小さな背中 5

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。

BGM:
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「ちょっ!沖田先生!」

店から連れ出されたセイは、人目がある間は我慢していたが、人通りの少ない路地へと入ると総司の手を振り払った。セイがするがままに手を離した総司に向かってセイが噛みついた。

「何をなさるんですか?!どうしてあんなところで……!」
「貴方達の窮地を助けただけです」
「助けた?!どうしてですか。あれじゃ中村がっ」
「中村さんがどうだっていうんです?」

ついかっとなったセイが総司の胸元めがけて長い袖を忘れて右腕を振り上げた。
パシッとセイの腕をつかんだ総司がじっとセイの顔を見つめる。頭に血が上ったセイは、怖いくらいの総司の顔にも、ひるむことなく、ぎりっと唇を噛んだ。

「……なら、中村さんと祝言をあげますか」
「!!」
「それならそれで構いませんよ。ただ、その時は二度と貴女に会うことはないでしょう」

―― 当然ですよね。隊士ではなくなるんですから

総司の言葉に青くなったセイが掴まれた腕にしがみついた。

「沖田先生っ」
「どうしますか?今からでも店に戻りますか?」

どくん、と大きくセイの心の臓が跳ねた。大きく首を振ったセイが涙目になって総司に取りすがる。急に現れた総司がなんでこんな意地の悪いことを言うのか、セイには全く分からなかった。
自分はただ、中村の母がわざわざ訪ねてきて落胆して帰るのが可哀想で、何とかしたかっただけなのだ。

「申し訳ありません!申し訳ありません」

泣き出したセイが詫びながら総司の着物を掴んだ。今更ながらに思い出す。この顔は、この表情は総司がセイに隊をやめて女子に戻れというときの顔だった。

「女子の貴女が本当の姿なのですから……」
「すぐに!すぐ、着替えてきますから!!」

青ざめたセイが表情の変わらない総司に、心臓を掴まれた気分になる。なりふり構わずその場で帯留めや帯揚げをしゃにむに解きはじめた。

「……っ」
「神谷さん!」

無理矢理着物を脱ごうとしたセイの両腕を掴むと、ぼろぼろとセイが泣きながら崩れ落ちそうになる。ふう、と悲しげな顔になった総司が羽織を脱ぐと、着崩れた姿のセイに着せ掛けた。

「えっ、えっぅ、ひっく」
「ごめんなさい。神谷さん」

そっと泣き止まないセイを抱き寄せた総司はその背中をあやすように叩いた。しばらく落ち着くまでそうしていた後、総司はセイを連れてお里の家に向かった。
総司に抱きかかえられるようにして戻ってきたセイにお里が驚いて迎えた。

「おセイちゃん?!」

奥の部屋へと駆け込んでいったセイに驚いたお里は連れてきた総司と奥の部屋とを見比べた。

「沖田先生……。何があったんどす?」

何も言わず首を振った総司が踵を返して帰ろうとするのを慌てたお里が引き留めた。このままただ総司を先に帰すわけにはいかなかった。
とにかく、羽織もあることだし、なんとか頼み込むと、渋々総司が部屋に上がった。

「一体、何があったんどす?おセイちゃんは中村さんと一緒にお出かけだったはずじゃありませんか?」
「ええ」
「ほな……」

―― どうして沖田先生が一緒に?

問いかけたお里は、難しい顔をして黙り込んだままの総司を見て答えてくれそうにはないと思ったお里は、それ以上は何も言わずに台所へ入るとお茶の支度をして戻ってくる。
総司に茶を出すと、お里はセイのいる奥の部屋へと入っていった。

 

 

中村に向かって、母が馬鹿だと繰り返した後、項垂れていた五郎は心を決めたのか、母の方へと向き直った。

「母ちゃん、ごめん」
「何がだい」
「俺、ちょっとだけいいところ見せたくて、母ちゃんに自慢したくて、許嫁ができたなんて嘘ついて……」

少しでも母に、自分の成長を知ってほしかった。少しでも安心させるような話をしたかった。素直にそう言った五郎に向かって、呆れた顔をした中村の母は、目の前に運ばれてきていた葛きりに手を伸ばした。

「だから馬鹿だっていってるんじゃないか。親に見栄を張ってどうするんだい」

つるっと黒蜜に浸けた葛きりを口に運んだところで、椀の中の黒蜜を眺める。ふ、と笑みを浮かべて中村に向けて問いかけた。

「あのお方はどなたなんだい?」
「一番隊の……組長で沖田先生だ」
「そうかい。じゃあ、あのおセイさんは沖田先生のいい人なんじゃないのかい?」

中村にはなぜ母がそんなことを言い出すのかが不思議で、見事に情けない顔になった八の字の眉を上げた。

「なんでそんなことわかるんだよ」
「わかるにきまってるじゃないか。お前たちはあたしの方を向いていたから気が付かなかったかもしれないけどね。さっきはあれほど大きな声で騒いでいたんだ。店中の客の方々が皆こちらを向いてたんだよ」

微笑ましいやり取りに、皆、何を聞くまでもなく、久しぶりに会った親子の対面で、息子がいい人をつれてきたのだ、ということろまでは察しがついた。

にやにやと笑いながら眺める者もいたが、概ね好意的に受け入れていた中で、奥の小上がりにいた総司だけが一人、一度もそちらに視線を向けることがなかった。
だからこそ、中村の母にはそれがとても気になったのだ。声を大きく上げればほかの客たちはどっと笑ったが、総司だけは一度も、笑うどころかどんな反応も見せなかった。

「ぴいんと背筋伸ばして、一度もこっちの方を見ようともしなかった。だから、なーんかおかしいなぁって思ってたのさ」

気になって、次々と質問を浴びせるうちに、穏やかに茶を飲んでいた総司が湯呑を置いて、目を閉じた。それをみて、中村の母にはわかった気がした。目の前の息子の様子や、ぎこちないセイの様子。

「あんた、嘘つくときは目がこう、うろうろするんだよ。自分ではわからんでしょう」
「母ちゃん、わかってたのか……」
「わからないわけないでしょうが。あんたがあの娘さんの事、好いてるのも。どうせ、頼み込んで嘘の許嫁役を引き受けてもらったんじゃないのかい?」

ほっと肩から力が抜けて膝の上に突っ張っていた腕ががくん、と緩んだ。
そんなに前から総司がこの店にいたことも、全く気が付かなかった。すっかりセイの女装姿に惹かれて有頂天になっていた。

 

– 続く –