夜天光 20

BGM:Celine Dion My heart will go on
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前奏が始まり、その音が違うことに理子は気がついた。
すぐ後ろのピアノからでている音ではない。

滑らかな音に、ざわりとした感触が混じる。

 

Every night in my dreams
I see you, I feel you,
That is how I know you go on

Far across the distance
And spaces between us
You have come to show you go on

 

歌い出した理子の背後で、もう一つのピアノが鳴り始める。
間接照明だけのギャラリーの中で時間が止まる。

連弾の音に泣きそうになる。

後奏のあたりで吉村の音が消えた。最後まで弾いた音は、その後ろから聞こえる。

 

「今日は、ヤケ酒かな」

藤堂が隣にいる歳也に囁いた。歳也はにやりと笑って囁き返した。

「同じ酒ならたまには可愛い女の子がいる店に行くか」
「やらしいなぁ。おじさんは」
「いいだろう、今日ぐらい。二人ともフラれたからな」

 

恭子は斎藤の腕に自分の腕を絡めた。斎藤がその腕を優しく握った。

―― 幸せになれ

斎藤は心の中で理子に呼びかける。
一筋縄ではいかないだろうが、それも今までの苦しみからすれば、まったく違うだろう。

 

 

裏に戻っだ理子はすでにピアノの前にいない人を探した。

肘までのロングの手袋をはずす。手首に残った掴まれた跡を隠していた手袋を放り出すと、ヒールを響かせて関係者用の出入り口に急ぐ。

スーツ姿の後姿を見つけた。

 

「また、置いて行くんですか」

前を歩く足が止まった。ゆっくりとその背中が振り返った。

「賭けをしたんです。貴女が気づいてくれるかを」
「昔も、そうやって私を試しましたね」
「小心者ですから、自分から謝りに行くのに140年も待たせたのでなかなかね」

振り返った総司がゆっくりと理子に向かって歩いてくる。理子の腕を取ると、その腕に残った跡に総司は口付けた。

「ごめんなさい」

理子は黙ったままその顔を見つめた。

「迎えに来るのが遅くなってごめんなさい」

総司が理子を見つめる。総司はあいた片方の手を理子の頬にあてた。

「置いて行ってごめんなさい」

目を伏せることなく、視線を合わせたままかすめるように唇を合わせる。

「許しません」
「え?」

離れた理子の唇から小さな言葉が聞こえた。聞き取れなくて総司が聞き返した。

 

「許したりなんてできません。だから、これから先の時間すべて、生まれ変わった未来まで全部私にください」

ふわりと総司が心の底からの笑みを浮かべた。

「私のすべてを貴女のために」

理子の細い腕が総司を引き寄せた。引き寄せられるままに総司は理子の細い体を抱き締めた。

 

―― やっと。

 

「神谷さん」
「もう泣かないんです。そう決めたんです」
「泣いてるじゃないですか。でもいいですよ。好きなだけ泣いても傍にいますから」

これから、ずっと。
これまでの全部を。
これからの全部を。

 

月のない夜も一つ一つの小さな光が届く、星夜光のように。

一つ一つ、一日一日の小さな出来事を積み重ねて、光りが溢れる明日へ。

 

 

 

– 終わり –

〜終わりの独り言〜
こういう終わりになりました。
二人にはもう愛してるという言葉じゃなくて、未来の時間すべての約束です。
長い時間苦しんだ分、永い甘々を過ごしてもらえるといいなーと、皆の想い全部を幸せにする二人であってほしいですね。

時々短編でも登場する予定です。なんせ、現代の総ちゃんは黒い人なので。
現代編の二人の生活をお楽しみに。