無礼講の夜 6

〜はじめの一言〜

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興奮していたのか、いつも昼過ぎには目を覚ますはずが思いのほか深く眠りこんだセイは、いつも一番に目を覚ますはずが皆とほとんど変わらない時刻に目を覚ました。

「あれっ?!」

ぱちっと目を覚ましたセイは目の前の総司の布団がもう先に畳みこまれていたことに驚いて飛び起きた。まだ起き出していない者もいるくらいだから寝坊というほどではないのだが、総司より遅く起きるなどほとんどないだけに自分でも驚いてしまう。

「お、神谷が遅いなんて珍しいな」

先に起きて、顔を洗ってきた隊士にもからかわれて慌ててセイは起き出した。布団を畳んで、着物に着替えると顔を洗いに出た。井戸端にも総司の姿は見えなくて、手拭をしまったセイは総司を探しに道場へと向かった。

朝稽古が終わった道場は、残って各々鍛錬するものに紛れて総司が稽古を見てやっていた。

「沖田先生!」
「神谷さん。起きましたか」
「はい!先生、随分早く起きていらっしゃったんですね」

汗を拭いながら総司がセイの元へ来ると、恥ずかしそうにセイが頭を掻いた。いつもはセイが総司を起こすくらいなのに今日に限ってと思う。

「神谷さんはあんまり気持ちよさそうに眠っているから起こしそびれてしまいましたよ」
「すっ、すみません!」
「あはは。謝ることじゃないでしょう。さ、着換えてきますね」
「はいっ」

頭を下げたセイに笑いかけると総司は汗を流しに井戸端へと向かった。セイは、嬉しくてつい口元が綻んでしまうのを止められなくて、掌で顔を隠すよう にして道場から出て隊部屋へと戻った。特に急ぐわけでもないので、セイはこの間にと、総司の洗い物と自分の物を手早く片付けてしまった。

「貴女ねぇ……。貴女がゆっくりする日を見てみたいものですよ」

いつの間にか、セイの背後に立っていた総司が腕を組んで呆れながら笑っていた。機嫌よく、一人鼻歌交じりに洗い物を済ませて干すことも済ませた処を見計らってかけられた声にぷぅっと頬を膨らませる。

「先生!見てたんならもっと早く声をかけてくださいよ!」
「それは神谷さんがいつ気が付くかなぁと思ってですね」

すっかりからかい始めた総司にむくれたセイ、といういつもの光景を繰り広げた後、機嫌よく二人は外出していった。

 

馴染みというより、セイを風呂に入れてやるために時折立ち寄る、茶屋に決めて離れの座敷に上がった。

「いつもご贔屓に」
「いえ、こちらこそいつも無理を言ってすみません」

屯所でも気軽に風呂に入れないセイをどうしてもという場合は大抵、急な場合が多い。挨拶にでた女将に礼を言うと、酒を頼んだ。

「今日は神谷さんと一緒に飲み明かすんですよ」
「あら、お珍しい。じゃあ、どうぞごゆっくりとお過ごしになってくださいまし。いつでもお酒のお代わり、およびくださいね」

機嫌よく総司が応えると、女将は女中が運んできた膳を総司とセイの前に押し出してから、ゆったりと下がって行った。すぐにセイは総司の杯に酒を注いだ。
そのまま自分の杯に酒を注いだセイが杯をあげると総司が頷いた。

「じゃあ、無礼講に」
「先生こそですよ?」

互いに負けず嫌いでもある総司とセイは笑いあうと、酒を飲み始めた。

「先生はあまり飲んでもお変わりにならないですよね」
「そうですか?自分ではあまりわからないですねぇ。神谷さんはどうなんです?」
「私ですか?」

そうですねぇ、と呟いたセイは、ぽりぽりと香の物を口にして自分の顔に手を当てた。すでに顔は赤くなり始めていたが、まだ酔っぱらっているというほどではない。

「あまりかわらないんじゃないかな……とか……」

総司の顔を上目づかいに伺ったセイが、歯切れ悪く呟くと総司が笑いだした。酔っている本人はあまり自覚がないが、トラになることが多い。しかも、セイはひどく酔っぱらった後はほとんど記憶が残っていないことが多いだけに、自分でも強くは言い切れないらしい。

「私は、あまり神谷さんが酔っぱらったところに居合わせたことは少ないんです。いつも斉藤さんとはよく飲みに行くみたいですけどね」
「それはっ、それは兄上がもともとよく飲みに行かれるので、そのお供というだけで……」

ふうんと呟いた総司は、空になった銚子を倒しておくと、次の銚子に手を伸ばした。

「神谷さんは、斉藤さんのことをどう思ってるんですか?」
「それは……、兄上は、じゃない。斉藤先生は、剣の腕もお強いですし、いつも武士として見習うことも多くて尊敬しております」
「……つまらないですねぇ」

手本通りのようなセイの答えに総司がぽつりと呟いた。誰に聞いても同じような答えを求めていたわけではなかったのだ。

「神谷さんは本当は、斉藤さんの事が好きなんじゃないんですか?」
「え?ええ。兄上の事は大好きです。何事にも動じなくて、お背中を見ているだけでも教えられることがたくさんあります。それに、兄上も尊敬していますけど、局長の大きさにはいつも尊敬するんです。本当に大きな木に寄り添っているような安心感があって……」

徐々に勢いがついたセイはそこから、次々としゃべり始めた。一人で杯にどんどん酒を注ぎながら止まることがない。

「永倉先生は、最初にお目にかかった時はあの髪にあの髭ですからね。どんな方だろうと思いましたけど、あれほどまっすぐで、それに、やっぱりもとも と武士でいらしたからどこか違うんですよねぇ。永倉先生自身もおっしゃっていましたけど違いの分かる男って永倉先生のような方ですよねぇ」

初めの杯だけで、あとは無礼講だから互いに手酌で飲もうと取り決めてあった。総司は黙々と杯に酒を注いでセイの話を聞いていた。

「それに、藤堂先生!沖田先生や斉藤先生と同年なんですよね?でも藤堂先生は先生方の中でも飛び切りお若く見えてそれにすごくお優しくていらっしゃ いますもん。あのお顔で、にこにこされているのにすごくお強くていらっしゃって、隊士よりも誰よりも先に斬り込んでいらっしゃる所なんか格好いいですよ ねぇ!」

いつの間にか互いの前に並んでいた銚子はどんどんと少なくなっていき、倒れている銚子の方が多くなっていく。セイが上機嫌にまくし立てている間に総司が酒が足りないと頼んでいた。空になった銚子の代わりに新しい酒が運ばれてくる。

酒も飲むが、この二人は甘味も好む。店に来る前に大量に買い込んできた甘味が酒のつまみの代わりに一緒に運ばれてきた。

「それでぇ、沖田先生!きいてます?!原田先生はですねぇ~。もう、最近、ひどいんですけど!ひどい!ひどいんですけど、でも原田先生ほど、男気に溢れた方はいらっしゃらないです。おまささんのことだって、とっても大事にしていらっしゃるし、義侠心に溢れててあのお腹の」
「神谷さん!」

機嫌よくしゃべり倒していた処を総司が大声で遮った。すごした酒の量はセイの方がはるかに多いのだが、酔いのまわりは似たような者だったかもしれない。

顔を赤くした総司が勢いよく杯を膳の上に置いた。

「神谷さんは、そうやって、皆のことを言いますけどね。私はどうなんです?!一言も言ってくれないのは、やはり、私の事など、口うるさくて、ただの上司だと思ってるんじゃないですか?」

きょとん、と目を瞬かせたセイが手にしていた杯を口元に運ぶと、酔いのせいではなく、徐々に顔が赤くなる。もぐもぐと口の中でセイが呟いた。

「その……、先生は……」

どく、と総司の胸が大きく鳴った。

 

 

– 続く –