無礼講の夜 5

〜はじめの一言〜
間空きすぎや…・すまんのぅ

BGM:
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「あのっ、ずいぶん、お酒に酔われたみたいですね」

口を開いたものの、何と言っていいかわからなくなったセイが、しどろもどろに問いかけた。何をどう考えても、総司の行動がわからなくて、問い正したいのに、何と言っていいのかわからなかったのだ。

―― ま、まさかっ、あの口を……なんて言えるわけないっ

どきどきしながら総司の返事を待ったセイは、ちらりと隣に座っている総司の顔を見上げた。

「っ!……あの」

まっすぐにセイの顔を眺めていた総司の視線とぶつかって、どきっとセイの胸が大きく跳ねた。ふっと総司の顔が崩れてセイの頭をそっと撫でた。

「そうですね。そんなに飲んだわけでもなかったんですけど、やはり無礼講で飲んだからでしょうか」
「やっぱり……。沖田先生でもそんなことあるんですね」

やはり、と微笑んだセイから総司が手を離した。再び空を見上げるためにセイから視線を外す。

「そりゃ、私だってそういうときもありますよ。気が緩んでたんでしょうかねぇ」
「でも、気を抜いてお酒を楽しむことも大事ですよね。先生だって、そういう時間だってなくっちゃ」
「……そう思います?」
「ええ!」

一瞬、間が開いた総司の返事にセイは気づかなかった。昨夜の総司が酒のせいだとわかって、どこかでほっとしていたのかもしれない。膝を抱えて、顔を出した月を眺めながらセイは深く考えずに答えた。

「じゃあ……、また今度飲みに行きましょうか。今度は神谷さんも一緒に飲んだらどうです?」
「いいんですか?」
「神谷さんにも、何も考えない休日が必要でしょう?神谷さんの本音も聞かせてください」
「本音ですかぁ?」

―― そんなこと言えるわけないじゃないですか

ぺろりと唇の端を舐めたセイは、少しだけ寂しそうに俯いた。いくら無礼講だと言っても、総司に本当の想いを伝えることなどできるはずがない。そう思ったセイが顔をあげると、総司が再び流れてきた雲に隠れようとしている月を見ながらひどく真面目な声で呟いた。

「時々、どうしても、聞いてみたくなるんです」
「……先生?」

いつもとはどこかが違う総司の様子にセイが首を傾げて問いかけた。心のどこかが、何か違うと訴える感覚にセイは、再び落ち着かなくなる。

だが、それもほんの一瞬の事で、振り返った総司の顔はいつも通りの笑顔だった。

「じゃあ、約束ですよ。次の非番の日、一緒に飲み明かしましょう」
「承知しました」
「無礼講ですからね」
「はぁい」

悪戯っぽく笑いながら総司はセイの額を小突くと、先に休むと言って隊部屋に戻っていった。
セイは総司の触れた額に手を当てて、ただ、次の非番の日が楽しみで緩んでしまう頬さえ嬉しくて、なかなか眠くならなかった。

 

 

そういう約束の後に限って、急な捕り物があったり、セイが休暇に入ったりして、総司とセイの非番が重なる日がなかなかなかった。

総司も、セイも、どちらも心のどこかで気にかけてはいたものの、互いに言い出せずにいた後、ようやく非番の日がやってきた。その前の日、夜番の巡察から戻ってきたセイは、着替えを終えた総司に声をかけた。

「沖田先生」

ん?と顔を上げた総司に、セイが声を押さえてそっと話しかけた。

「明日、非番ですよね?」

ただ話しかけることも嬉しいくて、楽しみで、でもそれは総司には知られたくないという両方の気持ちで鼓動が早くなる。手を添えて総司の耳元へと話しかけただけで、なぜだか胸がいっぱいになりそうだ。

「この前飲みにいくって、その……」
「ああ。もちろん行きますよ?神谷さんと飲み明かすのは楽しそうですからね。くれぐれも暴れないでくださいよ?」
「そんな!暴れたりなんか……たぶん、しません」

からかうようにセイの顔に向けて、ぴっと人差し指を向けた総司は、その指を内緒話をするように口元へと当てた。思わず声が大きくなりかけたセイが、途中から声落としたのはそれだけではなくて、酔って暴れない事に自信がなかっただけだが、くすっと笑った総司はただ頷いた。

「じゃあ、飲み明かしですからね?」
「はい!」

嬉しそうに頷いたセイは、総司の傍から離れて夜着へと着替えるために隊部屋を出て行った。ほかの者達は隊部屋で堂々と夜着に着替えている。総司もまた、夜着へと着替えて、自分の枕元に置いた刀掛けへと刀を置いた。

かちゃりと鳴った刀からなかなか手が離れない。

自分自身の本音も、セイの本音も。

本当は秘めてこそのものであり、伝えればどうなるかわからない総司ではない。それでも、あの夜の、ほんの出来心からの悪戯が脳裏から離れない。いや、本当に離れないのは、頭の中ではなく、胸の奥底にしまい込んだ感情が暴れ出すのだ。

もう一度、何もしがらみから離れて一緒にいられたら。

自分を押さえられる自信などない。むしろ、その自分の本音を自分でも見てみたい気がした。

―― 神谷さん。貴女が男として私の事を見ていないかもしれなくても……

ぞくっと、背中を這いあがるような暗い衝動に、一度目を閉じた総司は鞘から手を離した。表面上は何もなかったような表情で、横になった総司は天井を向いて目を閉じた。

「沖田先生、早いっすね」

早々に横になった総司に、ほかの者達もすぐそれにならう。廊下のきしむ音がして、セイが厠から急いで戻ってきた。

「神谷、遅い。お前、最後だから行燈、消せよな」
「ええ?!もう、みんな踏んづけても知らないよ!」

着替えた着物を枕元に置くと、セイは部屋の一番奥へと向かい、行燈の芯を短く切って、覆いをかけた。あちこちに置かれた刀をうっかり足で蹴らない様に気を付けながら自分の布団の傍へと戻ってくる。入口の傍の行燈の芯も短く切ると、覆いをかけた。

「ふう。……おやすみなさい」

もういくらもしないうちに朝になるだろう。夜番の隊は、午前中まで休んでいていいことになっている。横になったセイは、目を閉じる前に、ちらりと隣に眠る総司の顔を見て、いつもの横顔に安心すると自分も眠ることにした。

 

 

– 続く –