水に映る月 6

〜はじめのつぶやき〜
先生も少し変わっていくんですよ。

BGM:嵐 Happiness
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それぞれの頂き物を、どこのどなたからなのか聞き取った近藤と土方はその顔が赤くなったり青くなったり、腰を抜かしそうな位驚き、時に、近藤は手をついてひれ伏した。

「恐れ多くも……っ!」

感極まって涙を流す近藤に苦笑いした土方も手をついて同じように頭を下げた。
その場が落ち着くのを待って、それぞれの行き場と処遇を話し合った。初めはすべて、総司とセイがいただいたものだけにすべてありがたくいただく様にという 話であったが、それぞれに二人でいただくにしても、ということで寿樹の守りにといただく、絹やほかのものと、それぞれに落としどころを定めた。

かすていらだけは日持ちがすると言っても限界がある。

恐れ多い、と涙を浮かべながらも切り分けたかすていらをその場にいた面々で口にすることにした。

「お茶をいただいてきましょうか」
「ああ、待て。神谷。お前が行くとまた騒ぎがでかくなる。総司」

賄いにと腰を上げかけたセイをおしとどめると、土方が軽く頭を振った。確かにそれは総司も同じことを考えたところだったので、一つ頷いて立ち上がった。

「すぐに持ってきますよ」
「……申し訳ありません」

何もできないセイは、申し訳なさそうに頭を下げた。その間に、ううん、とぐずり始めた寿樹が目を覚ます。もう、大分這って動くようになった寿樹は、ぐずぐずとしながら目を覚ますと母の姿を求めた先に見慣れていない男の顔を見て、ひくっとその顔に驚きが浮かぶ。

思わず覗き込んだ土方の顔をぺしっと小さな手が叩いた。

「おお。目を覚ましたようだな」
「いてっ。……てめぇ……」

近藤の胸に手を突っ張って、離れようとした寿樹を叩かれた土方が横から抱き上げた。

「この俺の顔を殴るとは生意気だぞ」
「やーっ!」

そろそろ、ものに掴まって立ち歩きを始める頃だけに、まだまだ意味不明に近いことしか話せないが、自己主張は一人前にする。土方と睨み合いになった寿樹をみて近藤がその頭を撫でた。

「いやいや。今から将来有望じゃないか。トシと張り合う根性だけでも頼もしい」

そう思ったのは近藤だけではない。両手で抱き上げた寿樹と目の前で睨み合っていた土方がにやりと笑った。じっと土方に睨まれても怖がるよりもますます口元をへの字に睨み返してくるところは、総司よりもどちらかと言えばセイに似ている。

「神谷っ!」
「はい」
「お前が悪い」
「……は?」

ぐいっとセイに向かって寿樹を押し付けた土方が、ふん、と少しだけ顎を突き出した土方がびしりと決めつけた。

「こいつの根性はお前に近い」
「……申し訳ありません」

悪いと言われてもどうしようもない。寿樹を抱きとめながら、何と返していいのか言葉に困ったセイは、仕方なく不本意だったが詫びを口にした。すると、思いがけなく土方が問いを投げた。

「それで?お前、何があったんだ?」

今度こそ、きょとんとした顔のセイの額をぱしっと指先で土方が弾いた。

「馬鹿が。久しぶりに顔を見せた割に、妙にしおらしい姿でいつもの格好でもない。妙に総司とは気まずそうにしてるし、報告だけなら総司だけでもよかったはずだ。何かあるなら言ってみろ」

相変わらずの察しの良さに、うっと言葉に詰まって寿樹を膝の上に抱えながら視線を彷徨わせる。ちらりと近藤の顔を見ると、ふっと片眉をあげた近藤が腕を組んだ。

―― ああ、局長もわかってらっしゃる……

上手くやっているつもりでもやはり年長者であり、日頃から人を見ることに慣れている二人には小手先の誤魔化しなど役に立たなかったらしい。
後ろの障子をちらりと見たセイは、総司がまだ戻ってきていないことを確かめて口を開いた。

「沖田先生がいらっしゃらないところでお話しすることがいいのかわからないんですが、そろそろ寿樹も大きくなってきましたし、仕事に戻れないかと 思っていたんです。すぐ以前の様にとは行かないとおもいますが、叶うことならと。ただ……、沖田先生は反対のようなので、今日お話しするかどうかはま だ……」

決めてはいなかったのだと言いかけたセイの背後で障子が静かに開いた。

「お待たせしました」
「っ!……はいっ」

気配と足音をわざわざ殺して戻ってきた総司に、セイが飛び上がる様に驚いた。総司のこの手の行動には、慣れていても未だにこうして驚かされてしまう。気まずい顔で腰を上げると、寿樹を抱いて座っていた場所から少し後ろに下がった。

総司が運んできた茶と、切り分けたかすていらを受け取り、それぞれ配り終えると、セイは総司に気を使って再び後ろに下がった。

「……私がいない間に話がでていたようですが」

皆が茶に手を伸ばしたところで総司が遅れて茶碗を手にする。勝手に話をしてしまったと視線を逸らしたセイに、ちらっと視線を向けた。

「神谷が仕事に戻るという話だが」
「はい」

事もなげに土方がそういうと、総司が頷く。その様子にセイは違和感を覚えて、畳を這いにセイの手から離れた寿樹から意識が一瞬逸れた。畳に降りた寿樹が周りを見て這いだす。

「神谷。きりのいいところで月の頭から仕事に戻れ」
「?!」

驚いたセイが総司の顔を見るとその顔には驚きも怒りもどちらも浮かんではいなかった。ゆっくりと茶を飲んだ総司が父の元へと這ってきた寿樹を茶碗を置いて抱き上げた。

「返事をしないんですか?神谷さん」
「あの、だって」

―― 沖田先生は反対なのでは……

そう言いかけたセイに総司ではなく、土方が口を開いた。

「お前が仕事に戻りたいって言い出すことは早晩出る話だとわかっていた。この屯所の中に医者が必要なのは絶対だ。それから見知らぬ外科医に屯所の医者を任せられるかという話も否だ。そうなると、屯所の中の事もしっていて、極秘事項を扱える医者は他にいない」
「私が私情は関係なく、仕事としてはあなたが必要なことは動かしがたい事実です。後は、そうなったときに何が起こるかです」

土方に続いて総司が言葉を続けた。
セイが知らない間に、近藤と土方、そして総司との間でこんな話が進んでいたとは思ってもみなかったのだ。

「だっ……て、沖田先生は反対だって」
「ええ。反対してますよ」

 

– 続く –

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