ひとすじ 19

〜はじめのつぶやき〜
おーつかれさまでしたー!!

BGM:May’n ユズレナヒ想い
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「本当に良かったですね。笠井さん」

新之助の家からの帰り道、半分涙ぐんだセイが歩きながら言った。
新之助と祐を送り届けると、せめてその手と洗って清めの酒をと言われて、一杯だけ振舞いを受けてからセイと総司は屯所に向かって歩いていた。

「何も貴女が泣くことはないじゃないですか」

ふう、と息を吐いて涙ぐんだセイの目元を指先で拭った総司は、そのままセイの肩を引き寄せた。

「まったく、貴女にかかわる人は皆いい人になる運命なんですかねえ」
「沖田先生?」

本当ならば新之助は切腹になっていてもおかしくはない。だが、近藤は、仇討ちは武士の習いとして私闘ではないのだと捻じ曲げた。そして、仇打ちの立ち合いまで買って出た。

永倉は助太刀まで買って出た。
二番隊、一番隊の隊士達も、他の隊士達も、皆新之助が無事に仇を討つことができるように願っていた。

もちろん、総司もである。

「いいえ。よかったですね。笠井さんも明日には屯所に戻ってくるわけですから、またお小姓の先輩に戻れますね」
「沖田先生!その先輩っていうのはやめてください!」

潤んだ目だけでなく頬を赤くしてセイが手にしていた提灯を振り回した。
町屋に戻って、清めの塩をもって白装束から着替えた新之助と祐は改めて、セイと総司に礼を言った。明日は必ず屯所に戻ると約束した新之助を置いて、セイと総司は町屋を後にしたのだ。

「それにしても……」
「はい?」
「笠井さんは隊に戻って武士として生きて行けばいいですが、あの母上はこれからどうされるのでしょうね」

祐の身の上を心配したセイに、総司がふふっと笑った。

「きっとこれからも笠井さんの身を一番に考えているのは変わりませんよ。後は永倉さんが何か考えるでしょうし」
「永倉先生ですか?いくらご友人の妻女とはいえ……。あっ、まさか!」
「さあねぇ」

振り返ったセイに、総司はそらとぼけて答えたが、幼き日の想い出を忘れていないのは永倉も同じことだ。そうでなければ新之助のことも放り出していたはずだ。

納得したのか、セイが大きく頷いた。

「もう、やっぱり近藤局長も、永倉先生もみんな恰好いいです!!」
「あのぅー、神谷さん、私は……?」
「は?沖田先生がどうされたんですか?」

手にした提灯をぎゅっと握りしめて力説するセイに、総司が自分の事はどうなのだと問いかけたが全くセイは話が見えていないために、ぽけっと聞き返した。

深いため息をついた総司は、私だって……とぶつぶつこぼしながら、セイの肩に回していた手を解いた。

―― 私がそもそも笠井さんを調べていたって知ったらなんて言われるんでしょうね

「もう、沖田先生ってば……」

静まり返った京の町を二人は夫婦漫才のようなやりとりを繰り返しながら屯所へと歩いて行った。

 

 

 

『もしも、俺に何かあったら』

二番隊の隊部屋の前で、月明かりの下、永倉は数馬の文を広げていた。

 

『俺に何かあったときは、祐と新之助を頼む。新之助は立派な武士になれるように取り計らってくれ。そして祐の事を幸せにしてやってくれないだろうか』

 

「……馬鹿野郎が。幸せにしてぇんなら手前の力で幸せにすりゃよかったじゃねぇか」

ぼそりと呟いた永倉は、廊下から足を踏み出すと目の前の庭にその文を差し出して、背後に置いていた手蜀の火で文に火をつけた。

またたく間に燃え上がった文はすぐに灰となって手の中から落ちて夜風に舞った。

背後に人の気配を感じた永倉が振り返ると、ぐい飲みを手にした原田が難しい顔をしたまま、ぐい飲みの一つを永倉に差しだす。

「ああ、左之にも迷惑かけてすまなかったな」
「……迷惑じぇねぇよ」
「いや、俺が勝手に……」

永倉の言葉を遮るように目の前に原田がぐい飲みを突き出した。どかっと廊下に座り込むと、着物を引っ張って永倉も目の前に座らせた。
もう片方の手にあった白鳥からなみなみとぐい飲みへと酒が注がれる。

「清めだ!」
「左之……」

もう一つのぐい飲みにもたっぷりと酒を注いだ原田がぐい飲みを手にして差し出した。それに応えるように、永倉もぐい飲みを手に取った。軽く当てる真似だけをして互いに口元へと運ぶ。

「馬鹿野郎。次は俺にいの一番に相談しやがれ」
「すまねぇ」
「いや、絶対許さねえ」

間髪いれない答えにふっと息を吐いた永倉は目を伏せてじっと何かを思っていたようだ。しばらくして、ぐい飲みの酒を原田が開ける頃、ぼそりと永倉が呟いた。

「やっぱ、しゃあねぇか」

そういうと、黙って二人は酒を酌み交わした。
後日、新之助は改めて永倉と近藤に預けられることになり、永倉が祐の住まう家へと向かうともうすでにそこには誰も住んではいなかった。
新之助には、心配しなくていいとだけ言伝があって、素直に新之助も母を探さなかった。

そして……。

 

馴染みの茶屋に上がった永倉のところに、妓が一人やって来た。

「小常と申します。どうぞよろしゅうに」

 

その後、新之助は小姓から二番隊へと配属替えになり、永倉についてまわりよく働くようになる。

 

『ありがとう。新八』

永倉の夢の中で亡き友が囁いて行った。

 

– 終わり –