再会~喜怒哀「楽」 5

〜はじめのつぶやき〜

BGM:Superfly 輝く月のように
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昔は何度も見た夢を久しぶりに見た。

『―― さん!!』

自分ではない自分が泣き叫んでいた。自分が壊れるような悲しみでいっぱいになっている。

夢を見ている宗次郎も辛くて、胸が痛くなる。ああ、またこの夢か、と思いながら流されるままに続きを見てしまう。

強く、目が潰れるんじゃないかと思うほど、強く目を押さえた自分が苦しんでいた。
こんなに誰かを好きになって、これほど辛いならもう誰かに心を委ねることなどしない方がいい。

涙が枯れ果てるまで嘆き続ける自分自身にそうやって言い聞かせる。

この夢を何度も見たからこそ、自分の中で必要以上に誰かを大事に想うことも、心を開くこともしない。だから自分は、夢の中の自分とは違って、間違っていないのだと何度も言い聞かせる。

それなのに……。

「……う……。あぁぁ……っ!!」

自分の上げた声に驚いて飛び起きた宗次郎は、ぱたぱたっと起き上がった布団の上に何かが落ちたことに気づいたが、それが何かを確かめるよりも先に、自分の胸がひどく苦しかった。

「……はぁ……」

痛みをやり過ごしてから、少しずつ深く息を吸い込んで何とか落ち着きを取り戻す。そうしてようやく薄暗い部屋の中がどこだったのかを思い出した。

「……そうか。もうあの家じゃないんだった」

総司が生まれ育った家は、ここに来るときに処分してしまっていた。姉たちもそれぞれに自分の家がある。ここよりは遠い場所にある、誰も住まない家などいらないと思って売ってしまったのだった。

その時、小さく戸を叩く音がした。

「……沖田先生?」
「は、はいっ」
「こんな時間にすみません。お声がした気がしたものですから……」

セイの部屋は一番奥だというのに、やはり疲れて眠りこんでいる玄馬や藤堂とは違うのか、飛び起きた宗次郎の声を聞いたらしい。小さな声が心配そうに部屋の前から聞こえてくる。

大丈夫だと言おうとして、初めて宗次郎は自分が泣いていることに気づいて慌てた。
寝間着の袖口で顔を拭うと、起き上がって部屋の入り口に立つ。少しだけ戸を開けようとして、ずっと使っていなかったからか、大きく開いてしまう。

引き戸の目の前に額を寄せるようにして声をかけていたセイは、両手を戸にあてていた万歳の姿勢のままで急に開いた戸に驚いたらしい。板戸一枚をどけてしまえば、宗次郎の胸に寄り添う一歩手前になってしまう。

「あっ、……すみませんっ」

慌てて離れたセイに、ふわりと笑った。男所帯に近いがこんな間近になったことなどないのだろう。慌てふためいたセイが俯いてしまう。

こんな夜更けに夢で飛び起きた自分を気遣ってくれるセイに、ふわりと手を伸ばした宗次郎が頭を撫でた。

「ありがとう。気にかけてくれたんですね」
「……うなされていらっしゃったみたいだったので……」
「さすがに、私も仕事も初日で緊張していたみたいです。水でも飲んできます」

何度も同じ夢を見て、うなされて、一人で暗い夜の中でもがくような思いをしてきたのに、初めて会ったばかりの女の子に気遣われたことが嬉しいとは思わなかった。

「あ、じゃあ、私、汲んできます」
「いえいえ。あなたはおやすみなさい。一人で大丈夫です」
「でも、場所もわからないですよね。一緒に行きます」

薄暗い廊下を先に立って、こちらだと歩いていくセイが、暗闇から救い出してくれる。
階段のところで灯りをつけたセイが、足元に気を付けてと言いながら下りていく。素直にその後をついて階段を下りた宗次郎は、セイの白い上着だけをみてすすむ。

「こっち……、今、灯りつけますね」

真っ暗だった台所にセイが灯りをつけると、小さな食卓の前の椅子をすすめた。
台所で食事をとることはほとんどないが、客が来た時や、人数が少ないときなど、ほとんど、セイのための食卓のような状態で、普段は作った料理を運ぶ前に並べて置くために使っていた。

お水を汲んでコップを差し出したセイは、少しだけいいですか?といって、小さな鍋をコンロにかける。業務用冷蔵庫から大きな壜を取り出して中身を鍋に移したセイは、さらにそこに一つまみ砂糖を入れた。

「すぐ、できますから」
「ん?何もしなくていいですよ」
「はい。少しだけ私も目が覚めてしまったからお付き合いしようと思って……」

鍋の内側でしゅわわ、という音がして、棚からカップを取り出したセイは、鍋の中身を二つに分けた。

「どうぞ」
「……これ、牛乳、……ですか?」
「はい。私、眠れない時はよく、これ飲んでほっとして眠るのが多いので……」

さすがに子供っぽかったかと、下を向いてしまったセイにぱぁっと宗次郎が微笑みかけた。
手にして口をつけると、ほんの少しだけ甘い。

何気なく見ていたが、だから砂糖をいれたのか、と妙な納得をしてしまった。

「……甘い」
「えっ、そんなに甘いですか?」

ほんの少し入れたつもりだったセイは、急いで口をつける。自分にはちょうどよく感じるのに、大人の宗次郎にとっては甘すぎたか、と苦い顔をしたセイがひどく幼く見える。

「甘いのが好きなので、ちょうどいいってことです」

すっと手を伸ばした宗次郎は、セイの唇の上についた白い牛乳の泡を親指で拭った。

「これ、いいですね。神谷さんのお気に入りですか?」
「子供っぽいですよね。すみません」
「謝ることないでしょう。誰にでも眠れない夜や、悪い夢を見ることはありますから」

もし、セイに母親が生きていれば、母が眠れないセイを気遣ってくれただろうが、幼い時から仕事で忙しい父を見て育ってきた。疲れて眠る父を起こさないように、一人、こうして台所の片隅で、温めた牛乳を手にしていたのだろう。

「次に、神谷さんが眠れない時は、私が付き合いますよ」
「えぇ?沖田先生にそんな、とんでもないです」
「お互い様ですよ」

向かい合って、燗酒くらいの温かさの牛乳を飲む。宗次郎は、自分にもこんな優しい時間があるとは思っていなかった。

 

 

– 続く –