ほんの些細な出来事 5

〜はじめの一言〜
今回は兄上に軍配かなぁ?

BGM:嵐 One Love
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セイが立ち上がって、隊部屋へ向かって歩いてくるのを見ると急いで総司は辺りをみて素早く縁の下に身を隠した。

きし、とわずかな音を立てて隊部屋へ帰っていくセイをやり過ごした後、身軽に廊下の上へと戻る。

「……」

足の裏についた砂を、交互に擦り合わせて落とすと、着物を直して腕を組んだ。総司は、すっとセイが去ったのとは逆の、斉藤がいる方へと歩き出した。すでに総司がいることには気づいていた斉藤は、傍にある柱に寄りかかって、歩いてくる総司の方へと顔を向けた。

「なんだ」

無言で歩いてきた総司は何も言わずに斉藤の傍に座った。
珍しく本気でむっとしているらしい。面白くなった斉藤がわざわざその不満そうな顔を指摘する。

「不機嫌そうだな」
「……不機嫌ですよ」
「……ふ」

よほど不満だったらしく素直に応える総司が斉藤の溜飲をさげたのか、ふん、と鼻先で笑った。恨めしそうな顔で総司が斉藤の顔を睨む。

「面白いですか」
「面白いな」
「斉藤さんってほんっとうに」
「本当になんだ」

意地が悪い。

そういうのは簡単だったが、初めに白旗ありきで話をするほど総司も悔しさを捨て切れてはいない。
ぐっ、と奥歯を噛みしめた総司が大きく息を吸い込んでから吐きだした。
視線を落として、俯いた総司が口を開く。

「……同い年のくせに、どうしてそう落ち着いてて、頭がよくて、腹が立つくらい腕もよくて」

さすがにそこまで言われると、斉藤も不気味になってきて眉を顰めると総司を見た。
じいっと黙って続きを言わない総司に、じりじりと待っているのも尻のあたりがムズムズとしてくる。おい、と斉藤はその肩に手をかけそうになった。

「斉藤さんって!!」
「うわっ!!」

いきなり顔を上げた総司がうるうると涙目で斉藤にがばっと抱きつ驚いた。思いきり抱き着かれた斉藤が気色の悪さに青ざめて後ろの柱に張り付いた。

「悔しく腹が立つくらいどうしようもなく格好良くて大好きですっ!!」
「ばっ!!馬鹿っ!やめろっ、気色の悪いっ!!」
「だって大好きなんですよっ!!カッコいい!!もうっ」

逃げてもしつこいくらい、むぎゅっと抱きついてくる総司を慌てた斉藤が引きはがそうとしてもがく。じたばたと暴れた斉藤はそれでも離れない総司にぐったりと倒れ込んだ。

斉藤に抱き着いたまま、総司は一緒に床の上に倒れ込む。見ようみよっては土方ならば鳥肌を立てて飛び上りそうな光景だが、ぐったりとそれぞれが違う思いで抱き合ったまま倒れ込んでいる。

「……」
「……私じゃ駄目なんですねぇ。私じゃ、あんな風に聞いてあげることはできませんでしたから」

しばらくして、ずるずると這いあがる様に腕を離して起き上がった総司がそのまま斉藤の隣に転がった。
どれほど手を差し伸べたくとも届かないこともある。

時にそれが歯がゆくて、情けなくて、総司を苛立たせた。

―― 誰も惚れた相手に自分が無様だと思うことを言いたくはないだろう……と、言う事をわざわざ言ってやるほどお人よしではない

胸の内で呟いた斉藤は首の後ろで腕を組むと、あっさりと身を起こした。隣の大の字で倒れ込んでいる総司を、ぐぐっと足の先で押し出した。

「日頃からお前とは行いが違うからな」

転がされるままになっている総司を置いて立ち上がった斉藤は、その場を離れかけた。じっと身動きもせずに倒れ込んでいる総司にため息をついた。

「……ちっ」

踵を返して総司の元へと戻った斉藤は屈み込んで、目を閉じて落ち込んでいる総司の額を思い切り指で弾いた。

「いいっ!!……いった!斉藤さん、痛い!」
「馬鹿が。アイツの方がもっとましだぞ」
「えっ……」

赤くなった額を押さえた総司から離れて立ち上がった斉藤が白々と見下ろした。

「アレの方がもっとましだと言ったんだ。お前の方が年長だろうに何を情けないことを言ってる」
「……斉藤さん」

起き上がった総司が捨てられた犬のように斉藤を見上げると、斉藤はため息をついた。

「いつも通りに扱ってやれ。あれはあれなりに頑張っているんだろう?それを認めてやるのが俺達の役目だ」

あえて、俺達というところが斉藤のなけなしの意地といえる。いつも、悔しい思いをするところだが、今回は斉藤の方に分があったことも、珍しく総司を宥めている理由だ。

―― 俺にもまだ分があるとわかっただけでも良しとするか

斉藤の胸の内を知らない総司は、素直に顔を上げた。

「本当にそう思います?」

うるうると見上げてくる総司を、見ているとどうしても苛めたい気持ちの方が強くなる。けっ、と足蹴にした斉藤が隊部屋にすたすたと戻っていく。
一人残った総司は膝を抱えて月の影った夜空を仰いだ。

―― 誰のために笑って、誰のために悩んでいるんだか

知らなかった自分が嘘だと思うくらい今はこうして誰かの一挙一動に揺れてしまう。情けないが、それでも今は笑ってほしい。

「明日は笑ってくれますかね……」

セイが笑えるように。朝、目が覚めたらおはようと笑おうと、心に決めた総司はゆっくりと立ち上がった。

– 終わり –