再会~喜怒哀「楽」 3
〜はじめのつぶやき〜
BGM:Superfly 輝く月のように
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洗い物を片付けて、裏手の物干しに広げると、もう翳ってきてはいたがそれでも白い洗濯物がはためくのは胸が躍る。
「ん!完璧。次は、夕食ね」
母屋の一階は渡り廊下で診療所とつながっていて、渡ってすぐの部屋は応接間、それから納戸と、医生の部屋があってその一番奥に居間があった。
セイがいつも出入りするときに使っている勝手口からすぐのところが台所で、そこから直角に移動すると、風呂場と洗濯場があるのだ。
居間を覗いたセイは、そこにいた日野に声をかける。
「日野先生。今日のお夕食は?」
「私はいつものように家にかえってとりますが、藤堂君はもちろんいるでしょうね。それから医生たちと、あと一人……」
「一人?」
来客の予定でもあるのかと、セイが聞き返したところに、母屋の本当の玄関に人が現れたらしい。藤堂の声がして出迎えている音が聞こえてくる。
「来たようですね……」
「来た?来たって……。ああ!沖田先生?!」
藤堂に連れられて、そこに姿を見せたのは何と、学校であったばかりの宗次郎だった。
「あなたは桜の精の……。えっ?!神谷さんって、神谷先生のお嬢さんだったんですか?」
「はい。ここは父の診療所です。沖田先生こそどうなさったんですか?」
ベージュ色のスーツ姿は学校で見た時のままで、上着と大きな荷物を手にしていた。ひとまず、荷物を置いたらと、藤堂に促された宗次郎は、足元に荷物を置いた。
そして、セイにあった驚きで順番が変わってしまっていた挨拶に戻る。
「すみません。説明は後にして、先にご挨拶を……。お世話になります。日野先生、藤堂先生」
「久しぶりだな。いつ以来だ?」
そうですねぇ、と頭の中で数えているらしい宗次郎は、目をぱちくりさせているセイににこりと微笑みかけた。
「隼人さん、っと。内藤さんのところでお会いしたぶりじゃないでしょうか」
「そうか、そんなに立つか」
そこそこ親しいのか、しっかりと握手を交わしている宗次郎の背後から、その背中を押した。
とても気になりはしたが、ぐっとこらえて口を挟まないでいるセイが三人の顔をきょろきょろと見ては、開きたくなる口を引き結んでいる。
「まあ、座って。えっとね、沖田君の部屋は二階だから」
さらっと言った藤堂に我慢できずにセイが顔を上げた。
「に、二階?!部屋ってどういうことですか?!」
「おお!沖田君。来たか」
何度、邪魔をされたら、と恨めしい顔になったセイは、診察を終えて現れた父につい声を上げた。
「お父様!どういうことですか?」
「ああ。すまん。お前には話したつもりになっていたんだが、この沖田君がしばらくうちに住むことになった」
「住む?!って、え?え?」
この場において、セイ以外の全員が事情を理解しているらしい状況に、セイの首は鳩のように忙しなく四人の間を動きまわった。
ひとり、恐縮している宗次郎はさておき、父が情けない顔で頭を掻く。
「いや、内藤はお前も知っているだろう?あいつに頼まれてな。まあ、いろいろあったんだが……」
「どうぞ。神谷先生。お嬢さんには知っていていただいてもかまいませんから」
正直に話していいと言った宗次郎に頷くと、ひとまず居間に腰を落ち着けることになった。
結局、セイの父の説明はこうだ。
セイの父は、軍医ではなく、病で軍を退く者たちを引き受けている。そのため、幹部である大久保や内藤とも昵懇にしており、診療所に顔を見せることさえあった。
その内藤に頼まれて、二年ほど前に宗次郎と知り合ったこと。その時、宗次郎は身内を亡くし、二人の姉はすでに嫁に行っており、家長といっても気楽な立場だった。
そして、その時に胸を病み、軍医を辞めて闘病していた。内藤の依頼で宗次郎の病を見ていたのがセイの父である。
「あの、今はもう治りましたから心配しないでくださいね」
胸を病んだといわれればあまりいい気はしないだろうと、あわてて付け加えた宗次郎にセイの父は片手をあげて大丈夫だといった。
「これでも医者の娘だ。その上、医者になりたいなどというから、少しでも女らしくなってほしいと女学校にもいれたくらいでな」
医者志望だというセイは、頷いて見せる。日野と藤堂はいつものことだと聞き流している。
病が完治したのはいいが、その後の仕事をどうするかということになって、セイの父が相談に乗った結果、女学校の教師という職を得ることになったのだ。
「下宿を探そうと思っていたのですが、神谷先生がうちにぜひ、と言ってくださって……。それに学校で会った時も、あなたの名前を聞いたのに、神谷先生のことが思い浮かばなくて申し訳ありません」
申し訳ないと頭を下げた宗次郎だったが、ほかの面々はけろりとしている。医生がこれだけいる以上、今更一人や二人、下宿人が増えたとしても大して困らないという意見である。
それですっかりセイにも話したつもりになっていたが、実はこれっぽっちも説明していなかった。忙しさに紛れて、ついつい後回しになっていたのだ。
「父様!」
むぅーっと父にしかめっ面をしたセイに、うむ、と一つ頷く。
「ま、そいうわけだ。女学校にももう届け出てある。沖田君は今日からうちの下宿人だ」
「……!」
もっと早くに知っていれば、いろいろと支度もできたのに、と思うが、すべては今更のことだ。宗次郎がもう一度、頭を下げると、セイは立ち上がって宗次郎の荷物に手を伸ばした。
「お部屋にご案内いたしますね。ひとまず、荷物を置いてください」
「なんだか、面倒を増やして、すみません。よろしくお願いします」
この後は夕飯の支度が待っている。宗次郎の部屋は何の支度もできていなかったが、早く落ち着きたいだろうと、宗次郎の荷物を手伝って、二階の部屋の一つへと歩きだした。
– 続く –