風のように 花のように 1

〜はじめのつぶやき〜
逢魔が時シリーズ、最後のお話です。
BGM:Metis  ずっとそばに
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あなたに会えた。

出会ったことが間違いだというのなら。
間違いでいい。
私は、何度でも同じ道を選ぶから。

 

「一橋先生、来週、お休みなんですかぁ?」
「ええ。ほかの仕事が入ってしまいましたから」
「え~!つまんない!!」

レッスン室から出た総司を生徒達が取り囲んでいた。そのルックスだけでも人気が出るのは当然だが、教え方もうまいらしく、生徒たちの成績もいい。

「ねぇ、先生。今度、一緒にお茶しましょうよ」
「やだ。先生、一緒にいってくれるんですか?」

まとわりつく女生徒を振り返るとにっこりと総司が笑った。

「美味しいお店なら今度、彼女と行きますから教えてください」

途端にえぇぇ、と上がる不満の声を聞きながらスタッフの部屋へと戻った。講師といってもほぼ、決まった回数、決まった時間のレッスンをこなすものが多い。担任教師ではなく、専門科の講師はほとんどがそうで、担任教師とは部屋も違う。

「一橋さん、相変わらずモテますねぇ」

ドラム科の講師からからかいを受けながらもすぐに帰り支度を済ませて、部屋を出る。街中の校舎というより、オフィスビルから急ぎ足で出ると、すぐ傍のコーヒーショップへ入った。

店の入口からすぐのあたりに母の姿を見つけて目の前に座った。

「急にどうしたんです?前もって言ってくれればよかったのに」
「わかったのが急だったからごめんなさいね。お仕事大丈夫?」
「ええ。クラスはもう終わったので大丈夫ですよ。で?急に何がわかったんです?」
「総ちゃんも一緒にいく?」

美津がにっこりと笑ったのでますます総司は頭の中に疑問符でいっぱいになる。美津から電話があったのもつい、2時間ほど前の話なのだ。

「一体どういう話です?今から行くからとか急に言うし……。ちゃんと説明して」
「お父さんよ」
「は?」
「お父さんが飲みに行ったの。よく行くのよ」

どうも話の脈絡が掴めなくて、総司は首をひねった。くすくすと笑う美津が携帯の時間を見る。

「あら、大変。もうそろそろ行かなくちゃ」
「何の話なんだかさっぱり分かりません」
「だからお父さんよ」
「お父さんが飲みに行っている店に行くってことですか?」

美津の話から推測してそれだけはかろうじて理解する。昌信が外で飲んでいるということも知らなければ、まさか家から離れたこんな場所までわざわざ飲みに来ていることも知らない。
流石に年を考えれば、女性同伴ということはないだろうが、そこに美津が行こうというのもよくわからない。

「そうなのよ。時間がないの。総ちゃんに連れて行ってもらおうと思ってるんだけど」
「……どこにです?」

普段は割合、理路整然と大人しい母がどこか舞い上がっている印象を受ける。どう話を聞いても仕方がないし、急いでいるらしいので、とりあえず、美津を希望の場所まで送っていくことにした。

「とにかくここに行きたいの」

手書きのメモを見ながらコーヒーショップをでた総司は、店を出て歩き出した瞬間足を止めた。

「ん?!ここって」
「なあに?」
「母さん?!どういうことですか」
「どういうってお父さんが飲みに行ってる場所よ。お父さんね、神谷さんのファンらしいの」
「はぁ?!」

思わず総司が通りだというのに大きな声を上げた。理子からはそんなことは一言も聞いていないし、確かに一度、理子を迎えに行ったときに、見せに昌信がいたことはあった。だが、そんなに通っているなんて聞いてもいない。

呆れた総司はとにかく理子から今日の仕事だと聞いている店に向かうことにした。

 

小さめのジャズバーに向かうと、案内された二人掛けの席に座った。こういう店に美津とともに来ることも落ち着かないがカウンターの一番奥のあたりに、本を読みながら開演を待っている昌信の姿を見つけると、ますます居心地が悪くなる。

ビールと、美津が軽いカクテルを頼んだところで総司が小声で美津を問いただした。

「一体どういうことなんですか?」
「私もお父さんからちゃんと聞いたわけじゃないのよ。でもね。総ちゃんから紹介される前に、お父さん、こういうジャズとかが好きで、お店もあちこち出かけていたの。そこで神谷さんを知ったらしいわ」
「じゃあ、私が家に連れて行くより先に神谷さんのこと知ってたんですか?!」

あれから総司は月に一度は実家に顔を出して、なるべく昌信と時間を取るようにしていた。時には遅い時間になってしまうこともあったが、そんな時は一緒に酒を飲む。
半年かけて、ようやく理子のことも耳を傾けてくれるようになってきたと思っていた総司はあまりのことに眩暈がしてきた。

「あの人もあれで気にしているのよ。本当に反対していいのかとかね。総ちゃんが今の先生のお仕事、続いてることも喜んでいるのよ」
「だからって……」

二の句が継げないとはこのことだと、目の前に運ばれてきたビールを一息で飲み干してすぐにお代わり、といった。

「あら。そんな飲み方よくないわよ?」

乾杯もせずに一気飲みした総司をたしなめた美津はグラス越しにきれいな色のカクテルに手を伸ばして、総司のビールが来るのを待った。
この半年、総司がどれだけ頑張って時間を作って昌信に話をしてきたのかもよくわかっている。二人の溝も徐々にではあるが、埋まり始めてきて今では男同士の飲みができるようになりつつあった。

もう親子ができないならわかりあった男同士になるしかない。

総司の努力は前向きに良い方へと向かい始めていたとはいえ。

「お父さん、私にも隠していたみたいだけど、何十年も一緒に居たらわかるわよ。そりゃあね。連れてきてはくれないだろうから、お母さんも見に来たというわけ」

ああそうですか、と口の中で呟くと、運ばれてきた二杯目のビールに手を伸ばす。きっと睨まれてから軽く美津のグラスにビールのグラスを当てると、ため息をついた。

もうすぐ始まるはずの演奏に、総司は深く椅子に崩れ込んでなるべく顔を見せないように角度を変えて座りなおした。

– 続く –