仏の霍乱 中編

〜はじめの一言〜
プチタラシ祭り?!ってかんじですね。今回は斎藤さんです。
BGM:ROCK’A’TRENCH My SunShine
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「ですから!斎藤先生が揚屋に行ったまま、具合を悪くされたと言って使いが来たんですよ」
「何でまた……。アイツ、具合が悪いのに女のところに行ったのかよ?」
「そーいう問題ですか?身動きできないっていう知らせが着てるんですよ?そのまま今日は揚屋で面倒見ていただきますか?」

ふむ、と腕を組んだ土方は、少し考えてからセイに様子を見に行くように言った。

「本当に具合が悪いならそのままそこで休ませろ。医者を呼んでもいい。身動きできるようになったら屯所に移らせればいい」
「わかりました。それではすぐに行って参ります」

ようやく指示らしい指示に頷いたセイは、すぐに支度をして揚屋に向かった。小さな風呂敷に念のためいくつか薬と、三番隊の隊部屋から斎藤の着替えを包んで持って行った。

「すみません、新撰組の神谷と申しますが」

揚屋で名乗るとすぐに女将が心得顔で応対に出た。セイは刀を預けると、すぐに案内によって斎藤が休んでいる部屋に通された。

「あのう……」
「はい?」

部屋の奥で斎藤の様子を見ていた安芸が人の気配を察して手前の部屋に出てきた。セイが荷物を手に部屋を覗きこんだところで安芸と目があった。

「あら。もしかして神谷様ですね?」
「はい。あの、貴女は?」
「失礼いたしました。安芸と申します。さあ、お入りくださいませ。ちょうど今斎藤先生はお休みになっておりますの」

安芸に招き入れられたセイは、部屋に入ると斎藤の眠る姿を目にして軽く指差した。

「斎藤先生の具合はどのような……?」
「とても熱が高うございましたの。急ぎ、店にありました風邪薬をお飲みいただいて今は休んでいただいてますわ」
「そうですか。様子を見せていただいてもいいでしょうか?」
「もちろんですとも。神谷様は隊の中ではお医者様の代わりをなさっているんでしたわね」

安芸がきれいな仕草でセイから荷物を受け取ると、奥へ案内する。セイは、安芸がセイのことを知っていることに驚いたものの、今は斎藤だ。
手拭を外して触れると、ひどく熱い。セイがそうっと両手で斎藤の耳の後ろから首筋にかけて手を当てた。少しだけ耳の付け根あたりが腫れている気がする。そして鎖骨の辺りに触れると呼吸がひどく辛そうなことが分かる。

むぅ、と土方のように眉間にしわを寄せたセイは、そうっと手拭を濡らして額に乗せなおした。

枕元に置かれた頓服の包をみて、安芸が飲ませた風邪薬を確認する。

「斎藤先生は何か飲まれていましたか?」
「ええ、初めはお酒を少し。それでもいつもの斎藤先生からしたら舐めるようにほんの少ぉしだけですわ」
「そうですか。耳の付け根が少し腫れているようなので、熱はここからでしょう。今夜はこのままこちらでお世話にならせていただいてもよろしいでしょうか」

セイが斎藤の傍から離れて安芸にそういうと、もちろんだと安芸がにっこりと微笑んだ。
安芸にとっては噂に名高いセイと話ができる良い機会でもある。セイを隣の部屋に呼んだ安芸は、セイのために熱い茶を入れた。

「こんな時とはいえ、神谷様にお目にかかれて嬉しゅうございますわ」
「はぁ……」

セイにとってはこれだけ興味津津にみられるのがわからない。若干、怯えさえ感じながらセイが茶に呼ばれると安芸がまじまじとセイを観察し始めた。
普段ならそんな不躾なことはしないのだが、安芸にとって、セイはほぼ珍しい子犬同然であり、斎藤の想い人であり。

「あ、あの……私の顔に何かついてますか?」
「いいえ。ただ、もう私、神谷様にお会いできて嬉しくて堪らないのですわ」

安芸の興奮ぶりは、セイからするとこんなきれいな人がなぜ?!という姿で、ますますセイを怯えさせた。

「本当は、一晩でも神谷様と一緒にお話しさせていただきたかったんですけど、実は今日はこの後にお座敷が一つあるんです」

ひどく残念そうな顔をした安芸にどこかほっとしたセイは、そうですか、と安堵の笑みを浮かべかけて再び頬をひきつらせた。
安芸がわざと一呼吸おいてから告げたのは、その座敷をこの同じ揚屋に変えてもらったということだった。

「ほな、少ぉしだけお座敷に行ってきますから」

一瞬前の残念そうな顔から、満面の笑顔に変わった安芸が、軽く手をついてからすばやく部屋を出て行ってしまった。
安芸のこの後に控えていた座敷は、本来の仕事のほうの客であり、そのついではいくらでも断りようがある。一旦、女将の部屋を借りて、化粧や着物を整えると、次の席へと向かった。

セイは安芸の本当の姿を知らないだけに、なぜ少しで済むのかも、座敷がそんな簡単に変えられるのかもわからない。あっさりと出て行った安芸に呆気にとられたセイは、熱い茶を目の前にしてぼーっとしてしまった。

―― ものすごくきれいな人で、斎藤先生にはお似合いだけど

きれいな人にはそれなりの態度をとってほしいものだ、と思い直す。あれだけきれいなくせに、目を輝かせてセイを見る目は伊東の土方を見る目に近くて、はっきり言えば変態かと怯えてしまった。

ふう、と嵐が去った余韻が抜けると、セイは再び斎藤の傍に近づいた。温くなってしまった手拭を取り替えて、冷たい水に浸した後のひんやりとした手拭が額に乗せられると、うっすらと斎藤が目を開いた。

「……?なぜお前がここにいる?」

視界に安芸の姿が入るはずのところにセイがいたので、腫れぼったい瞼を押し上げた斎藤は僅かに顔を横に向けてセイを見上げた。
乱れた髪を撫でつけながらセイは、斎藤の顔を覗きこんだ。

「安芸さんから屯所に知らせが来たんです。斎藤先生が具合が悪いからって。それで、副長に言われて様子を見に来たんです。斎藤先生、この辺りが痛むんじゃありませんか?」

そういうと、セイは斎藤の両の頬の下側に触れた。僅かに膨らんでいる辺りを軽く指の腹で押すと、痛みに斎藤が顔をしかめた。

「喉の奥か、耳の奥が炎症を起こしているんですよ。お風邪からか、疲れからかわかりませんが、今夜は熱が高いと思います」
「そうか……。人にうつらないなら屯所にもどってもかまわんだろう」

いつもよりもゆっくり、もったりとしかしゃべれない事に自覚がない斎藤はまだ門限になったら屯所に戻るつもりでいた。とんでもないとばかりに、セイが首を振った。

「駄目です!副長にも言われてきましたが、起きあがって動けるならですけどこの熱の高さじゃ屯所に戻るなんて無理です。今日はこちらに泊っていただきます」

きっぱりしたセイの口ぶりに、自分ではいつもと変わらないつもりの斎藤は、安芸を今日は通しでは頼めなかったことを思い出していた。この後に一つ座敷があると言っていたはずだ。
斎藤だけが泊っていく分には困らないだろうが、誰も面倒を見てくれるわけでもないし、それならば屯所に戻っても同じだと思っていた。

「あとで、ひとっ走りして副長には斎藤先生の様子をお伝えしてきます。安芸さんがお座敷だとおっしゃるので、私もこちらで斎藤先生についてますから」

セイは、そういうと斎藤の額の手拭を裏返してぐいっと目の上まで下した。
熱で赤くなった顔に腫れぼったい瞼はみている方が苦しくなってくる。

「……む。それでは顔が見えないが」
「何をおっしゃってるんですか!目を閉じてお休みになってください」
「アンタに面倒を見てもらうことになるなんて貴重な機会を無駄にできるか」

熱のせいなのか、素で呟いた斎藤が布団の中から片手を出すとセイの手を掴んだ。握手のように手を掴むと軽く引き寄せて、顔の脇まで持って行った。
急な行動に驚くよりその手の熱さに渋い顔になったセイに、手拭の下から斎藤がくぐもった声で呟いた。

「もう少しでいい。このまま傍にいてくれ」

確かに聞こえてはいたものの、それが何を意味するのか理解するまでに時間がかかった。
セイが動きもせずに反応もしないので、不審に思った斎藤がもう片方の手で手拭を押し上げると、セイが小首を傾げて斎藤の顔を眺めていた。

 

– 続く –