桜の木の下で 14

〜はじめのつぶやき〜
皆様も巡ってみてはどうでしょう~。
BGM:FUNKY MONKEY BABYS 桜
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「なあ、神谷君。山南さんが言っていたよ。彼が明里さんと一緒になるときに、した約束を忘れたのかいって。私も、歳も斎藤君も藤堂君も皆、君をよく知ってるよ。君以上にね。君は総司に人を想うことを教えた人だ。そして、最後まで諦めなかった人だ。だから大丈夫だよ」

理子は、大学を卒業した後、明里と一緒になる山南と約束を交わしていた。必ず、今度こそ想う人と幸せになること。二度と過ちで手を離したりしないこと。それを誓った山南が理子にも約束させた。

『いいかい。僕達は遠い遠い回り道をしたかもしれないけど、すべては必然で、だから必ず幸せになって何度でも出会うんだよ』

あの時は、まだ総司にも出会う前で、山南の心の決意に合わせたつもりだったが、山南はくどいくらい理子にも約束だと言った。
想い出す今は、理子の目にはもう涙はない。

総司の頭を押さえつけた歳也が、理子の額を指先でべしっと叩いた。

「いいか。俺が昔こいつに言ったことをお前にも言ってやる。未来の自分に後悔の二文字は吐かせるな」

今でも、しっかりと兄分の役回りを受け持った二人に、藤堂だけが地団駄を踏んだ。斎藤に襟首を抑え込まれていなければ総司に八つ当たりに向かっていたところだろう。

当の総司は、なんとか歳也の手から逃れると、悪戯が見つかったかのような顔で、詫びた。

「黙っててごめんなさい。それも“兄上”に約束させられていたんですよ。ね、理子。皆で行きませんか?」
「えっ、あのっ、何が何だか……。それにどこに行くんですか?」
「うーん、実は私も行ったことがないんですよね。もう今生では縁戚でもなんでもないので、近くまで行ったことなんかありませんし、墓だけが未だに若い女性にもててもねぇ?」

“墓”

あっ、と理子は声をあげそうになった。確かに沖田総司という人の墓はこの近くの専称寺という寺にあったはずだ。確か、今は目の前までは入ることができないはずだ。多少離れた所から覗くくらいなら大丈夫だろうと、先に立ち上がった総司は理子の手を引いた。

躊躇を見せた理子の肩に藤堂が手を置いた。

「いーよ!神谷。無理しなくても。総司の墓なんか放っといていいんだよ。それより、いつかゆっくりでいいから京都に行こうよ。一つずつ、想い出も自由にしてあげようよ」

思い出に縛られるのではなく、縛るものでもなく、自由にしよう、と藤堂が言った。この通り、同行者には事欠かないのだから、いつでもいい、ゆっくりとあちこち、気が向いたら出かけてみればいい。

そう言った藤堂の手を理子の肩から払い落した総司は、歳也や近藤の顔を見て斎藤に頭を下げた。頷いた斎藤は総司の肩口に拳をあてた。

「とっとと落ち着いてもらわんことには俺も困るからな。それにな、藤堂さん。やはりアンタの出番はなかったろう?」
「斎藤さん?!その言い方は聞き捨てならないんだけど!」

斎藤にくってかかる藤堂としゃあしゃあと言ってのけた斎藤はさっさと先に歩きだしている。近藤がその後ろに続いて、歳也が総司に片手を預けたまま、困惑している理子を振り返った。

「その足で、行けるところまで行ってみればいい。気にしなくてもお前の周りにはこれだけの諦めの悪いゾンビみたいなのがうろうろしてる。どれもこれも、一つ一つ片付けていけ」

言うだけ言って、近藤達の後を追って先に歩いて行く歳也の後ろ姿を見てから、最後に総司が言った。

「一緒に、行ってくれますか?」

頷いた理子は、総司と手を繫いだまま前を行く四人の後を追って公園から寺までの道を歩いた。近くまで行くと、それだとわかる風に見えたが、入口には立ち入りを制限する断り書きがあって、裏手に回れば塀越しに見えるらしかった。

他愛のない話をしながらも、前を行く彼らとて思うところはあったに違いない。皆、儚くなった時期もバラバラで後の今生で初めてその後の事を知ったのだから。

「すごいね、総司もててる……。あんなだったのになぁ。あの姿だったら、今じゃ絶対怖くてもてないと思うんだけどなぁ」
「まあ、墓石を削ってまでというのは理解に苦しむが……」

藤堂に続いて斎藤が何気に辛辣なことを言うと、今はその面影もない総司が文句を言いだした。

「いいじゃないですか!フィクションの中では俺はいい男で書かれてるんです!だいたい、お二人のところは会津に京都って離れすぎてて追いかけきれないだけで、その証拠に土方さんの日野にあるお墓なんか親類縁者のお墓まですごいんですからね!」
「総司、総司」

全くフォローになっていないことを言い返した総司を歳也がひらひらと呼びつけた。なんですよう、と振り返った総司のこめかみを両の拳で歳也が思い切りぐりぐりと挟み込んだ。

「ぎゃぁぁぁいたたたた、歳也さん、今日、本当に手加減なさすぎっ」
「うるせぇんだよ!俺は昔ももててたんだからいいんだ!」
「それ意味わかんないし!!」

じゃれあう二人の隣で近藤はしみじみと塀越しに木の屋根に覆われた総司の墓石だと言われる場所を拝み呟いた。

「俺なんか、自分でもどこに何があるんだか……」

近藤の墓所と言われるところは確かに複数あり、悼む碑もあちこちに存在する。横目でそれを見ていた歳也が、総司の頭を小突きながら、藤堂に言い付けた。

「お前、一番自由度高いんだから次は日野詣でを企画しろよ」
「何で俺!神谷と二人だったらいくらでも企画するけどね!」
「藤堂さん?そんなの駄目に決まってるじゃないですか」

賑やかに言い合う彼らが、本当に彼ららしくて理子は不思議な感慨を覚えながら塀越しの寺の内に目を向けた。

自然と体が動いて、足元にバックを置くと、静かに手を合わせて頭を下げた。

ぎゃあぎゃあと騒いでいた彼らが理子の姿に、大人しくなって塀を背にして佇んでいる。少しして、顔を上げた理子が黙って頷くと、その肩に総司が腕をまわして歩きだした。
来たときとは逆に理子と総司が前になりその場から歩きだした。

「お寺に参った後に不謹慎かもしれませんけど……」

理子がそう言って、小さく口ずさんだ。

Yes Jesus loves me for the Bible tells me so
Jesus loves me this I know
For the Bible tells me so
Little ones to him belong
They are weak but he is strong

Yes Jesus loves me
Oh, yes Jesus loves me
Yes Jesus loves me for the Bible tells me so

これからは、たくさん想い出を塗り替えるために、一緒に出かけよう。
春が好きになるといい。
もっとたくさんの想い出を一緒に話していこう。
もっと……。

言うべきことはたくさんあった。

でも、総司も理子もどちらも何かを話すよりも全ての事に感謝したかった。こうして歩いて行けることを。

二人の後ろから歩きながら、藤堂がぶつぶつと誰にともなくこぼし続けている。

「俺だって心配してたのに、皆ひどいよね。総司がまたこんなこと繰り返すなら本当に俺は獲りに行ってもいいと思ってるし!」
「まあ、無理だろうな」

珍しくも含み笑いを漏らした斎藤に、にやりと歳也が頷いた。

「当然。このくらいで動揺する奴に任せられるわけがない。アイツが泣かせるなら若造より俺が行くに決まってんだろ」
「トシは、もう少し女性関係を整理してからの方がいいんじゃないか?……っと、今は真面目なんだったな」
「近藤さんよ、アンタ俺にそういうことが言える立場なのか?え?!」

「ちょっ、……もう、歳也さん!大人げないってば。総司!神谷、ちょっとこの二人止めてよ……」

―― 話が収まったところで、アンタには頼んでいたことがあっただろう。一橋さん。ちゃんとだな……
―― わかってますよ。お式の事ですよね。受付も言われたこともやりますって……
―― え?総司、何頼まれたの?

―― 生音での伴奏をですね……浮之助さんも……
―― えぇっ?神谷!あの人もさぁ……

 

桜の花が見せた夢の時間は、今と昔を繫ぐ記憶の扉。

誰の胸にも忘れられない情景が必ずある。

―― 神谷さん!お花見しましょうよ!
―― 沖田先生!待ってくださいよ

 

– 終わり –