霧に浮かぶ影 22

〜はじめのひとこと〜
収まるところに収まるのは雨が降ったからでしょうか

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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開いた包みの中には重箱にぎっしりと惣菜と握り飯が詰められていた。

「わ。おいしそうですよ。ほら、食べましょうよ。私も昼餉がまだだったんです」
「そうなんですか?」
「ええ。ごたごたしていたものですから」

そういうと、膝の上に開いただけでは足りないと思い、腰をずらしてセイとの間に具合よく重箱を並べておいた。二段重ねの重箱から握り飯を手に取るとセイに向かって差し出した。

「……いただきます」
「私もいただきます」

はむっとぱくつきながら、添えられた箸をセイに差し出す。自分ももう一膳の箸を手にすると、煮しめに手を伸ばした。

「んー!おいしい!表でいただいてるからでしょうかね」

そう思いませんか、と問いかけた総司にセイは曖昧に頷いた。本当は昼を食べていないこともすっかり忘れていたくらいなのだが、ぱくりと口にすると急に空腹を感じる。喉を通り抜ける飯の具合に、ほう、と大きく息を吸い込んだ。

「私の事を、冷たいと思ってるんでしょうね」
「?!沖田先生?」

急に口を開いた総司にセイが驚いた。総司が冷たいなど、少しも思っていなかったからこそ、突然の問いかけに目を丸くする。
もぐもぐと口を動かして、手にしていた握り飯をすべて口に入れてしまうと、腰にぶら下げていた竹の水筒を掴んで、ごくりと飲み下す。もう一本腰に下げていた水筒をセイに差し出すと、総司は箸をおいた。

「私もね。忘れてましたよ」

―― 貴女が、女子の気持ちがわかる武士だということをね

「先生……」

セイは握り飯ごと手を膝の上に下ろした。総司の横顔は決して怒っている様子でもなく、穏やかにさわさわと抜けるさわやかな風と青空に目を細めている。

「私は男ですから、女子の気持ちなどわかりませんし、しのぶさんは男だとつい思っていましたが、あの人は女でもあるんですよねぇ。だから、貴女にはしのぶさんの気持ちがわかったのでしょう?」

こくりと頷いたセイは、深く息を吐いた。

「私は、武士です。それでも、どうしても残されたあの人の気持ちがわかってしまうんです。それが、甘いってことも」
「甘くなんかありませんよ。それが貴女の、貴女だけのできることでしょう?私も、私にしかできないことをするしかありません」
「先生……」

この時、セイは知らなかったが、総司は後始末の際、しのぶは初め藤堂とセイが騙された話のまま、矢立を拾ったことで災難に巻き込まれた者として処理していた。一通りに調べが終われば、自由の身となって富士屋へと戻れるように手を回していたのだ。

それは土方も了承済みのことで、藤堂には罰として屯所のすべての床掃除が言い渡されただけで済んだ。

「私も貴女も、違っていていいと思うんですよ」
「え?」
「だってそうでしょう?私が見ているものと同じものを見ているにしても向きが違ったら、違うわけですし、だからこそ見えないものも見えてくる。それを教え合うこともできる。貴女は貴女のままでいてください。私も、私のままでいますから」

ふっと笑って総司は隣に座っているセイの頭をくしゃっと撫でた。ただ、それでいいと言われたセイは、手にある握り飯に目を落とした。

「それは……」
「ん?」
「……私はいつまでも先生に叱られるということでしょうか」

ぼそりとつぶやいたセイに、一瞬目を見開いた総司がぶぶっと吹きだした。

「あっはっは。それはそうかもしれませんねぇ」
「それは、何というか、教えをいただくのはありがたいのですが……」
「そうですよね。神谷さんもそれは困りますよねぇ」
「先生!」

吹き出した総司は、笑いながらセイの口にぽいっと小芋を放り込んだ。澄ました顔で重箱から次々とつまんでいた総司は急にふて腐れたような顔をむけてセイをじろりと睨む。

「むぐっ?!」
「でも、一つだけは言えますよ?」

もぐもぐと文句を言いかけた口に、芋を放り込まれて眉間に皺を寄せたセイは困惑した顔を向けた。不満そうな顔をした総司は、セイが芋を食べている間に、セイの好物である海老のしんじょをあげたものをぱくっと食べてしまった。

「ん~~~!」
「おや、まだひとつ残ってますね」
「おひた先生!!」

もぐもぐとひとつ残らず平らげてしまうと、じろりとセイを睨む。恨めしそうな顔で総司を見るセイの額をぴちっと指先で弾いた。

「いいですか?私が遠出の外出をしているのに、その間に、藤堂さんと一緒に出掛けておいしいものを食べるなんてことをしていたからですよ?」
「むっ!!だって、それはっ」
「そもそもそこからですからね。まあ、しのぶさんにとっては運がよかったんだと思いますけど?」

他の誰でもない。セイに出会ったことが運がよかったのだという総司に、文句を言いそうになったセイが、口をぱくぱく動かしただけで言い淀んでしまう。何度か口を開きかけたセイは、しばらくしてぽつりと言った。

「藤堂先生が……」
「藤堂さんは関係ありません」

むっとした総司は、しばらく無言で飯を食べていたが、さっさと食べ終わるとすっかり手を止めてしまったセイをちらりと見た。
食べかけの握り飯を握ったまま、むぅっと黙り込んで動かないセイに、総司がしぶしぶと声をかける。

「神谷さん?」

―― だって、沖田先生がいなかったから……

総司がいなかったから、藤堂に誘われて出かけたのだ。
それを言うわけにはいかないが、なんだか、どっとセイは疲れてしまった。

もそもそと、握り飯を再び口に運び始めたセイをみてほっとしたのか、総司はそこから立ち上がって、広場の真ん中に立つと空を見上げた。

「ここはいいですねぇ。いつもここで?」

セイに背を向けたままで総司は目を細めて空を見上げている。何とか握り飯を口に押し込んで、手についた飯粒をきれいにしたセイが、一人稽古のときは、と答えた。

総司の背中を見ていると、あの夜、助けに来た時の姿が思い浮かぶ。

「へぇ……」

―― なのに、藤堂さんはここを知ってたんですねぇ

心の底がざわめくものを感じて、総司は目を閉じた。目の裏には空の青さだけが残っているが、そこにはもやもやと広がる雲の姿がセイの後姿に見えてくる。

どちらも互いの後姿を見て、口にはできないものを思い浮かべた。

「神谷さん……」
「沖田先生……」

ざわりと笹の葉が大きく囁きを交わしていた。

 

– 終わり –