白き梅綻ぶ 9
〜はじめの一言〜
どっちにも決められないってあるのかなぁ
BGM:AqureTimes Velonica
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同じ男の手によって、夕餉が運ばれてきて、タエと小夏は膳に向かった。並べられたものを見ると、どこかの料亭から運ばせたもののようだ。この家自体、仮住まいで男達も寝起きの度に全員がそろっているわけでもないようだ。
器も綺麗なもので盛り付けも美しく、こんな時でも女子には心を解す作用があった。
「このような料理、滅多に頂いたことなどありません。小夏さんはお座敷に上がれば目にすることも多いのではありませんか?」
「いいえ、私などはそのような座敷には滅多に……。ほとんどが酒肴のお支度ばかりですから」
「そう。……浅ましい者だと笑われるかもしれませんね。こんな時に頂いたお料理に喜んでいるなんて」
タエが自嘲気味に笑ったのを小夏はどこかで憐れんでいた。小夏は、自分のような者のために、牧野が敵の脅しに乗り、危険を犯してくれた。それが嬉しくて仕方がない。
小夏にとっては、剣術も強くない牧野が無理して新撰組にいなくてもいいのだ。
しかし、佐々木はそうはいかないだろう。腕が立つということはそれだけ剣の道に生きている、そして、新撰組という誠に生きている。そんな佐々木が容易にタエのために隊を裏切ることができるだろうか。
そして、それはタエも充分分かっているのだろう。
自分がいれば夫の妨げになるならば。
まだ逃げることを諦めてはいないだろうが、いざとなればいつでも覚悟は決められる。
それだけに、夕餉一つで、自嘲気味ではあっても楽しめるのだろう。
「奥方様は、お強いお方ですね」
唐突に小夏が言ったので、タエはふと顔を上げてから箸を置くと、膝の上に手を当てて半分ほど目を伏せた。
「強くなどはありません。弱いからこそ、他にできることがないのですわ」
そういうと、祖父に育てられたこと、佐々木の妻となってからもこんな風に命を削るような武士の生き方など身近なものだとは思っていなかったこと。
「みっともないでしょう?蔵之介様が刀を振るっていらっしゃるお姿をみて、私は恐ろしいと思ってしまったのです。そして、それが当たり前だと思っていらっしゃる姿をみて、私の知る蔵之介様とは思えなかった」
「それは、奥方様がそのような環境にお育ちにならなかったのですから、奥方様が悪いわけではないと思います」
「いいえ。それでも私は武家の女として育てられた。けれど、結局はこうなのです。蔵之介様が信じてくれとおっしゃったときに、私はそれでも共にと言いました。でも、それは他に生きていく道を知らないからだけなのです。私は浅ましく醜い……」
なぜか嬉しそうに微笑んだタエは、再び箸を手にした。小夏にはその微笑みが、蔵之介がタエのために脅しに乗ることだと思った。
夕餉が済むと、先ほどの男がやってきて膳を下げると、二人のいる部屋の押し入れから布団を引き延べた。
「お二人にはここで休んでいただきます。もちろん、隣の部屋には私か、他の者がいますから逃げようなどとはなさらないことです」
淡々と告げる男が常に隣にいるのかと思ったが、小夏によれば昨日は別の男がいたらしい。
この状態では、上等な待遇だろうが、夜着に着替えることはできないためそのまま二人は横になることにした。体を横にすれば、精神的な疲労が一気に押し寄せてくる。
「奥方様、今は休めるときに休みましょう」
「そうですね。おやすみなさい、小夏さん」
「おやすみなさいませ」
囁きは高い天井に溶けて、薄暗い部屋の中は静かになった。
翌朝、一睡もせずに蔵之介が朝を迎えた頃、タエは目を覚ましていた。まだ眠っている小夏を起こさないように、静かに自分の分の布団を畳むと、静かに隣の部屋への襖を開けた。
「もう起きたのですか?」
「はい。手水をお借りしたいのですが」
「こちらへ」
腕を組んで座っていた男は、目を閉じていたので眠っているのかと思ったが、タエが襖を開けた後、すぐに目を開けた。男は、タエを厠に案内すると、台所の片隅で桶に水を汲んだ。
タエが戻ってくると、桶を示して手拭を渡した。厠の脇には手を洗う場所があるが、男が用意したのは顔を洗うための桶である。
ありがとうございます、と小さく頭を下げてからタエは冷たい水に手拭を浸して顔を拭った。
ことん、と湯呑に冷たい水を汲んでその傍に置く。男はそうしたことをすることに慣れているのだろう。おそらく仕えていたものがいたのか、人の世話をすることに慣れている気がした。
こくりと、水を飲み下すと、タエは頭を下げて自分から部屋に戻った。部屋に戻る直前、タエは男を振り返った。
「随分、人の世話をすることに慣れていらっしゃるのですね」
「このような非道な真似をすることだけに慣れているわけではない。我々には、われわれの志がある」
「志のためならば、このような真似をしてもよいと?」
「間違わないでほしい。志の為だからこのような非道な真似もできるのだ」
背を向けた男に向って、最後にタエは問いかけた。
「貴方の、本当のお名前は何とおっしゃるのですか?」
市川と名乗っていたのは、おそらく偽名だろう。タエの質問に真摯に答えた男に、問いかけてみたくなったのだ。男はタエの顔を見た。
「妻女殿に名乗れる名などありません。さあ、後ほど朝餉をお持ちしますので、それまでは中へ」
促されて、タエは部屋の中へ戻った。明かりとりの欄間以外は光の入らぬ部屋の中で、消えた行燈の芯を取り変えて火を付けた。小夏が眩しくないように、覆いをかけて部屋の中で座る。
屯所に戻った後、賄いで朝餉をもらった蔵之介は、何とかものを腹に収めると、刀の手入れを始めた。大刀だけでなく、脇差も同様に手入れをすると、丁寧に片づけた。
『新撰組の幹部を襲え』
廊下に出た蔵之介は昼の時間にはまだ早いのに、膳を運ぶ総司の姿を見かけた。
「沖田先生、お持ちしましょうか?」
「ああ、佐々木さん。大丈夫ですよ」
「どうされたんですか?まだ昼には早いですが……」
くすっと悪戯でもみつかったかのように笑った総司が、内緒ですよ、と言って歩いて行く。そのまま佐々木は後をついて、幹部棟に向かい、通称神谷部屋の前まで来て総司の目的がこの部屋だと察すると、すぐに前に出て障子を開けた。
「ありがとう、佐々木さん」
そういうと、総司は膳を置いて上に乗った手拭を直して掛け直すと、今度は押し入れから布団を出し始めた。
「私がしましょう」
蔵之介はそう言うと、総司の代わりに布団を敷いた。終えて振りかえると、総司が膳の脇に盆をおいて、膳の上から湯呑だけをそこに移した。その脇には懐から出した紙にくるんだ干菓子をそっと置いている。
「……神谷のためですね」
「……どんなにひどい怪我でも、無理する人がいるんですよ」
蔵之介はそう言った総司の顔がひどく優しくて、微かに息を飲んだ。腕を組んで袂に手を入れた総司が、部屋を見渡して満足そうにしている。
「皆、大なり小なり無理をするんですけど、あの人のは本当に無茶なところまでするので、放っておけないんです」
「……沖田先生、……は……隊と神谷を守ることのどちらかを選べと言われたらどうしますか?」
思わず蔵之介は総司に向かって問いかけてしまった。これだけセイを大事にしている人ならどうするのだろうと、聞いてみたかった。
– 続く –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…