白き梅綻ぶ 11

〜はじめの一言〜
コメント書き替えずにあげちゃいました。苦しみは助けられてどうにかなるのではないのです。

BGM:AqureTimes  Velonica
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隊列にあって、佐々木は静かにその時を待っていた。その時が何なのか、蔵之介自身にも分からなかったが、必ず、何か時があると思っていた。

大通りを歩いていると、宿屋の前に浪人らしき男達が三人立っていた。浪人者に目を向けるのは新撰組の隊士ならば、習慣ともいえる。だが、蔵之介はその男の中に、タエを連れて行ったと告げに来た男の姿をみた。

周りの隊士達はちらりと視線を送っただけで、身なりも悪くない彼等のことは特に何をしているわけでもないために意識の外に追いやったようだが、蔵之 介だけは違った。男達が立っているのは宿屋の前である。蔵之介はその宿屋に目を向けると、通りに面した二階が大きく開け放たれていて、人影があった。

―― タエ……!

窓の桟に腰を掛けて下を見ていたタエと蔵之介は目があった。
タエは、蔵之介に向かって手を合わせた。

ただ、それだけだった。

すぐにタエの姿はその背後に立っていた男に引っ張られて部屋の中へ消えて、二階の障子も閉められた。蔵之介には、タエが何を伝えたかったのかわからなかったが、拝むようにあわせた手の動きとむき出しの懐剣だけはひどく鮮明に見えた。

機械のように隊列に従って歩いて行くと、大通りを切れて市中から外れる。佐々木は、周りを歩く人々が減ったところで永倉の元へ歩み出た。
やはり、自分にはタエを人質に取られていても、幹部を襲うことなどできない。

「永倉先生」

先頭まで追いついた蔵之介が永倉を呼び止めて、隊列が何事かと歩みを止める前に、すでに最後を歩いていたセイが駆け出してくる。

「組長、申し訳ありません!」

セイの動きを知覚するより先に、永倉の目の前に膝をついた蔵之介は素早く脇差を抜いて着物の袷を引いた。その動きに永倉が反応するより早く、セイが自分の脇差を鞘ごと腰から引き抜いて、蔵之介の脇差を邪魔した。

間に合わなかった、という思いと助かるかも知れぬ、という思いが瞬間、蔵之介の脳裏を錯綜した。

「まだ終わりじゃありません!!」

強くセイの声が響いて、次々に伸ばされた腕に抑え込まれた。誰かの腕を掠めた脇差は、蔵之介の腰から大刀と共に鞘を抜かれ、納められた。
肩と腕を強く押さえつけられた蔵之介の目の前にセイがしゃがみこんだ。

「佐々木さん!」

蔵之介には、セイが何を知っているのかはわからないまでも、こうして邪魔をする理由があるのかと言いたかった。セイ一人にタエを助ける術などあるはずもない。そして、自分は、タエは無事に救い出されたとしてもおそらく切腹になるだろう。

「無理だ!もう妻は覚悟をしている」

自嘲気味に吐き出した言葉に言い返そうとしたセイの肩を永倉が引いた。背後に立った永倉にセイは立ち上がって場所を移る。

がっ!!

目の前にかがみこんだ永倉と目を合わせることもできずに顔を伏せた蔵之介をすさまじい音をさせて思い切り永倉が殴り飛ばした。その時ばかりは抑え込まれていた腕さえ弾き飛ばすような勢いで、蔵之介は横向きに転がった。

「馬鹿野郎」

吐き捨てるように言った永倉の言葉に、鋭い痛みが混じる。一言、相談してくれれば悪いようには決してしなかったのに。
何があったとしても、ついてくる者を裏切ることはしないというのに。

「なぜ俺に言わなかった!」

蔵之介を殴った永倉の拳が震えていた。蔵之介が縋るように吐き出した、タエを奴らに、という言葉だけで永倉もセイも他の隊士達にも十分だった。
誰も手を出せずにいると、永倉が蔵之介の腕を掴んで立ち上がらせた。真っ直ぐに蔵之介の目を覗き込んで、低く告げる。

「隊列に戻れ。そして何もなかったようにしていろ。悪いようにはしねぇ」

そういうと、セイを含めた他の者たちにも隊列を取るように指示した。島田がすぐに隊列を立て直すと、黙って永倉に頭を下げる。
唇を噛み、それでも隊列に戻った蔵之介に、他の者たちは視線を向けようとはしなかった。数少ない妻帯者である蔵之介の妻、タエは時々、頼まれて皆の着物を 仕立てており、二番隊の中では、直接会ったことはなくても皆が知っている。それだけに、皆が腸が煮える思いで残りの巡察をこなした。

屯所に戻ると、永倉は島田に蔵之介を他の隊士と共に見張らせた。黙り込んで弁明の一つも口にしない蔵之介に、永倉も何も言葉をかけはしない。
副長室で土方に報告した後、島田に言い付けて蔵之介をすでに他の隊士達を隔離してある蔵込めにした。

蔵の中には、一番隊の濱口、三番隊の牧野の姿もあった。

「佐々木さん!」

蔵に入った蔵之介に牧野が駆け寄ってきて、泣きぬれた顔で詫びを口にした。

「すみません!すみません!私のせいで……。申し訳ありません!」

他の隊の者たちも、その顔に苦渋を滲ませてお互いを見ないようにしている。泣きながら詫びる牧野を、蔵之介は片腕で押しのけた。

 

その頃、土方からタエの奪還を指示された監察の者は、密かに屯所を抜け出すと監察方が今、足場にしている古着屋に向かった。屯所内にも敵と通じている者達がいるとわかった時点で、屯所の監察部屋は形だけになり、中心となったのはこの古着屋である。
古着屋であれば、新撰組の隊士が出入りしていても不審には思われない。

「山崎さん、おいでになりますか?」

裏から古着屋に入った尾形は、古着屋の二階にいた山崎に土方からの指示を伝えた。

「二番隊の今日の巡察路は?」
「これに」

土方から巡察路の地図を預かって来ている。目の前に広げると、山崎は指で順路を追った。赤く印がついているのは蔵之介が切腹しようとした場所だ。そ こから遡ると大通りを抜けて、町屋の間も通っている。何か、または人質になったタエ自身を見かけたとすれば、町屋よりは店、宿屋などだろう。大通りには通 りを歩くものから目に触れる店、宿屋、揚屋の類を次々と印をつけていく。

「何人回せる?」
「私を入れて下に二人戻ってます」
「よし、俺も行く」

山崎はそういうと、下にいた監察の者を上に呼んだ。分担を決めるとすぐにそれぞれが表と裏から飛び出していく。すでに残りの巡察と土方への報告の時間を思えば、急がないと場所を移されてしまう。それからでは後を追うのが大変になる。

他の人質の奪還も含めて、時間との勝負だった。

 

– 続く –