ひとすじ 16

〜はじめのつぶやき〜
てめぇら!出動だ~~~~!

BGM:郷ひろみ  2億4千万の瞳
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夕餉を取り終えたところで、総司は早々と隊部屋へ引き上げた。
いつもならだらだらと土方達が休む頃まで居座るところだが、今日は違う。

夕餉の膳や茶の支度を下げたセイと新之助が戻ると、近藤が二人を目の前に座らせた。

「笠井君。これから君の父上の仇である、伊庭兵衛を捕まえに行く」

初めて聞く名に新之助が驚いた顔で近藤を見つめた。新之助は何も知らなかったが、永倉は確かめていた。

永倉が原田に頼んで文を届けてもらった相手は、新之助の母祐だった。セイと総司が見かけたあの日、茶屋で会った永倉は久しぶりに祐と顔を合わせていた。

祐は、夫数馬の仇が誰なのか真実、知らずにいたのだ。今さら数馬の仇を討つよりは、それを糧に新之助を一人前に武士に育てることの方が大事だと思っていた。初めの頃こそ、新之助に仇を討たせようと思っていたが、年月が過ぎゆく間に、その心は変わっていたのだ。

「永倉様のお力を借りることしか私には思いつきませんでした」

永倉に詫びた祐は、真実を知るために剣術の腕を磨き新撰組に入れば、いずれ永倉の目に止まるだろう。数馬に似た容姿の新之助を知れば、後の事は永倉に託せると思っていた。そんな永倉に、祐は一通の書状を差し出した。

「これを……。生前、数馬様がもし何かあったときのためにと書き遺されていたものです。新之助が、もし途中で仇討ちを諦めて剣術を極めて武士として生きることを選んだ時にはそのまま焼き捨てるつもりでおりました」

そこで、永倉は詳しく数馬の仕事と、伊庭の現在についてを初めて知った。伊庭が京と江戸を行き来していることや、それ以外のことも、藩にかかわること以外の行状については細かく記されていた。

本来ならば、それを監察に見せていれば話は早くすすんだだろうが、その書状には他のことも記されていたために永倉はそれを監察の手に委ねることをしなかった。

そして、伊庭について調べを進め、今に至る。

「伊庭兵衛……?」
「そうだ。君の父上を討った、永倉とともに、かつて君の父上の友人だった男だ。この男を捕えに参る」

ごくりと喉を鳴らした新之助に、セイがそっと隣に近づいて新之助に頷いて見せた。青ざめた顔で新之助も頷きを返す。

「伊庭は、この京で不逞浪士達を集めて会合を行っている。神谷君、これから笠井君を連れて、笠井君の母御を連れて三本木の空地に向かってくれ。敵は、今夜も茶屋で会合を行っている。そこに打ち込みをかけて、伊庭達を空地まで誘い出す」
「承知」

近藤の説明で今宵の段取りを説明されると、セイは頷いた。刻限があるため、すぐにも支度を始めて屯所を出なければ間に合わなくなる。
急き立てるように新之助を立たせた。新之助はセイに引きずられるように副長室から出かけて、間際に立ち止まった。新之助は振り返って近藤に向かって言った。

「局長。私は必ず父の仇を討って、永倉先生へのお詫びにかえて見せます」
「わかっている。私はそれを見届けよう」

ぺこりと頭を下げると、廊下で待っていたセイとともにすぐ小部屋から大刀を手にして二人は屯所を後にした。

屯所を出て行く二人の姿を廊下に見ながら一番隊と二番隊、そして三番隊はそれぞれに身支度を整え始めた。足拵えと鉢巻き、小手を身につけて行く。中には鎖帷子を下に身につけるものもいる。

「いいですか、皆さん。私は近藤局長と一緒に行動します。後の事は永倉さんと、山口さん、相田さんの指示に従ってください」
「承知!」

一番隊の隊部屋で総司が指示を与える隣では、援護に回る三番隊は周囲に散って追い込む係のために、斎藤を中心に地図を前に入念に場所を確認している。

 

「永倉先生」

拵えのできた二番隊は、普段の姿のままの永倉を取り囲んだ。大刀を抱えて片足を伸ばして座り込んだまま、何かを考え込んでいる永倉に、それまでは誰も話かけられなかったのだ。

頭の中で何度も伊庭の姿と立ち合っていた永倉は顔を上げた。

「お前ら、巻き込んじまってすまねぇな」
「何言ってんすか!水くせぇっすよ!組長」
「そうですよ。永倉先生。俺達は同じ二番隊なんですよ?二番隊には、組長の難儀を黙ってみている漢なんていません」

次々に組下の隊士達に言われて、永倉は目を伏せて頷いた。目の前には永倉の鉢巻きが差し出された。それは、誰かが手配したのか、真っ白く新しいもので、仇討ちの助太刀にはもってこいと言える。

「ありがとよ」

差し出された鉢巻きを手にすると、永倉は立ち上がった。その白さが、手の中に握りしめられる。

「行くぞ!」
「おぅ!」

その声を合図に各隊が大階段へと向かった。

 

 

突然、町屋に現れた新之助に、祐は驚いた様子も見せずに迎え入れた。永倉に会ってから、いつかこんな日が来ると思っていたのだ。
落ち着いて、きちんとセイを迎えた姿に、迎えられたセイの方が感服してしまう。

「ただいま、支度を致しますのでこちらで少しお待ちいただけますか」
「わかりました」

祐は新之助を伴って、奥の仏間へと入った。

すぐにたとう紙に入った白装束を持ってくると、初めに新之助の着物を着換えさせた。上から下まですべて真新しい装束へと着替えさせたところで、セイの待っている部屋へと新之助を向かわせる。そこで、新之助は小手と足ごしらえを済ませた。

そして、同じく白装束に鉢巻き、襷がけで現れた祐はセイに向かって頭を下げた。

「日頃から新之助がとてもよくお世話になっていると伺っております。このようなお手配までお力添えいただきありがとうございます」

セイは、慌てて片手をついて、とんでもないと首を振った。

「私などまだまだ若輩者で、お世話をするなど大したことではありません。それよりも日頃の笠井さんの努力を先生方が認めてくださっているのだと思います」
「ありがたいことでございます」
「さ、時間もありません。参りましょう」

新之助と祐を促して、セイは提灯を片手に夜の闇の中へ飛び出した。
祐の足を考えれば急いでも予定の場所までは四半時ほどかかるかもしれない。胸元の懐剣を押さえて、祐はセイと新之助に遅れまいと、道を急いだ。

まさか本当に仇を討つことができる日が来るとは思っていなかっただけに、祐も新之助も軽い興奮にその身を震わせていた。

– 続く –