僕らの未来 6
〜はじめの一言〜
藤堂さんがすきだ。と、唐突に思ってしまった。
BGM:嵐 One love
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
「ちょっとー。男の裸みても面白くもなんともないよ。それとも、横にこう、マジックで線かいてあげ……わぉ」
下は着替えたが、上はまだ熱くて、シャツを肩にひっかけて現れた原田を見て、藤堂がじとぉっと恨めしい顔をした。寒い中やってきて、温かい部屋で温かい風呂から出てきた女性ならまだしも、それがおっさんでは嬉しくもなんともない。
かつての原田の腹の傷をからかって真横に手を動かしかけた場所に、浅い真横に走る傷を見つけて思わず声を上げてしまった。
「なんだかなあ。似るんだかわかんねぇけど、これは永倉さんと最後に一緒に行った時に、ついでにな」
皮膚の上を掠めるようについた傷は倒れた永倉を抱えようとした時に、なだれ込んできた暴徒の一人が持っていた、板切れについていた釘でついた。
傷は深くはなかったが、錆びた釘で腹を真横に引っ掻かれたから、その傷跡はかなりギザギザで、しっかりと後が残ってしまった。
「うわぁ……。なんか、男の腹って汚いけど、ちょっとこの傷だけは見た見た!って触りたくなるねぇ」
「お前なー。汚いってことはないだろー。ワイルドな魅力って言え」
「原田さん、帰国したてだから知らないかもしれないけど、ワイルドってもう去年だから」
「え?そうなの?」
そうそう、と頷いた藤堂と原田の漫才のようなやり取りを聞いて、総司がぶっと吹き出した。一呼吸、間があったのは、真面目に泡立てていたからで、ここで吹き出したらせっかく泡立てたホイップを飛ばしそうだったからだ。
「勘弁してくださいよ。もう、二人とも。藤堂さん、今日はお店はいいんですか?稼ぎ時でしょうに」
「副店長、ふんじばって置いてきた!今日みたいな日、カップルしか来ないもん!俺寂しいもん!」
とんだ店長の我儘のとばっちりを食らった副店長は、今頃文句を言いながら仕込の時間かもしれない。クリスマスには、いつも藤堂の店ではスペシャルデザートを用意することにしていた。
バレンタインデー、ホワイトデーに続いて、カップルが多く来店する日にはスペシャルをと言うことで、なかなか口コミの評判もいい。そんな日に店を放り出してくるとは、藤堂もよほど今日を楽しみにしていたのだろう。
「だってさ、ちゃんとレシピも置いてきたし、試作品も作って見せたし、何の問題もない。それより、俺はこっちの方が大事。ほら、総司どいてよ。それ、あと俺やるから」
せっかく手伝っていたのに、と言う顔をしたが、理子が率先して総司から泡だて器を取り上げた。助かる!と奪い取られた端から、まだこれが残っていて、と立て続けにいい始めた理子に、うんうん、と藤堂が頷く。
「わかった!沖田さんと斉藤さん達が来る前になんとかする!近藤さんと山南さんは時間通りだと思うけど、おっさんたちはお酒とつまみがあれば文句言わないよ」
両手に抱えてきた大きなバックからエプロンとバンダナを出してあっという間に粋な店員さん風の格好になると、まずは泡立て途中だった生クリームを見事にホイップに仕立てた。
「総司さん、向こうから運んできたテーブルのほかに、ベッドルームに小さい折り畳みありましたよね?あれ持ってきてください」
「いいですけど……」
「運んだらそこにお酒並べてくださいね」
一言の疑問を差し挟む暇もなく言いつけられた総司を原田が生温い目で見ていた。
「は、はは……。なんか気合いはいっちゃって……」
「神谷が気合入るとお前、こき使われるよな」
視線がうるさい、と責めるように睨んでから総司はベッドルームに消えた。せいぜい邪魔にならないようにと原田はリビングの片隅で残っていた温いコーヒーを飲んでいる。
そして、ピンポーンと再びチャイムが鳴った。総司が応対に出ると、斉藤一人である。
「あれ?斉藤さん。どうしたんですか?時間より早いし、恭子さんは?」
「ああ。玄関先ですまんが、あいつを呼んでくれ」
「ええ……。理子?斉藤さんが」
はぁい、という声が聞こえて、パタパタとキッチンから現れた理子に口を開きかけた斉藤が、総司の姿を見てしっしと手で追い払う。
それはひどいんじゃ、とこぼしながらも渋々玄関を離れた総司は、リビングのドアのすぐ脇に立って、玄関を伺っていた。
「どうしたんですか?恭子さんは?」
「うん。すまんが、今日はやはり駄目になった。申し訳ないが、これをお前に」
そういって、紙袋を差し出すと、中には理子宛てのクリスマスプレゼントが入っていた。
だが、二つ分の中身に首を傾げた理子は、これを見る限り、二人で来るはずだった斉藤がどうしたのだろう、と思う。
「兄上が仕事だっていうならまだわかりますけど?」
「いや、それが、ちょっとあいつの方が具合がよくないものでな」
「え?恭子さん、どうかしたんですか?」
すわ、風邪をひいたのか、何事かと心配になった理子に、いや、と妙に落ち着いて斉藤は首を振る。
「つまり、あれだ。つわりというやつだ」
「えぇ!!じゃあ……」
「お前はおばさんだからな」
それを聞いて、理子は斉藤に抱きついた。
「お、おい」
「理子?どうしま……。斉藤さん?!」
「あ、いや、ほら。ちょっと待て。俺はこいつに喧嘩を売るのは嫌だぞ!」
理子の叫びにリビングから飛び出してきた総司と、その後ろから何事かと顔を覗かせた原田と藤堂が続く。慌てた斉藤が理子を引きはがすと、顔をくしゃくしゃにした理子が何度も頭を振った。
「うん、うん。兄上っ!!」
「斉藤さん、どういうことですか?」
理子を通り越して、斉藤を問い詰めようとした総司に理子が飛びついた。
目を白黒させている総司にむかって、今にもはじけそうな勢いで理子が叫んだ。
「赤ちゃん!兄上に、恭子さんに赤ちゃんが出来たって!!」
「えぇ!」
「へぇ!斉藤さん、おめでとー」
「めでたいなー、斉藤」
次々に言葉をかけられた斉藤は、む、と照れくさそうな顔で押し黙ってしまった。だから、総司を追い払って理子にだけ伝えたというのに、これでは意味がない。
「嬉しくて!私、おばさんですよ!総司さんはおじさんです!!」
「理子。落ち着いてくださいよ。わかりましたから」
確かに喜ばしいニュースではあったが、正直、総司にはオジサンと言う響きで喜べるかと言われると微妙なところだ。すっかり興奮状態の理子を宥めながら、改めてと斉藤に手を差し出した。
「おめでとうございます。斉藤さん。それじゃあ、恭子さんはしばらく具合が?」
「ああ。調子がよければどうと言うこともないんだが、ちょっと今日は朝からどうしても動けなさそうでな。申し訳ないが、プレゼントだけ置きに来たんだ。すぐ失礼させてもらう」
「わかりました。じゃあ、また落ち着いたらお祝いに伺いますね」
そのまま帰ろうとする斉藤を引き留めた理子は、急いでキッチンに駆け込むと、持ち帰れるものを次々とタッパ―に詰めた。
「兄上!これ、つわりだと食べたくても食べられないときもあるでしょうし、もし食べられるものがあったら少しでもいいので食べてもらってください。恭子さんには、クリスマスに素敵な話を聞かせてもらったお礼のおすそ分けだって」
「わかった。ありがたくいただいておく。それじゃあ、すまんな」
さすがの斉藤も、今日はその笑顔が柔らかい。じゃあ、と見送られて理子に持たされた紙袋を手に帰っていった。
– 続く –