場まで出てくるなんて駄目に決まってるじゃないですか!」
「総司!」

うろたえた総司に、低いがどっしりと腹に響く声が叱りつけた。

「俺の腕はそんなものか?」
「いえ……、でも近藤先生に何かあったら」
「総司。仇討ちには立ち合いが必要だ。わかるだろう?」

土方と同じようにあっと飛び出しそうになった声を飲み込んで、総司がぐっと口を引き結んだ。渋々と事を認めたのだろう。
流れる空気を断ち切るように、土方が近藤の顔を見ないようにして総司に向かって言った。

「一番隊は山口と相田に指示を出しておけば大丈夫だろう。お前は近藤さんの傍から離れるな。神谷が笠井と笠井の母を連れてきたらわかってるな?」

一度、近藤が決めたことだと土方も腹をくくれば切り替えは恐ろしく早い。そんな土方に言われれば総司も腹をくくらずにはいられない。元より、どれだけ腕が立つと言ってもなまじな者に近藤が負ける事などあり得ないのだ。
まして総司が傍にいて、近藤の身に髪一筋も障りがあるはずもない。

「承知」

意識を切り替えた総司に近藤が頷いた。
ゆっくりと夕餉をとり、四つを目標にお茶屋に乗り込んで、伊庭を空地へと誘導する。

騒がしくも険しい夜が始まる。

 

– 続く –