ひとすじ 6

〜はじめのつぶやき〜
何だろう、主人公じゃないのに、べたべたしてる人をかいてしまうのはやはりサガなのだろうか

BGM:B’z    Don’t wanna lie
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セイが賄いの小者達が用意してくれたお櫃を手にすると、膳を抱えようとした新之助の手を止めて、膳をもう一つ重ねて置いた。
確かに、目の前に二つ置かれた膳に次の者のための用意だと思い込んでいた新之助は、なぜセイが膳を二つ持たせたのかわからなくて目をぱちくりとして不思議そうな顔をむけた。

「神谷さんも夕餉をご一緒されるんですか?」
「は?ああ、コレですか?コレはそちらにおいでの方の分ですよ」

くすっと笑ったセイが二人の背後の方を指で示すと、そこに立っている総司の姿にぶつかった。

「え?えぇ~?!沖田先生いつの間にいらっしゃったんですか?それに、いつの間に副長とご一緒に夕餉をとられることになったんですか?」

入り口で肩をすくめて、ばれてましたか、と呟いた総司と目の前で聞こえないように当たり前です、と呟いたセイに何度も二人の顔を見比べてしまった。せめて言っておいてくれればと頬を染めた新之助に小者が口を挟んだ。

「なんや、笠井はん、沖田先生と神谷はんの間にはなかなか割り込まれまへんで」
「なっ、何を言うんですか!だって、あそこに立って、私の分も用意してくださいってまんまんの姿で立たれたら誰だってわかりますよ」

小者の茶々に今度はセイのほうが赤くなった。総司のほうを振り返らないように後ろを指していたセイの指に、総司がぱくっと食いついた。

「ぎゃっ!!」
「ひどいなぁ。神谷さん。人を指差すもんじゃありませんよ。それに私が土方さんとご飯を食べるのがそんなにいけませんか?」

人差し指を食べられた上に指の腹の方を舌先でぺろりと舐められたセイが、どす黒いほどに赤くなると、セイの代わりに総司がお櫃を持ち上げた。

「じゃあ、笠井さんおねがいしますね。神谷さんはお茶をお願いします」

ニコニコと新之助を促すとさっさと総司が立ち上がって、賄いから出て行く。新之助はその後に続いて、相変わらずの二人の姿に小者達と一緒に笑っていいのか、セイをかばっていのかわからなくて結局、そのままお膳を二つ抱えるて賄いを出て行った。

廊下を歩きながら総司は新之助に話しかけた。

「笠井さんは無外流を学ばれたんですよね。幼い頃から心を決めていらしたんですか?」
「そんな大層なことではないんです。通うことができた道場がそこだけだったんですよ。剣流への思い入れもございませんでした。母が縁を頼ってくださって三浦先生に師事させていただいたんです」
「そうですか」

廊下をすたすたと進む総司に続いて新之助が歩いていく。
副長室へと足を踏み入れると、土方がまた来やがった、と呟いた。

「ひどいじゃないですか~。土方さんが寂しいんじゃないかなぁと思って私はですね」
「うるせぇ。鬱陶しいんだよ、てめぇは」

ばっさりと言い切られていても、それは土方流の照れ隠しであって、総司がこうして一緒に夕餉を取るなどとしないと、なかなか息抜きも切り替えもできないほどに仕事漬けの土方である。
総司がそれを見越していることもしゃくに障るのか、出て行けと言い放って邪魔にするのだ。もちろん、聞いている総司は出て行こうとしない。

新之助に膳を用意させて、土方が向き直るのを待っているとセイがあらわれた。お茶を用意するだけにしては、少し遅い登場に総司が顔を上げると、見慣れた困り顔のセイと目が合った。
ふ、と軽く口元を緩めた総司は、新之助が飯をよそっているのを見ながら口を開いた。

「土方さんは、働きすぎなんですってば。大体、土方さんが休まないと神谷さんも笠井さんもお休みがとれないじゃないですか」
「ああ?俺は構わんぞ。お前らは好きな時に休め」
「えー、そんなこと言われても休めないですよねぇ?神谷さんだってもう一月以上休みなしですよ?」

新之助は合間合間に1日、半日、と休みを貰っていたが確かにセイはほぼ不休といえた。
何の疑いもなく新之助がその話題に参加する。

「そうでしたね。私のためにずっとついていてくださいましたから。どうぞ神谷さんもお休みください」

膳の上を整えた新之助が、まるでセイのようにちょん、と給仕位置に陣取ると、お茶の盆を新之助の後ろへと差し出したセイは、身の置き所がなくなる。
ん?と無邪気な顔を向けた総司に、渋々とセイが頷いた。

「それでは明日からお休みをいただいてよろしいでしょうか」
「好きにしろ。たった今からでもいいぞ。どうせコイツがうるさく張り付いているし、笠井もいるしな」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

土方や新之助には気づかれないように、ぱちんと片目を瞑って見せた総司にうっと視線を逸らしたセイは、そそくさと小部屋へと支度にむかった。

「さ、ご飯食べましょうよ~。土方さん」
「ふん。きりのいいところまでな」
「え~、ご飯冷めちゃいますよぅ!」

抗議の声を上げる総司の子供っぽい印象に新之助は目を丸くしながら、笑いを堪えきれずに口元を手で覆った。
さすがに今なら新之助にもよくわかる。

「もう少しだけかかるって言ってんだ。気にいらねぇなら少し外へ出て行ってもいいぞ」

セイを送って行きたい総司の心中を見透かしたのか、ちらりと視線を向けた土方にバツの悪そうな顔をした総司がぶつぶつと文句を言った。今日のところは飯の共と見送りで引き分けというところだ。

「まったく、土方さんてばイケズなんだから。じゃあ、ちょっとしてから戻りますね」

新之助に後を頼んで、総司は大股で部屋を出て行った。総司が出て行った直後に新之助はくすくすと笑い出しながら土方の背中に優しいですね、と小声で言った。
いつもなら何を言う!と怒鳴るところだが、ちらりと新之助を見ると土方はにやりと笑った。

 

小部屋で支度を整えたセイは急激に襲ってきた腹部の痛みとだるさに、無意識に眉間に皺を寄せてしゃがみこんでいた。自分を騙し騙し、のろのろと支度を整えたセイが小部屋を出てくると、廊下でセイを送るためにやってきた総司と行き会った。

「神谷さん。送っていきますよ」
「え、沖田先生。これからお食事ですよね?」
「だって、土方さんがきりのいいところまでっていうんですもん」

ぺろりと舌を見せた総司に反論する気力もなく頷いたセイはゆっくりと歩いて屯所から出て行った。
総司が提灯を手にして、あれやこれやと話しかける。

「あの笠井さんは本当に昔の神谷さんみたいですねぇ」
「そんなことはないと思いますけど。私よりも剣術の稽古も積んでいらっしゃいますし」
「いーえ、似てますよ。まるで子犬みたいに真っ直ぐなところがもう、神谷さんが男だったら本当にこんな感じだったんだろうなあって思いますよ」

静かに、それでも急ぎ足でお里のところへ向かいながら、セイはぼんやりとして集中力が急にそぎ落とされていくのを感じた。総司が話しかけることも、どこか上の空で耳に流れ込んでくる。

「ほら神谷さんが入隊してきた理由だってねぇ?」
「確かに、私は兄上の仇をとりたかったですけど……」

―― 新之助さんは父上ですから

うっかりとその先を言ってしまいそうになって、軽く息を吸い込んだセイは言葉を切った。
気づかれただろうか。
こういうときの総司は恐ろしいほどに鋭い。

動揺を隠してセイは歩みを変えないようにと顔を上げた先に、見慣れた姿を見つけた。

「あれ?永倉先生ですよね。お一人なんて珍しい」

いつも飲みに行くなら原田や藤堂がいっしょだったり、他の隊士と連れ立っていくことが多い。遊里に足を運ぶときでさえ、彼らはよく連れ立っていた。
それが今は一人で提灯をぶら下げており、いつものように懐手にもしていないようだった。

「本当だ。でも、原田さんはおうちに帰ってますしね。たまにはそういう日もあるんじゃないですか」

総司も珍しいとは思ったが、セイを送り届けて戻らなくてはならない。
お里の家まで来ると、三日後の夕方に迎えに来るといい置いて総司は帰っていった。

 

– 続く –