霧に浮かぶ影 21

〜はじめのひとこと〜
あらー。藤堂先生のところに行っちゃいますよ。先生。

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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戻るなと言われたセイは、屯所を後にしてぶらぶらと歩いていた。いつもの泣き虫の木には行きたくない。
あそこにいたら、総司に見つかってしまうかもしれないからだ。

土手まで向かったものの、それも斉藤に出会いそうな気がして、踵を返した。行くあてをなくしたセイは、ごくたまにひっそりと誰にも内緒で稽古をしたい時に入り込む、屯所近くの竹藪の中へと向かった。
陽の入らない竹林の間を歩いていくと、途中でぽっかりと抜け落ちたように空が覗いている場所がある。

広場のようになったそこは、いつもセイが木端をぶら下げたり、大きく刀を振りぬいたりするときに行う場所だった。

真ん中に立ったセイは、まっすぐ頭の上に広がった青空を見つめた。四方から竹が伸びていて、まるで壺の中から外を見上げているような錯覚さえ覚える。

本当は下を向いてしまいそうだったからこそ、青空を見上げたが、そのまぶしさが余計に目に染みた。

「……わかってます、先生。私は武士ですから」

半笑いを浮かべた顔を差し伸べた両の掌で強く覆った。立っていられなくなって、その場にしゃがみ込んだセイは、膝を抱えて蹲った。

逃げ回りながら、何度も文句をいい、ぼやき、歩けないと言いながらも、同じようにつかれたセイを労わってくれた。しのぶも、本当はどこかでこんなことをしていたらいけないとわかっていたに違いない。

それでも男のために手伝いたかった気持ちが、セイにはわかってしまう。

もしそれが総司だったら、セイも同じようにするだろう。きっと誰に責められたとしても。

だからこそ、セイはせめて形見を残してやりたかった。それがあれば、これから先のどんな辛さにも耐えられるだろうと思ったから。それは、武士ではなく女子の考えなのだろうけれども。

泣きたいのに、泣けない。
ただ膝を抱えてセイはその場にじっと蹲っていた。

 

 

捕り物の後始末に追われていた総司は、昼を過ぎてようやくひと段落ついた。本来は藤堂に任せるべきなのだろうが、総司は捕り物のいきさつから後始末まできちんと報告書にまとめ上げた。

今回は自分が体調を崩していたせいなのか、土方もそれに頷いて何も言わずに、報告書を受け取った。

隊士達には先に昼餉をとるように言っていたが、土方への報告が終わった総司もようやく昼が取れると賄に向かって歩き出した。その途中で、手に風呂敷を持った藤堂が現れた。

「総司」
「藤堂さん」
「ごめん。全部やってくれたんだね」

一足先に帰った藤堂はふて腐れて、風呂に向かった後、不機嫌そうに隊部屋の隅に座り込んでいると八番隊の隊士から聞いていた。伍長が代わりに総司を手伝って報告書をまとめていたのだから確かである。申し訳ないと恐縮する伍長に、総司は気にするなと言っておいた。

ようやく機嫌が直ったのか、藤堂はいつもの笑顔でえへへ、と笑って見せた。

「構いませんよ。それよりも私も昨日は外出していて、すっかり藤堂さんに面倒をかけてしまったので、そのお詫びです」
「お詫びなんか……」

総司に詫びだと言われた藤堂の顔が曇る。本当は総司達の不在をいいことに、セイを連れ出していい気になっていたのだ。そんなことをしなければ、今頃こんな面倒なことにはなっていなかったはずである。

それに、自分ならば、多少のことは飲み込んでも大丈夫だという自信はあるが、セイは間違いなく傷つくはずだ。気まずそうに顔をそらした藤堂はうつむいた後に、きっと顔をあげた。

「ごめん!俺の方こそ!」
「藤堂さん!やめてくださいよ。そんな頭なんて下げないでください」
「いいんだ。俺が気が済むだけだってわかってるんだけど、謝らせて!」

そういって、もう一度深々と藤堂は頭を下げた。自分が納得したいだけかもしれないがそれでも、すっきりと謝りたかった。
がばっと頭を下げたのと同じ勢いで顔をあげた藤堂が、持っていた風呂敷包みを総司に押し付ける。ずっしりと何か重たいものが入っていて、慌てて受け取った総司は手を広げた。

「おっと!なんですか?」
「えっとね、よく聞いて。屯所の前を出て、左手の辻をまっすぐいくじゃない。そうすると、少し歩いた先に、片側が竹藪になってるでしょ?」
「は?」

急に、屯所の周りの説明を始めた藤堂に、総司が首を傾けた。片眉をゆがめて不審な顔をする総司に、いいから、と藤堂は続けた。

「その、竹藪に行って?」
「竹藪?」
「うん、そう。これ持ってってね」
「え?ちょっと、藤堂さん。一体なにがあるんです?」

総司の肩をたたいた藤堂は、くるりと背を向けて小走りに駆けだした。その姿を見て、総司が慌てて後を追おうとしたところで、藤堂が振り返った。

「行けばわかるけど。そうだな。総司の一番大事なもの、かな?」
「はぁ?!」
「あはは。じゃ、急いで行ってよ!よろしくね」

片手をあげて、ぱたぱたと走り去っていった藤堂を見送ると、総司は渡された風呂敷包みを見下ろして、呆然としていた。

「私の一番大事なもの……?」

はて、と首を傾げたまま、とにかく言われた通りの場所に向かって歩き出すと、抱えた風呂敷の中身はどうやら重箱らしい。よくよく思えば、ほんのりと温かみが残っていて、作り立てらしい。
そして、それを抱えていくとなれば、総司は藤堂の言っていたことが何を指していたのかわかりだした。

「一番大事なもの、ねぇ」

―― どうやら藤堂さんにとってもそうなりかけているみたいですけど

藤堂の言っていた場所は、本当に屯所の目と鼻の先だが、昔の土手の名残なのか、道から竹藪へは草の生えた足場の悪いところを降りていく。そして、鬱蒼とした場所をなんとなく奥の方へと歩いていくと、徐々に視界が開ける場所が見えてきた。

そこだけ、まるで誰かがわざとそうしたかのように、竹も木々も生えていない場所の真ん中に、蹲る姿を見つけた。

かさかさと足元の草が音を立てるが、流れていく風がさわさわと竹を揺らすので、あまりその音が響くことはなかった。

「神谷さん、みっけ」

その声に驚いてぱっと顔をあげたセイは、目の前にかがみこんだ総司に飛び上がるほど驚いて、尻餅をついてしまった。

「お、沖田先生?どうしてここが……、それに今頭の上から声がしたのに」
「そんなの。すぐにしゃがんだだけですよ」

セイに手を差し出して引っ張り起こした総司は、きょろ、とあたりを見回すと手ごろな木を見つけた。木の葉を払ってセイを立たせると、セイを連れて倒木のほうへと近づいて腰を下ろした。

「神谷さん。お腹すいたんじゃないですか?」
「は?」

セイを隣に座らせた総司は、藤堂が持たせてくれた風呂敷を開いた。

 

– 続く –