再会~喜怒哀「楽」 6

〜はじめのつぶやき〜

BGM:Superfly 輝く月のように
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「いつも、にぎやかなんですね。夕食、久しぶりに楽しかったです」
「藤堂先生はいつもああなんです。医生の皆さんと一緒に盛り上がるのが」

―― 特に、新しい誰かが来た時や、すごく忙しかったときなどは

なるほど、と手の中の温かさを感じながら頷く。

ここは随分温かい。

「でもいっつもからかうんです。おさげにしてると、誰だかわからないって」
「はは。藤堂先生は長いんですか?」
「んーと……、医生の時からですからもう七年くらいでしょうか」

セイが十かそこらの時にこの診療所にきて、気のいいお兄ちゃんという存在の藤堂だけに仕方がないのはセイもわかっているが、いつまでも馬鹿にされているよう面白くないのだ。

宗次郎は、目の前のセイを不思議な気持ちで見ていた。
くるくるとよく表情が変わって、考えていることが手に取る様にわかるのが面白くて、ついからかいたくなる気持ちもわかる気がした。

飲みごろに温められた、カップに入れられた牛乳はすぐになくなってしまう。

名残惜しい気がしたが、セイの手からもカップを取り上げると立ち上がる。

「さ。付き合ってくれてありがとうございました。遅いですからもう休みましょう」
「あ、私が」
「いいえ。ここの電気を消して上がればいいんですよね。私がやっておきますから先におやすみなさい」

柔らかいが強く押し出す口調に、素直にセイは頷いた。何かを言いたげな様子で、振り返ったセイは、ただ、おやすみなさい、と言って軋む階段を上がって自分の部屋へと戻っていった。

流しに置いたカップを洗って、灯りを消すと宗次郎も自分の部屋へと戻る。今度は桜の夢を見て眠れそうな気がした。

 

 

若い男性が身近にいなかった女学生達にとって、宗次郎は格好の話題の的になった。

「沖田先生?沖田先生は、甘いものお好きですか?」
「これ、よろしかったらやらとのかすていらを持ってきました。先生、ご一緒しませんか?」

昼休みに宗次郎を取り囲む女学生の数は後を絶たない。いつの間にか、甘いものが好きだという話も知れ渡っていた。

「神谷さん、うらやましいわ」
「そうよ。あの沖田先生がおうちにいらっしゃるなんて」

ほかの女学生からそういわれることも多くなったが、セイは曖昧に笑って首を振った。

学校では女学生に囲まれているし、家に帰れば藤堂らに囲まれている。それほど接点が多いわけではなかった。ただ、宗次郎にとって、この新しい生活は今までの色あせた生活から一変しているのは確かだった。

「玄馬先生」

診察が終わった後の診察室に顔を出した宗次郎は、久しぶりに診察を受けた。自分自身も過去に医者だったこともあり、問題ないとはわかっていても、定期的に状態を見てもらうのは仕事に就いた時の約束でもあった。
疲労が溜まれば、体調を崩しかねない。

「ふむ。悪くないね」
「それはあたりまえですよ。もうどこも悪くないですから」
「そういい続けて、以前は内藤さんを困らせたんだろう?」

からかうような言葉に困った顔をして頭を掻く。兄分として、宗次郎の面倒を見ていた隼人は口は悪いが気のいい男だった。隼人に頼みこまれて、宗次郎の診断をしたのが玄馬と初めて出会ったきっかけである。

「だが、今は顔色もいいな」
「ええ。ここに来てから世界が変わった気がします」

女学生の扱いには困ることもあるが、教えがいもあって、一月もたてばだいぶ慣れてくる。

「そういや、お前さん、だいぶもててるそうじゃないか」
「もっ!違いますって、そんなことはありませんよ」
「本当かぁ?なんとかいう、教頭に迫られたそうじゃないか」

どこから聞いたのかと思いながら、ぷっと吹き出しそうになって、口元の笑いをこらえる。波川のことだろう。

確かに波川には、事あるごとに積極的な態度に出られてはいたが、先日、宗次郎の気を引こうとしていた時のことだ。教員室で教材を整えていた宗次郎の脇をうろうろと歩いていた波川は、何か話しかける話題を探していたのだろう。

そんな波川が全く眼中になかった宗次郎は立ち上がって向きを変えた瞬間、波川が宗次郎を押し倒すように倒れこんだのだ。宗次郎の出した足に躓いたらしい。

呆気にとられた宗次郎が倒れこんできた波川を見上げると、宗次郎の顔の前に、波川の胸が乗ってしまった格好になってしまっていた。

「あわっ、いやあああ!し、失礼いたしましたっ!!」

悲鳴を上げて波川が跳ね起きると、短いスカートを押さえて起き上がろうとして、慌てふためいたために、今度は靴のヒールのせいで派手に転んでしまった。

先に起き上がった宗次郎は、落ち着いて波川に手を差し出した。この場合、下手に反応するよりもさらりと流した方がよいと思ったのだ。

「すみません。大丈夫ですか?」

思わず教員室の女性全員が見惚れてしまうような笑顔でさしのべられた手に、ぽーっとなった波川がすがりつく様にしてやっと立ち上がる。足首をひねったのかよろめく波川に、手を貸して自席まで連れて行く。
皮の椅子に座らせた宗次郎が振り返ると、注目の的になっていて、一気に恥ずかしくなった。

今度は宗次郎が慌てて、照れ笑いを浮かべると頭を掻きながら急いで教員室から逃げ出した。

「そういうわけで、もてたとかそういうことなんてないんですよ」
「……お前さん、ニブいのか?」
「は?」

かいつまんであったことを話した宗次郎に、玄馬は呆れた顔になる。普通の男ならそこで、女の胸なり、短いスカートなりに何かしら感じるところだろうが、何とも思わないどころか、なぜ注目を浴びたのかも気づいていないとは。

ぶっと吹き出した玄馬は、こういう男だから女学校の教師もできるものかと笑い出してしまった。

「何か、変ですか?」
「いや、沖田君らしいよ」

くっくっくっと笑いながら宗次郎の肩をたたくと、白衣を脱いだ玄馬に促されて共に母屋へ向かった。

 

– 続く –