桜の木の下で 13

〜はじめのつぶやき〜
思いのほか長くなってしまった。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS 桜
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セイのためと自分に言い聞かせながら、何度も辛く当たり、追い出そうとした。

絶対に彼女が出て行かないことを知っていたから。

それに甘えて、何度もひどい言葉を浴びせかけた。もう二度と言葉を交わすことさえできなくなる前に、憎まれても自分を覚えていてほしい。

そんな思いだけが総司を突き動かしていたある日。
夜中の喀血に、そっと起き出して始末をつけた後、庭先で眺めていた桜の木は、まだ花芽が綻ぶのもうんと先だったが、総司の目にはその花が咲いた姿が目に浮かんだ。

月明かりの下で、咲き誇る桜の下にセイがいて、笑って自分を呼んでいる。

「神谷さ……っ!」

手を伸ばしかけてそれが幻想だと躓きかけた足が思い出させた。ふと、セイのためと自分をだまし続けることにさえ疲れた総司の脳裏にある考えが思い浮かんだ。

このまま彼女を置いて自分が消えたら、彼女はどうするだろうか。

追い腹を斬る?

いや、総司の最後を見届けることなくセイがそんなことをするはずがない。
この時代の混乱は、ただでさえ知る人のいない江戸で、姿を隠した自分を容易に探し出すことなどできないだろう。

どこまででもセイは自分を探すだろう。そして、姿を消した自分を恨んで、きっと生まれ変わってもその憎しみはセイを縛る。

あるべき姿さえ奪われた総司には、最後の最後に残った希望であり、夢であり、唯一の者。そのセイを深く求めるが故にたとえ、セイがどれだけ苦しむことになっても構わないとさえ思った。

そして。

歳也とともに、理子達と出会ってから記憶を取り戻した総司には、まだまだ想い出し切れていない部分がたくさんあった。
特に、セイを苦しめたはずの晩年は自分でも思い出したくない時期だったのか、ほとんど事象でしか覚えていなかったのに、一人、京都の街を歩いているうちに、本当に自分が何をしたのかを思い出した。

理子がセイを、自分を責める必要などありはしないのだ。
そうなるように仕向けた自分がいたのだから。土方さえ騙し、セイのためだと思い込ませて仕組んだ、自分が作り上げたのだ。

「軽蔑されても仕方がないと思います。でも、私には貴女が唯一の人で未来永劫、私に縛りつけたかった」

理子の頬から手を引いた総司は、体を起して正面から理子を見つめた。
その目に浮かんでいるはずの侮蔑の色を受け止めるつもりで。

「ひどいでしょう?貴女が恨むよりずっと、私の方が」

淡々とした総司の言葉に理子が目を丸くして総司を見返した。そこに浮かんでいるのは予想外のものだった。

「あ……」
「呆れました?」
「違う……。たぶん、私、それを知っていた気がします」

口元に手を当てた理子が一生懸命、脳裏を掠めた記憶を辿って呟いた言葉に今度は総司のほうが驚いた。

「知っていた?」
「ええ。手放せないから沖田先生がセイを捨てていくことで、ずっと探し続けるように、忘れずにいられるようにしたかったんじゃないかって。どこかでセイも 縛られたかったんじゃないかな。それも含めて、恨んだ気がします。一言、忘れないでって言ってくれれば、絶対に忘れなかったのに。気持ちを聞いてもくれな かったことを……」
「置いていったことを恨んでたんじゃないんですか……」

呆然とした総司がぽつりとそういうと、理子が総司の手に触れた。大きいが、昔のような鍛え上げたごつごつした手ではなくて、繊細な手が理子の手を包み込む。

「ありがとう。恨んでも、苦しめたのに覚えていてくれて」

ありがとう。
この人を変わらずにここまでたどり着かせてくれたすべてに、感謝したかった。

理子の顔に懐かしい笑みが浮かぶ。

「忘れられるわけないじゃないですか。私が」
「そうですね。そうしたのは私ですからね。そして、一緒にいてくれてありがとう」

もう一度、空に浮かぶ紅色の花を眺める。二人が同じ景色を見上げていても、想うことは違う。

「もう、……一緒にいてはいけませんか?」

理子はこれまで自分が大事な人を同じくらい恨んでいたことを思えば、それも仕方がないのかもしれないと思い始めていた。
総司の感謝の言葉が、これで終わりだということだと受け取った理子に、総司はこれ以上ないくらいの笑顔を向けた。

「だからね。すぐにそうやって、勘違いして、自分に厳しくて、そして、ずっと傍にいてくれると言った貴女と離れる自分なんか、考えられないんですよ。これからもね」

総司がそういうと、それまで総司の話に気を取られて周りに全く気がついていなかった二人の周りに現れていた一人がビジネスバックで総司の頭を殴り付けた。

「てめぇ、話が長ぇ!はなから別れる気も離れる気もないくせに何、恰好つけてうだうだ言ってんだ」
「おいおい。歳、少しは加減してやれよ」

べしゃっと前のめりに突っ伏した総司の背後に歳也と近藤が立っていた。驚く理子が顔を上げると、二人の後ろに彼らを連れてきた斎藤が藤堂と一緒に立っていた。

「いいんだよ。このくらいなんでもねぇ。なあ、わかったか?藤堂」

一人、一番機嫌が悪そうな藤堂ににやにやと意地の悪い顔で歳也が人指し指を上げた。苦笑いを浮かべた近藤が歳也の肩を叩いて、鞄をどけさせた。

「ほんとに恨みがこもってますってば!歳也さん!!」

頭を押さえた総司が情けなさそうな顔で歳也を見上げた。わけがわからなくて理子が皆の顔をかわるがわる見ていると、斎藤がゴツンと理子の頭に加減した拳を落とした。

「落ち着いて考える時間をくれという一橋さんに条件を出した。1週間で自分の気持ちに整理をつけること、お前に話をするときは一緒に話を聞かせること」
「そんな話してたなんて俺には一言も教えてくれなかったじゃん!!」

藤堂が隣に立つ斎藤の足を悔し紛れに踏みつけようとしてあっさりと交わされた。今までの会話をずっと聞かれていたのかと思うと、聞かれてはまずい話をしたわけではないが、とても恥ずかしい気がしてかあっと理子の頬が赤くなった。

「な、な、なんでっ」

慌てて総司から離れようとした理子の手は、総司に掴まれたままで振りほどくことができなかった。近藤がベンチの背の方へ回って、二人の間に立った。

 

– 続く –