風のように 花のように 3

〜はじめのつぶやき〜
幸せになれるかな?このままね。
BGM:Metis  ずっとそばに
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「本当に素敵だったわ」
「ありがとうございます。今度もしよろしければコンサートのチケットもお送りさせてください」
「嬉しいわ。楽しみにしてるわね」

美津と困惑気味の理子がそんな挨拶を交わす横で総司と昌信が居心地の悪そうな顔で互いに視線を逸らし合う。気が済んだのか、美津は総司のほうへと向き直った。

「次はいつ来れそうなの?」
「そうですね。今週末くらいにでも」
「そう。じゃあ、今度は都合がつくなら神谷さんも一緒に遊びにいらっしゃいよ。ねぇ?お父さん」

急に話を振られた昌信がぐぅっと、喉の奥で妙な音をさせた。別に、見咎められたとか、そこほどまずいことがあるわけではないだろうに、どうも様子がおかしい。 理子が曖昧に頷くと美津は話を切り上げて伝票を持って立ち上がった。

「じゃあ、神谷さんもお疲れでしょうし、そろそろ行きましょうか」

隣の昌信の腕を強引に引っ張って、ひらひらと手を振ると店の入口へと向かっていく。慌てて理子がレジへと向かい、伝票を取り上げて、何度も頭を下げると店の外まで送り出していく姿をじっと眺めていた総司は残っていたビールを飲み干した。

昌信と美津を送り出した理子が店に戻ると、席には戻らずに会計を済ませて、荷物を取ってくる。タイミングを合わせて、総司が理子の荷物に手を伸ばして一緒に表に出た。

「お疲れ様でした。急に驚かせましたね」
「びっくりしました!もうどうしようかと思った……」

歩き出すと緊張が解けたのか理子が明るく笑い出した。駅へと向かいながら、妙に早口でしゃべりだす。

「今日は先生もレッスンが夕方まであるはずだったし、まさか、お母様と見えるなんて思わなかったから気が付いたときはもう、頭が真っ白になりましたよ」
「母が来るのは驚いても、父には驚かなかった?」

ぐっと言葉に詰まった理子が急に総司の腕を掴んだ。 ん?と顔を向けた総司に、不安げな顔が映る。

「……怒ってます?」
「何を?何も知らないのに怒ったりしませんよ。でも、わけを聞かせてくれると嬉しいですね」
「帰ったら、でいいですか?」

幾分、ほっとした理子が、それでも縋るように総司を見る。理子が掴んだ腕を上げると、その頭をくしゃっと撫でて微笑んだ。

「じゃあ、早く帰りましょう」

急かすように改札へ向けて、二人は歩き出した。

 

家に帰ると、荷物を片付けて軽くつまむものと、総司にはビールを用意して理子がテーブルに着いた。

「本当は口止めされているから、できれば知らないふりをしてほしいんですけど」

なぜかテーブルに手帳を持ってきていた理子がその中から折りたたまれた紙を取り出した。テーブルを滑らせて総司の前に差し出されたそれを手に取ると、なんだろう、と思いながら総司は紙を開く。

「……!!」

目を疑いそうになったが、そこには父の名前があり、丁寧に書かれた中身は、ずっとファンであったこと、総司との件はそれとしてこれからも応援すると書かれていた。
開いた口が塞がらないくらいの驚きに総司はテーブルに肘をついて、頭を抱える。おろおろと心配そうな顔をしている理子が何と言っていいかわからずにしどろもどろに口を開く。

「わざと黙っていたわけじゃないんです。私も見かける方の顔は何となく覚えがあるくらいで、おうちにお邪魔した時もどこかで見かけたかな?くらいだったんです」

必死に言い募る理子に片手をあげると、ぴたりと黙り込んだ。しばらくして、ぽつりと問いかける。

「いつです?」

ひらりと指に紙を挟んで、これをもらった日を聞くと、なんと一緒にバーであった直後だという。半年近く前の話である。

「じゃあ、あれからずっと?通ってるんですか?あの人」
「そうじゃないんです!たまたまお時間があるときだけで、本当に気が向いた時だけ……。先生……」

今にも泣きそうな顔で言う理子に総司は顔を横にして、ふっと笑った。

「……やられましたね」
「……せんせぇ」

もう今にも泣きだしそうな顔の理子を引き寄せて、ごつ、と額を寄せた。まさか自分の父が理子のファンだとはまさかに知らなかった。
だから反対したのか、仕事だけが理由ではなかったのか。
いや、だがそれも、最近ではようやく話を聞いてくれるようになってきただけに、父なりに複雑な思いがあるのだろう。

「ごめんなさい。本当はもっと話そうと思ったんだけど、でもお父様は黙っててほしいって……」
「いいんですよ。本当に私と父に、貴女の方が振り回されてかわいそうな思いさせましたね。驚きましたし、いろいろ思うところもありますけど、貴女を怒ってるわけじゃないですから大丈夫ですよ」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃないですよぅ」

ぐす、と半泣きの理子に言って聞かせながら、引き寄せた頭を撫でる。もしかしたら、思ったよりも早く父を口説き落とせるかもしれないという事に口元が緩む。

「ねぇ?本当に今週末、よかったら一緒にもう一度家にいきませんか?」

こくこくと、頷いた理子がやっと微笑んだ。

 

半年前とは違って、今度は二人とも講師の仕事も抱えている。なかなか思うようには時間の調整ができなかったが、それでも前回とは違っていた。

総司の方は、日中は講師の仕事を中心に、夜も仕事が入っていることが多かったが、逆に週末は時間が空けられることが多かった。結局、金曜の夜に家に 行くことにしたのは、総司が確認に電話をしたところ、美津が当然のように泊まっていきなさいというので、土曜日ではなく金曜の夜に向かうことにしたのだ。

「本当にいいんでしょうか」
「いいんですってば。もう向かってるのに、いいも悪いもないでしょう?」

夕刻、急いで家に帰ってきた理子はすぐに着替えと荷物の支度を始めたが、その間ずっと理子は同じことを言い続けている。呆れながらも総司は繰り返し繰り返しそれに付き合っている。

結局、前回あんな風になったのに、泊めてもらうなんていいんだろうかと言い続ける理子に、何度も総司が構わないのだと言い続ける。l

「第一ですよ?今度は理子のファンだってもうばれちゃったんですから父も駄目だとは言ってませんから。私だって、父に直接確認したんですよ?」
「本当に?」
「ええ。やっぱり、この前のお店で会ったことであの人も仕方ないと思ったんでしょうね」
「そんな!私があれを見せたって言ったんですか?!」

不安と緊張だからなのか、理子が支離滅裂になってきて、総司が笑い出した。滑り込んできた電車に理子と一緒に乗り込みながら、何度も同じ話を繰り返す。

少しぐらいの遠回りなどこうしてみると大したことはない気がしてきた。結局、総司も浮かれていたのだ。ようやく、周囲にも認められていくのだと。

 

– 続く –