白き梅綻ぶ 10

〜はじめの一言〜
総ちゃんがこんなところで登場です。やっぱり総ちゃんとセイちゃんは影響力があるんですねえ

BGM:AqureTimes  Velonica
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そんな蔵之介に、総司は困ったように苦笑いを浮かべた。

「そうですねぇ。そんなことになったら困っちゃうでしょうねぇ。でも、私はきっと隊を守るでしょう」
「迷わ……れないんですか?」

思ったよりもさらりと答えられて蔵之介は驚いた。総司は、いつものへらへらとした笑いで答えた。

「えぇ~?きっとすごく迷っちゃいますよ?」
「でも今、ものすごくあっさり答えられましたよね?」
「そうですねぇ。だって、きっとそんなことになったら、私が迷う前に、きっと神谷さんが”先生のことは私が守ります”って言ってくれると思ってますから」
「信じていらっしゃるんですね」
「まあ、長いつきあいですからね」

男同士、同じ隊士と、妻とでは違う。
だが、きっと信じるとはそういうことなのかもしれない。
もしタエが自分から離れて行くとしても、タエが生きて幸せならばそれでいい。蔵之介は素直にそう思えた。

「羨ましいですね。沖田先生と神谷さんは」
「えぇ?!そうですかぁ?そんなことはないですよ。男同士の私達なんか……。佐々木さんこそ、奥さんがいて羨ましい限りですよ」
「沖田先生は、嘘付きですね。そして優しい方だ」

佐々木はそう言うと、総司より先に神谷部屋を出た。手伝うためとはいえ、その部屋に踏み込んだことさえ無粋な気がする。

隊部屋に戻ると、永倉が戻っていた。永倉は戻った蔵之介に午後の巡察が二番隊になったことを告げながら、戻ってからずっと沈み込んでいる蔵之介の顔を覗き込んだ。

「お前、顔色悪いけど大丈夫か?嫁さんと頑張りすぎて寝不足かよ?」
「まさか。大丈夫ですよ。組長」

不思議なほど蔵之介は落ち着いていた。

「飯、食いましょうよ。組長」
「おう。昼飯にするか」

蔵之介は永倉を促して賄い所から昼餉を運んできた。永倉と差し向かいで膳に向いながら、蔵之介はひどく楽しげに昼餉を口にしている。

今、この一瞬を楽しもう。

―― 俺は生きて、五体満足で。どれほどの幸いの中に身を置いていただろう

迷わずにゆこう。

心が定まれば、心静かになれる。昼餉を終えると二番隊は巡察の準備に入った。隊士達がざわざわと支度を始めるる頃、永倉は幹部棟の神谷部屋に向かった。

「神谷、どうだ?いけるか?」

総司からセイがこの部屋で休んでいることはすでに聞いていた永倉は、その様子を心配しながら声をかけた。元より、一度巡察に出るだけでも疲労はあるのだ。

起き上がったセイの肩に手を置くと永倉はセイを連れて出発した。

 

 

「失礼。タエ殿、申し訳ないがこちらにおいでいただけるか」

昼を過ぎて、隣から声がかかった。タエと小夏はひそひそと何やら語らっていたが、その声を聞いて立ち上がった。

「何かご用でしょうか」

開けられた襖の間から隣室へ歩み出たタエに男が促した。それに従って座ったタエに、男は目の前に腰を下ろす。

「これから、タエ殿には同行していただく」
「何故でしょう。私はここにおればよいのではなかったのですか?」
「佐々木殿は、猶予を差し上げましたが思った以上に武士でいらっしゃるようだ。二日の期限などあってないようなもの。そのためには、一度タエ殿の姿を見ていただく」

タエが僅かに会話した時の、どこかで会話ができそうだった男とはすでに違っていた。冷たくタエを見据えると、顎で示して立ち上がった。逆らっても無駄なことは分かっている。
タエは男に続いて立ち上がると、背後から指示を受けながら歩くことになった。

途中でタエの前に男が一人、二人と遮るように歩きはじめた。二人とも、タエの目の前に割り込んだ際に一瞬後ろを振り返った。
その眼はタエを通り越して後ろを歩く男に向けられている。その視線で、タエは男たちが背後の男の仲間だということがすぐに分かった。

男たち三人に囲まれてタエは大通りに面した宿屋に入った。先に通りに面した部屋を押さえていたらしい男が出迎えて、二階に上がる。そのままタエは男たちに伴われて部屋に入った。

「ご足労でした」

自分を人質にしておきながら、このような移動にも労いの言葉をかけられるというのは気持ちのいいものではない。タエは答えずに、部屋の真ん中に立った。

「どういうことです?」
「こちらへ。表からよく見えるように」

タエを促して、開け放った障子の桟に腰をかけると共に来た男達三人は皆下に降りて行った。部屋を押さえていた男だけが部屋に残ってタエの背後に立つ。

「もう間もなく、新撰組が巡察でこの前の通りに来ます」
「……!」

タエは、思わず男を振り仰いだ。例え、新撰組が通ったとしても、こんな宿屋の二階ではわざわざ目を向けるわけもない。しかし、そんなタエの思いなど当然のように男は下の通りに目を向けたまま淡々と言った。

「問題ない。下に我らの仲間が立って合図を送る」

その言葉にタエが宿屋の下を覗き込むと、入口から少し離れた場所に先ほど降りて行った三人が立っている。まさに用意周到といえよう。

「私が佐々木にとって足手まといになるならば、私はいつでもこの身を始末しましょう」
「よしなさい。そのようなことを口にしても私達の行動を左右することはできない」
「あなた方の行動を左右するためではありません。それが私の、新撰組、二番隊佐々木蔵之介の妻であるということです」

通りを見据えたタエの言葉に、背後にいた男は一瞬、下に向けていた目をタエに向けた。巡察の刻限はもう間もなくだ。

大通りの角を曲がって隊列が現れる。先頭に永倉と島田が並び、その後ろに隊士達が隊列を組んで歩く。隊列の中には佐々木も加わっている。そして最後尾にセイがいる。

偽りなき想いの邂逅が近づいていた。

 

– 続く –

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