ひとすじ 5

〜はじめのつぶやき〜
何でも知ってるのはいいけど貧乏性ですよねぇ

BGM:B’z    Don’t wanna lie
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稽古が終ったあと、着替えを済ませた新之助は僅かな時間、休憩を貰っていた。
セイと二人の小姓を同じ部屋に置くことは手狭だという理由で、新之助の荷物は幹部棟の小部屋に置いてある。その部屋で、新之助は父の形見である大刀を目の前にしていた。

「父上。同じ出身、同じ剣流の者をこの三月ひたすら探し求めて参りました。幾人か、似たような境遇の方に出会いましたが、年や、父上を討てる立場を思えば、やはりあの方しかいないと思います」

静かに抜き身に向かって語りかけた新之助は、懐から懐紙を取り出して刀を手にした。

父と同門の剣士だった男。永倉新八。

「近いうちに必ずや事を問いただし、誠であった暁には必ず……っ!」

隊には私闘を禁ずる法度がある。しかし、武家の習いでもある仇打ちに対し、どのような判断が下されるのかは分からない。それでも、新之助は心に決めていた。今の世の中はもう、そんな真似をしてまで家を守る者も少なくなった。
仇を討ったからと言って、自分と母に戻る場所などないのだとしても。

その姿を部屋の外でセイは、そっと伺っていた。
新人隊士に監視の目が向くのは当然のことで、今回は小姓として参加を認められた新之助には、土方自らが逐一行動を見張っているのだと思っている。

しかし、セイの目には新之助がただの間者ではなく、理由があるように思えてならず、それ故、これまでの他の隊士達とは違って、あれこれと世話を焼き、面倒を見てきた。

薄々、そのわけが自分と同じように仇打ちにあることがわかると余計に庇ってやりたくなった。あの時、自分が総司に庇ってもらい、形は違えど、敵を討つことが叶ったように。

しかし、その相手が隊内いるとなれば、それだけでは済まなくなる。
仇打ちをさせてやりたいという気持ちと、相手が隊士であるならばそんなこと止めさせたいという気持ちが両方あって、セイは静かに小部屋の前から離れて、周囲を伺った。

他の誰かに聞かれてはならない。

セイがそう思ったのは正しかったが、それは皮肉にもセイが不在の折にこそ訪れる事になる。

全体稽古が終わった後、新之助が部屋で父の大刀へと誓いを繰り返していたのとほとんど同じ頃。
隊士棟の廊下の柱に寄りかかって座る永倉の姿があった。

刀を抱えて片膝を懐に引き寄せた姿は珍しくもその目の中に真剣な何かを思わせていた。

「よーう、ぱっつぁん。どしたよ?真面目腐った顔してよぅ?」

目の前に現れた原田がしゃがみこむと、永倉はまじまじと原田の顔を眺めてからくいくいっと指先で顔を寄せろと合図をした。
何か用なのかと顔を近づけた原田に永倉はにやりと笑った。

「ちょっと力内緒で力貸せよ。えれぇ別嬪の未亡人を落としてぇんだ」
「おっ、未亡人とはまたソソル響きじゃねぇか。いいぜ」

この手の話に原田はうってつけといえる。二つ返事で頷くと、委細は後でという言葉に疑うことなくひそひそと話し合った。

その後、しばらくして珍しくも文を書いた永倉から預かった原田は、日暮れと共に愛妻の待つ家へと帰っていった。

 

わずかの休憩の後、近藤の部屋で文の整理を手伝っていたセイは、夕刻、早めであれば灯りの用意をした方がよいかと思い、障子を開けて外を見た。

日暮れの空が赤々と燃えていて、ふと先程盗み聞いてしまった新之助の事を思い浮かべた。

―― 笠井さんのお父上の仇といっても、京に来て三年の笠井さんには……

セイは立場上、本人が語る身の上話以外の情報を持たない。幹部以上でなければ、各隊士の詳細な履歴などは知らないはずで、この場合、セイは土方なり総司なりに話すべきなのかもしれない。
だが、そうすれば新之助は間違いなく処断されてしまう。

少し前に隣の副長室に戻ったらしい新之助の姿がちらりと障子の影からのぞいていた。
新之助の姿から視線を外し、ため息をついて部屋に戻ると、近藤が筆を置いたところだった。

「神谷君、灯りだったらいいよ。もう今日はここでおわりにしよう」
「そうですか。じゃあ、お帰りのお支度をいたしますね」
「すまないね」

手早く着物を調えて、近藤が着替えをしている間にセイが文机の上を片付けた。
刀を手に部屋を出る近藤の見送りに出た後、灯りを手にして副長室へと戻る。まだ薄暗いままだった部屋の中は、セイの持ち込んだ灯りによって、部屋の中がぱぁっと明るさを取り戻した。

暗闇に慣れた目のためにそれほど芯を長くはしていないが、それでもやはり明るい。
振り返らなくとも土方には慣れたセイの気配ですぐにわかる。

「ああ、近藤さんは行ったのか」
「ええ。灯りをお持ちするのが遅くなってすみません」
「いや」

急に目の前が明るくなって顔を上げた土方はセイの姿を見てから、筆を置くと思い切り背を伸ばした。

「んあぁぁっ、まったく一日こんな仕事ばかりしてると疲れるぜ」
「少し早めに夕餉をお持ちしましょうか?」

そろそろ三月も過ぎて、呼吸が飲み込めてきた新之助はセイが灯りをもってきたのと入れ替わりに茶の道具を持って部屋を出ていた。

「神谷」
「はい?」
「どうだ?お前からみてアレは」

すぐに新之助についての問いかけだと理解したセイは、そうですねぇと口を開いた。

「気配りはまだまだのところもあるかもしれませんが、精一杯勤めていると思いますよ。局長や、副長のお手伝いができることが何より嬉しくて仕方がないみたいです」

素直に答えているが、それがすべてでもない。だが、長年の経験でそれを表に出さないこともだいぶ身についたセイは驚くほど真っ直ぐに土方をみつめて答えた。

何かを言いかけたものの、土方はわかったと答えて文机の上の書類を片付け始めた。
肩をすくめたセイは、新之助を手伝おうと賄いへと足を運んだ。

賄い所でよその隊の隊士と気安げに話している新之助を見てセイは先程のことが嘘のように思えた。
セイほどではないにせよ、あちこちの隊へも気後れなく顔を出し、見習いということもあって隊士達にそれなりに可愛がられている。
幾人かには懐いた様でたまに、一緒に茶を飲んだり酒に連れ出してもらって話し込んでいることもある。

一度、不思議になって聞いてみたことがあった。

「笠井さん、各隊のいろんな方をよくご存知ですね」
「そんなことはありません。ただ、たまたまです。父が元仙台藩と言っても私は国元へも行ったことがありませんから、北の方のお話を聞くのは懐かしい気がするんです」

控えめにそう答えた新之助が、実父の数馬と同じ出身ということを探り出しては、話しかけていたことをセイは知らない。
話しかけ、剣流を聞きだし、父を知っていたかをさりげなく問いかける。

数馬は、藩邸の道場で師範代クラスの腕前の持ち主だったために、数馬を知るものには事欠かないと思っていたのだが思うようには進まなかった。仮に、名前を知っていてもその腕前に聞き及んでいた程度でしかなかった。

「あ、神谷さん」
「笠井さん、副長のご膳の支度はできましたか?」
「申し訳ありません!ただいま」

慌てて膳の用意を整える姿もかつてのセイにそっくりで、周りでみていた隊士達の顔に笑みがこぼれた。
当然、セイは気がついていないのだろうが賄いへの入り口のところに寄りかかってセイと新之助の姿を微笑ましそうに眺めている総司の姿もいつもの光景に見えた。

 

– 続く –

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